第29話 島へ
このさきは、ゆめですごしたように曖昧だ。
うしなった左足のせいか、高熱と痛みと吐き気、一方で、ひどい寒気とにおそわれて、みえているようでみえておらず、きこえているようできこえていなかった。西方の島へとむかう道中、ふたりと話したことが、ほんとうに話したことか、ゆめのなかのことだったか、はっきりしない。
ふだん、はなすよりも書くことで意思をつたえていたハインラだったが、突然の出来事で書くものもなく、カタコトで話してくれていたようにおもう。
こちら、ことば、むずかしい。
ゆっくり書くはもんだいない。はなすときえる。つたわらない。むずかしい。かなしい。
などと、たどたどしい言葉を発する。ふだんの凛々しさとの対比におもわず口もとをゆるめてしまうと、わらうな、と、ぶすっとした顔で応じるのだった。肩をかりているので距離がちかい。むっと汗ばむような、しかし、けっして不快ではないにおい。
文句も不満も愚痴もなく、淡々と足を前へ進める。
肩をかり、ときには背負われていく自分は、まさにお荷物だ。
しかし、すまないな、と、あやまると、リップのように、あやまるなと怒られる。だから、ありがとうと告げると、うれしそうに笑顔で応じてくれるのだった。
言葉は大切だが、すべてではない。
ときにはレナに肩をかりることもあった。意識が混濁するなか、いちどだけ、にいさんは、にいさんだよね? と問われた気がする。いや、問うたというよりは自分自身に言いきかせているように思えた。だから、ああ、そうさ、と応じたけれど、そのとき、たがいにどんな顔をしていたか、おぼえはない。
島へむかう船につみこまれたあとのことは、さらにあいまいだ。船底の不快な空気とゆれと、船酔いなのか、あるいは破傷風かなにか病気にかかっていたのかもしれない。
めざめたのは海岸ちかい漁村だった。俺が目を覚ましたのにきづいて、ハインラが木の板に文字を書きつけた。
『やっと目がさめたのね。足は残念でした』
そう書かれて、やっと自分の左足があるべき場所がへこんでいることに気付いたが、ながいこと目覚めずにいたらしく、その痛みは鈍いものでしかなかった。
「ここは、ハインラの生まれ故郷なのか」
『いえ、よく知っている村だけど、故郷はもうすこし先にあるわ』
「なぜ……」
『帰らないのか、とでも? あなたは自分が死にかけていたことをもっと自覚したほうがいい。レナに感謝なさい。献身的に看護してくれていたのだから。あの子が何者であろうと関係ない。ただ……』
と、書きかけの手をとめる。
とびらがひらいて、レナがはいってきたのだった。寝床に半身を起こした俺のすがたをみて、おおきな目を喜びでいっぱいにすると、おさないころのように突撃してくる。
さすがにケガを無視してとびのってくることはなかったが、いきおいよく抱きついてくるのは相変わらずだった。自分たちのなかでなにかが変わっているようで変わっていない関係が心地よかった。
しかし、しっぽを振るようにして嬉しさをにじませながらも、ぱくぱくと口をうごかすだけで、声をきくことはできなかった。
『……また、話せなくなってしまったの』
ためいきをつきながら首をふる。『ペテロの師匠を訪ねてみなさい。レナのことを相談してみるといいわ。それに、大魔法使いさまらしいから、ついでに足の一本や二本、かるく生やしてくれるかもね。ただ……』
にやりと笑って、また先を続ける。
『……相当なひねくれものらしいわよ?』




