第26話 手当て
気が付くと、自分のものか他人のものかもわからない鮮血にまみれていた。感覚が緩慢にもどってくる。いつかのように、全身がきしみ、ずたずたになっていた。
ゆっくりとひらいた目に映ったのは、苦虫を噛みつぶしたような顔つきのアリだ。副官らしき部下から、探しますか、と問われ、首をふっている。
「必要ありません。ムダですよ」
レナとハインラのことだろうか。
二人とも無事に逃げきれたらしい。ほっとしたとたん、はげしい痛みが襲ってきた。両腕とも鉛のように重く、身を起こすこともできない。左足の感覚がなく、膝から先が無くなっていて、どくどくと血が流れつづけている。タギに拾われたときよりもひどい。
だが、このまま死ぬならそれも悪くない。
拾われた命を返すだけだ。レナを仮小屋に預けたときに捨てたものを。何年もあたたかい場所で過ごさせてもらった。レナは、ハインラとともに西の島へわたるだろう。その旅の無事を祈り、そうして覚悟あるいはあきらめに落ちていこうとするところへ、
「この男は、まだ生きています。手当てをしてやりなさい」
と、アリが指示をするのが聞こえた。
「……どうして」
「おや、気がつきましたか。ふふっ、今度のどうしては、わかりますよ。どうして手当てをするのかでしょう?
あなたは、二人をうまく逃がしたと思っているのでしょうが、そうではありません。
どうせ、付近に潜んでいるに違いない。もちろん、あなたが死んでしまえば別です。あきらめて遠くへ逃げていってしまうでしょう。どうですか、どうして手当てをするのか、どうして探す必要がないかわかりましたか」
笑いながら、あたまを踏みつけてきた。
「あなたが生きていれば、生きてひどいめにあっていることがわかれば、むこうから勝手に戻ってくるに違いないのです。おろかですね。私には理解できない。あなたを救うこともできず、あなたの努力を無にすると知っていながら、それでも助けにくる。
スカベンジャーは、無知で、無力で、無能です。ゲドウもそうでした。屍肉あさりとしては頭のきれる男と評判のようでしたが、女を捕えられただけで何もできなくなってしまった。このさき、帝国の繁栄を担うのは我々なのです」
「我々? 欲得まみれの審問官たちが?」
「いいですね。あなたにできるのは生意気な口をきいて、なんとか私に殺してもらうことだけ。そんな遠回しに望まず、どうか殺してくださいと頼んでみてはどうですか。もしかしたら、殺してあげる気になるかもしれません」
「くそったれ!」
「そんな言葉では響きませんね」
さあ、死んでしまうまえに傷を焼きましょうか、と兵士たちに指示をする。舌をかまないようにボロ切れをつっこまれ、左足の切断面に火をあてられた。肉の焼ける音と匂いに、なまの激痛とうめき声がまじった。
「いい声で鳴きますね。知ってますか、東のはてにある国では、女の四肢を切り落とし、人面豚として売るらしい。片足を無くしたついでに、本当にできるかどうか、ためしてみましょうか」
にこにこと笑う。ウソでも冗談でもない、本気の顔だった。
「とはいえ、殺してしまっては仕方ない」
俺を無理やり引き起こすと、周囲をみまわしながら声をはりあげるのだった。
「さあ、出てきなさい。少々手荒でしたが、手当てをすませました。まだ死ぬことはないでしょう。けれど、死なない程度に痛めつけることはできます。指を折り、耳を削ぐ。やらないと思っていますか。我慢するつもりですか。居ない振りをしているのですか」
叫び終えると、ためらいなく俺の小指をへし折った。喉の奥から呻き声がもれる。
「どうですか。出てきませんか。それとも本当にいないのですか」
返事がないことを確かめると、ふところから刃物をとりだす。アリが手にしたのは、あの黒いナイフだった。
「ろくでもない代物ですね。あの女がもっていたころから、いえ、それ以前から、王女を守るべく宿命づけられたもの。祈りであり、呪いであると。しかし、私には、まるで無関係な、ただの古い刃物でしかない」
ふふっと笑うと、俺の耳のうしろに刃をあて、もういちど声をはりあげた。
「つぎは耳です。だれも聞いていなくても別に構いませんよ。私は痛くない」
ぐっと力がこめられ、ナイフが肉を裂きはじめた。せめて声をあげないように、歯をくいしばったとき、レナの声が聞こえた。




