第24話 それは不吉な
屍肉の匂いがした。
本当に匂いがしているわけじゃない。ただ、反射的に思いだす匂い。もうすぐ人が死ぬ、そんな不吉さを教えてくれる予感のようなものだ。屍肉あさりだったことが死をまぬがれる助けとなるのは皮肉だった。
ハインラに、そとへ出ろとさけんだ。
いそいで出てきた彼女の背後で、作業場と住居がふきとんでいた。もうもうと舞いあがる土埃に口もとをおさえ、おもわずレナをみたが、視線にきづいた彼女があわてて手をふってみせる。
失敗した魔法のせいではなかった。
土埃がおさまったとき、そこには不自然にねじくれた体をもつキメラが立っていた。ゲドウが連れて行ったのとは別の個体で、硬質の皮膚からオオカミの顔が突き出し、ワニの顎の奥に人の顔がはえていた。壮年の男にみえるそれにまきついたヘビが、しゅるしゅると音を立てる。造形のくずれた竜のようにもみえる化け物は、どこか悲しそうだ。
ぴしり、と、ムチの音がする。
それに調子をあわせて化け物が長い尾を振りまわすと、かろうじて残っていた壁や柱もすべて粉々になった。見通しのよくなった先に兵士たちの姿があり、そのあいだから指揮官らしき男がまえへ進みでた。
「また会いましたね」
皮肉っぽくいうのは、死んだはずのアリだった。その顔と声が記憶にかさなり、おどろきと嫌悪をまじえて睨みつけてやる。
「審問官さまは死んだときいたがな。ゲドウの裏切りで」
「ええ。あいつは、いずれ挽き肉にしてやりますよ。私のように」
「私のように?」
その問いかけを無視して、レナをみつめながらいう。
「いろいろ方針が変わりましてね。その子をひきわたしてもらえれば、だれも死なずにすみますよ。なんならそれなりの謝礼もだしましょう。さあ、こちらへ」
「いやだと言ったら?」
「べつにかまいません。挽き肉がふえるだけです」
ぴしり、ぴしり、ムチが地面をたたき、キメラが緩慢に動きだした。兵士たちも向かってくる。あまり頼るなとの忠告を思いだしながらも、ふところの黒いナイフをにぎった。だれかの声がきこえる。ふわりと足もとがおぼつかない。全身にみなぎってきた力が、しかし、不意にとぎれ、気付くと、ペテロが俺の手をおさえていた。
「頼るなといったじゃろう」
そういうと目をつぶり、なにごとか口中でとなえはじめた。示しあわせたように、ハインラが敵中に飛びこんでいき、両腕で跳びはね、ひとはねごとに兵士を倒していく。
一方、俺は、黒いナイフではなく、狩猟用の普通のナイフを手に、うしろにペテロをかばい、キメラと向きあっていた。巨体から突き出したオオカミの顔が吠え、それが合図のように大きな尾がふりおろされる。
その一撃はナイフでうけながしたが、全身がきしむような衝撃だった。さらに弧をえがくようにして、もどった尾が落ちてくる。今度は、まともに受けとめてしまった。体が折りたたまれ、足が地面にめりこむ。
がくりとヒザをついたとき、ハインラが兵士に取り押さえられるのが見え、助けをよぶレナの声がきこえたが、その姿は確認できず、自分の頭越しに、大きく口をひらいたキメラが、ペテロを食い殺そうとしていた。




