第23話 火柱
渉猟者は、ひとところに留まれるだろうか。
答えは否だ。ひとところに留まれないからこそ、渉猟者なのだ。それなのに、ずるずると出発を先延ばしにしてしまった。それだけ居心地のいい場所だったのだ。ペテロのもとで、俺は装飾写本をまなび、レナは魔法をまなんだ。
ハインラは、ペテロのまじないの力を借りながら、からだを癒し、鍛えていた。不自由な足のかわりに、器用に手をつかって移動する。奴隷たちのあいだで発展した格闘術で、逆立ちしながら跳びはねる変幻自在な動きにほんろうされ、組み手では負けてばかりだった。それが悔しかったこともあり、またペテロの忠告にしたがい、黒いナイフに頼ることのないよう、俺も地道な鍛錬につとめた。
一方、 レナは魔法をまなんでいたわけだが、文字をまなび、言葉を発するようになっても、根本的な性格や人間性にかわりはないらしい。料理につかう種火を魔法でおこす練習をしていたその日も、様子をみにいった俺に気付いて、
「兄さん!」
と、うれしそうな声をあげるや、種火がもえあがり、はげしい火柱と化した。あわわわ、とあわてたレナが動くたびに火柱も動く。
「なにをやってるんだ」
肩に手をあてて、べつの手をレナの指先にそえる。そのまま指先を火柱にむけてとどめると、揺れうごいていたのが静止した。
まじない師、魔女、魔術師、魔法使い、さまざまな呼ばれかたをする者たちのつかう術は、それぞれ異なり、ひとによってもちがう。レナの場合は、古代語を手のひらにふくませるようにしてつぶやき、その手を対象物にむけることで発現するのだが、集中力がないのか、生まれつき抜けているのか、失敗ばかりなのだ。自分の魔法でヤケドしたりしないよう注意すると、はぁいと返事をして、しゅんとしてしまう。
すこしかわいそうになるが、未熟な魔女が自分の魔法で命を落としたり、変身した魔法使いが元に戻れなくなることもあるらしく、心配で声をあらげてしまうのだった。
まあ、そのへんで許してやれ、とペテロの声が聞こえた。
「レナも気をつけてはおるのだ。ただ、あたまの半分が魔力の制御につかわれている以上、ぼうっとしてしまうのも仕方がないのう」
「魔力がつよすぎる、だっけ?」
「そうじゃ。おおきすぎる力を持てあましとるわけよ。言葉を発せずにきたのは、そのせいもあったのでないかな」
そんなものかと思いながらレナが魔法の種火を整えるのをみていると、火かき棒のはしに服のすそを巻きこんで焦がしてしまっていた。おきにいりの服が焦げたのにきづいて、また涙をうかべている。
「あれも、魔力のせいかな」
「いや、うっかりしとるだけだの」
「やっぱり?」
「そんなことより、もし、あの力をうまく扱えるようになればどうなるか、先々が楽しみじゃ。わしのようなまじない師でもなく、魔女でも魔術師でもない。魔法使い、それも特級の魔法使いになるかもしれん。師匠がよろこぶ顔が思いうかぶのう」
「師匠?」
「いまは、数えるほどしかいない魔法使いのひとりでな。いろいろあって、ひっそりと西の島に隠遁されている。どうされておるかな」
「どうして、その師匠がレナのことを楽しみにするんだ?」
「そりゃあ、仲間ができるからさ。まじない師の使う力は目くらまし程度だし、魔女の力は感情まかせの呪いにすぎない。魔術師だって、ただ学んだ知識と技を使うだけのこと。うまれつき特有の力をもつ魔法使いとは、まるで別物なのでな。もうすこし、ここで基礎を学んで、それから島へ連れていくといい」
「で、ハインラも連れていけと?」
「ええじゃないか、もののついでだ。そろそろ帰してやれそうじゃからな」
「ペテロはどうするんだ。来ないのか」
「わしは海がきらいだ。むかしから、まじないやら魔法やら、そうしたものは水をきらう。その土地、その土地に根づいたものじゃからな。あれた土地でも、それなりに愛着がある。ここでしか採れない野草もあるのよ。
じゃが、それは人についても同じことだ。ハインラにはハインラのいるべき場所がある。ぜひ、連れていってやってくれ」
「わかった。でも、さびしくなるぞ」
「もとへ戻るだけじゃわい。借りたものは返さなければな」
そうして笑った顔は、ながく忘れることがなかった。めったに笑うことのなかったタギとは対照的に、よく笑っていたペテロの笑顔をみたのは、それが最期だったからだ。




