第22話 月と太陽
文字に興味をもち、ペテロの好意にあまえて、出発を遅らせることにした。
まず学んだのは、自分たちの名前についてだ。俺の名前は古代語で太陽を意味するが、レナの名前は古代語で月を意味するという。それを知ったうえで、レナと名付けてくれたのだろう。あのころからずっとタギの愛情に包まれていることを知った。
月と太陽か、いい名じゃな。
そうつぶやくペテロのやさしさにうそはなく、俺もうそはつきたくなかった。レナとの出会いからいまに至るまでのことを包みかくさず話し、かつて屍肉あさりであったことも伝えた。
「屍肉あさりか。いいじゃないか、それで」
手作業をつづけながらペテロがいう。あれはあれで、死を溶かしてしまうのに必要なのだと。ただ、黒いナイフのことを話したときには、手をとめて忠告してくれた。
「あまり、使わないほうがよいな。つよい想いがこめられているようじゃ。それが大きければ大きいほど、ひとの自由をうばい、しらぬうちに呪いとなりえるのよ。呪いも言祝ぎも、おなじものの裏表。愛憎は容易に反転し、悲しい結果をまねく、とは、師匠の言葉だがな。使えばつかうほど、頼ればたよるほど、死地へ踏みこんでいくことになるじゃろう」
「どういうことなんだ」
「そうだな、たとえばハインラだ。あの子は、もともとは島の有力者の娘として何不自由なく暮らしていた。大陸の国々からは蛮族のなんのと蔑まれているが、それは連中には関係のないことだ。むしろ、佞臣にとりまかれている幼帝よりも、よほど幸せに暮らしていたことじゃろうて。
そんなあたたかい世界からさらわれ、言葉もつうじぬ世界へ放りこまれたんじゃ。帝都で奴隷とされ、足の腱をきられ、わかく美しい異国の娘がどんな扱いをうけてきたか、想像にかたくない。すべてを恨み、やけになってもおかしくないが、あきらめず、その境遇をぬけだした。いずれ、故郷へたどりつくだろう。
おまえさんが何を求めているのか、自分でそれがわからないかぎり、そのナイフは誓約のように足枷となる。そんな気がするがな」
言われたことを噛みしめていると、それはそうとして、と話題をかえた。
「おまえさんの妹は、魔法の才を有しておるようだが……。なに、妹ではないと? 血のつながりでいえばそうじゃろう。だが、なにをどうみなすか、それはおまえさん次第だ。やっぱりおまえさんの妹さ。いまのところはな。
王都で出会った女性が何者であれ、眠りの魔法などを使える者はかぎられておる。王女かどうかはべつとして、言葉にたいする態度や、文字をものにした様子をみても、レナはそうした血筋の者ではないかと思うぞ。
まことの言葉にふれてはヤケドをすると、本能的にしっておるのだろう。だからこそ、沈黙を保ってきた。かしこい子だ。文字をまなび、 言葉をまなび、 魔法をまなぶことだな。きちんと学べば、おそれることはない」




