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第21話 文字の霊


 食事は質素なものだったが、屋根のある場所で、落ち着いて温かいものを食べられること自体がごちそうと言ってよかった。


 寝床ねどことして案内されたのは、板敷きの作業場のような部屋だ。そこにはたくさんの羊皮紙ようひしが幾枚も重ねられていた。ここちよい手ざわりのそれをめくっていくと、文字、文字、文字、そのなかに不意に華やかな色があらわれる。装飾写本というのだとペトロからおそわった。


 その日は詳しく話をきくことはなく、片隅に獣皮じゅうひをしいて眠りについた。いつもの浅い眠りではなく、深い眠りが疲れを癒してくれた。


 ペトロは、旅の理由や行き先を聞こうともせず、急ぐ旅でなければゆっくりしていけばいいと言ってくれた。それに甘えて、しばらく滞在しているうちに、人懐っこいレナは、すぐにハインラと打ち解け、楽しそうに身ぶり手ぶりでやりとりしていた。

 自分はというと、ペトロの仕事に魅せられていた。一枚一枚、文字を書き、図柄を描き、色をつけ、とじこんでいく。丁寧な仕事ぶりに、愛情があふれていた。みとれている俺に、


「興味があるなら、やってみるか。文字を学んでみてはどうだ」


と聞いてくるが、あてもなく放浪中の自分に、そんな時間も、また意味もないような気がして首をふるばかりだった。それ以上、無理に勧められることもなく、そろそろ出発しようかというころ、それは起こった。


 作業場にやってきたレナが、装飾写本をとりあげ、開いたページを指でなぞりながら、


「ば、ら、を、み、た、ね、こ」


と口に出したのだ。


 俺は、おもわず勢いよく立ちあがり、装飾写本を奪いとるようにした。レナは、おどろき、不満そうにしていたが、それどころじゃない。生まれてこのかた、話すことのなかった彼女が言葉を口にしたのだから。


「これまた聡明そうめいなお嬢さんだ」


 ペトロが、うれしそうに笑う。


「ハインラから文字を習ったのだろう。文字とは言葉だ。しるされ、容易には消えることのない言葉。文字を読むことを覚えたのさ。きっと話せなかったのではなく、話さなかったのだろう。ときに、言葉の力を生まれながらに知る子どもは、そうして身を守る」


 その日を境に、せきとめられていた水が流れだすようにしてレナは言葉を手にした。


 よくそれほど話すことがあるなと思うほど話し続けた。朝から晩まで、片言かたことのハインラと片言かたことのレナと、はたしてどこまで通じあっているのか分からないけれど。


 もちろん俺にも話しかけてくれるのだが、夢中になって話す彼女の声は、意味よりも音の響きが強くて心地よく、聞きながら眠ってしまい、怒らせてしまうことも多かった。そんなときは、決まって、ぶうっと不満げなそぶりをするのである。


 意味のない言葉こそが心地よい、そんなことを言えば、また怒らせてしまうだろう。だが、レナに関していえば、彼女が話してくれていること、それだけで喜びだった。

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