第18話 渉猟者
その日のうちに出発することにした。
リップにひきとめられたが、森に残るつもりはなかった。レナを狙って、きっとまたべつの審問官がやってくるだろうから。
アリは、レナを殺そうとしていた。
狩人と王女、ふたりの花嫁といっていたな。狩人がリップのこと、王女がレナのことだとすると、死んだ女性は、王女を屍肉あさりに託したことになる……。
「ジュについていくのか。まあ、がんばりな」
さびしそうなリップの声がきこえた。あたまをふって、余計なことを追いだす。いまは、まず、ここを離れることだ。
黒いナイフをにぎりしめる。
むきだしになった地金を手にしても、なにも起こらない。不吉なようで不吉でもなく、はやく柄をつくろうとおもった。すてるという選択肢を思いつかなかったのは、なぜだったのか。あの女性にもらったものを捨てるということが、レナを捨てることのように思えるからなのかもしれない。
こうして俺は、渉猟者となった。
定住先をもたない放浪者をスカベンジャーとよび、屍肉あさりはもちろん、物乞い、盗人、遺跡荒らしのほか、渉猟者も含む。きまった狩場をもたないという意味で、渉猟者と狩人とは異なるし、森がだれかの所有物である場合には、密猟者と同義だ。だが、その生活にはある種のすがすがしさがあり、なにものにも縛られない自由さと、反面、なにものにも護られない怖さがいさぎよい。そもそも畑の作物などとはちがい、森が生むものを、だれかのものであるなどと、だれが決めたのか。そういう意味では、屍肉あさりと同じスカベンジャーとされながらも、まるで違うものだとかんじる。
狩人として森で生きぬく術を学んだからこそ、渉猟者となれたわけだが、レナを拾ったときから、あの女性の言葉を受けとったときから、そう呪いづけられていたように思わないでもない。
レナが亡国の王女であるならば、いずれ追手がかかるだろう。
とはいえ、レナ自身はなにもしらず、帝国に弓ひくようなことをしているわけでもない。なにか俺たちのしらない、特別な事情があるのだろうか。帝国が審問官をさしむけ、その捜索に躍起になるような事情が。
そうした推測のいくらかはあたっていたらしい。事実、追手はあった。立ち寄ろうとした交易所に帝国兵をみかけ、レナを探しているとわかったのだ。
ただ、実際に遭遇することはなかった。
いっそうの注意をはらい、痕跡を消し、つねに追われていることを意識して動いていたのだ。そこらの兵士にみつかるようなヘマはしない。もし、近づかれることがあっても、こちらがさきに発見するだろう。
一般的な街道をさけ、通常はつかわれない森のみちをすすんだ。どこへ行くあてもなく、ただ、遠くへ、ふかい森の果てへ。
帝国の領土がどこまで広がっているのかわからなかったけれど、その支配地は、中央ほど安定しており、辺境へむかうほど荒れてくる。物乞い、盗人、屍肉あさり、渉猟者、遺跡荒らし、罪人や賊、逃亡者、異教徒、化け物、魔女……。
そこは、スカベンジャーたちが力をもつ世界だ。西の蛮族が跋扈する土地でもあり、荒廃した集落や田畑が目につき、潮のにおいが風にまじりはじめた。
もうずいぶん海がちかいのだろう。
それでも追われている感覚がきえることはなく、ずっと気をはりつづけなければならなかった。狩人にはりつかれた獲物の気持ちがよくわかる。
ずっと気を張っている俺にくらべて、レナは、タギやおばばの死をいたみつつも、どこかに快活さをのこしている。それは緊張をほぐしてくれると同時に腹立たしさをかんじるものでもあった。おなじ緊張感をあじわっていてほしいと。それは俺の勝手な思いなのだが。
渉猟者となって、ひとつきほどがたったころ、大陸の西のはて、海がみえる辺境の地へとたどりついた。帝国の統治もゆきとどかず、西方の島を拠点とする蛮族に支配されているわけでもない。渉猟者とおなじく、自由であるがゆえに、なにものにも護られない怖さのある場所だ。
賊の襲撃、あるいは帝国と蛮族のこぜりあいによるのか、廃墟となった集落をみつけた。住民は逃げたか、人狩りにさらわれたか、生きた人間はおらず、ただ、腐りはじめた死体だけが、あちこちに転がっていた。




