第17話 儀式の終わり
タギに拾われたときのことをおもいだす。
骨がきしみ、腕がいたみ、足がひきつり、目の奥が熱く疼いて目が覚めた。そこに岩のような背中はなく、梁からさげられたナベもないのに、腹の虫をさそう匂いはある。それと、染みついたケモノの匂い。
ふたつの大きな星あるいは宝石のようなものがみえ、それが涙をためたレナの両目だと理解できるまで、むやみと時間がかかった。すわりこむ少女の目から安堵の涙がこぼれ、俺のほおを伝って落ちていった。
まだ燃えている仮小屋だけがあかるい。
夜明けまで時間がありそうで、気を失ってから、それほど時間は経っていないのかもしれない。俺は、レナの手をかりて立ちあがった。
まわりには、月読みの儀の参加者があつまっていて、露骨なものではないが、不信と怒りが感じられた。屍肉あさりだったころの感覚は、まだ抜けきっていないようだ。
レナが、おびえたように身をふるわせた。
すこしはなれてリップが立っているが、その顔は影になっていてみえない。いや、目をあわせられないだけだ。だまって視線をそらしたさきでは、こまぎれになった肉片が、ぴくぴくと血のにおいを立てていた。
「ゲドウだよ」
疑問に答えるようにリップがいう。その肉片がゲドウなのではなく、それをしたのがゲドウなのだという。
「落ちていたムチでキメラを従わせて、アリを踏みつぶさせたんだ。念入りに、念入りに、神経質なほど念入りに踏みつぶさせていたよ。そのあと、キメラとともに姿を消した」
リップは、しずかに空をみあげた。
「夜明けだ。月読みの儀もおわる。……で、おまえは誰をえらんだのかな」
わらって俺をみるその目からは、とめどなく涙が流れていた。
日の出とともに火のいきおいは弱まり、それまで隠されていたものが惜しげもなく晒しだされる。燃え落ちた仮小屋のまえで、リップが立ち尽くしていた。
「あたしは、タギが好きだったよ。父親代わりだったからじゃない」
……好きだったんだ、と、くりかえしながら黒こげの死体を抱きあげる。その胸もとから、ころりと矢尻がころげおちた。
「あたしが初めて獲物を仕留めたときのものだ。いつも身につけて大事にしてくれていた。そうだ、鎮魂の歌を。おばばに……」
おばばは、おばばは、化け物に喰われたんだっけ? と小声でつぶやく。その肩に手を置こうとしたが、はらいのけられてしまった。
「やめろ! やさしくされたら、だれに怒りをぶつければいい? 父さんと母さんが見殺しにされたように、タギも見殺しにされた。そうだろう? そういうことにしてくれよ。この世界はどうして、こんなにも残酷なんだ」
残酷なんじゃない。だれにでも公平なんだ。だから屍肉あさりは死にむらがる。この世界に復讐するかのように。そう思いながら、口には出せなかった。タギの死を連れてきたのは誰か。それは審問官のアリであり、帝国の兵士たちだが、そもそもの原因は、ゲドウであり、ゲドウをひきよせたのは俺だ。
「すまない」
「あやまるな。怒れよ、俺のせいじゃないって。つまんねぇやつだな」
「すまない」
「だから、あやまるな!」
ドン、と胸をたたかれたと言いたいところ、トン、と軽くたたかれたに過ぎなかった。ケガだらけの俺を気遣って。その配慮こそが、なによりも胸に痛い。
トン、トン、トン、と、こぶしを叩きつけてくるリップの肩越しに、なかば地面に突き刺さった黒いナイフがみえた。早朝の無垢な日差しをあびて、キラキラと輝いている。やはり、呪いは、ときにあまい顔をみせるらしい。




