第16話 ちょっとした悪夢
首を斬られて死ぬことは名誉だろうか。
断頭台は人道的な刑死を実現すると、だれもが信じていた時代もあった。まだ、いくらかは信じているものもいる。もっとも、首を斬られた当事者から話をきくことはできないが、などとくだらないことを考えていた。ほんとうは、もっと大事なことを考えるべきだろう。つぎに死ぬ機会があれば、もっとべつのことを……
『のんきなもんだな』
あたまのなかで、いつか聞いたような声がした。人の焼けるにおいと、立ちのぼる煙がみえている。首すじにせまる剣の気配を感じてもいた。火の粉がゆらゆらと浮かび、意識だけが鮮明で、ゆっくりと、ねぶるように世界を味わっている。ほんの一瞬のできごとが、ながくひきのばされているような感覚。
『対話が終わるころ、あんたは死ぬ』
と、不吉なことをつげられた。
『これは夢じゃないんだな。もうじき首を斬られて死ぬのか』
『そうだな。このままなら』
『このままでなければ?』
『オレが、なんとかしてやろうか』
なら、そうしてくれ、とおもいながら、最初にきくべき疑問をうかべた。あたまのなかで話すおまえは何者なのか。
『呪いであり祈り』
ざあざあと五感がみだれ、ざらざらとした砂のような感覚に変わる。
首のうしろへせまる剣を防いだのは、はたしてオレか俺か。とりこまれた右腕ごとキメラの巨体をふりまわし、兵士を吹きとばしたのだ。はるか高みまで打ちあげられ、落ちてきた兵士は首の骨を折って絶命した。
さらに、十人、二十人と吹きとばす。
やがて腕から外れたキメラが砲弾のように宙を舞い、落ちたさきでアリを押しつぶした。異常な事態のうえ、指揮官がやられたというその事実は、兵士たちの動揺をさそうに十分で、だれからともなく逃げだしはじめるのだった。
キメラの下敷きになっても、アリはまだ生きていたが、兵士たちは逃げてしまい、助けようとする者はいない。
ぱちぱちと火の爆ぜる音。
そのにおいは香ばしく、おそろしいことに腹の虫が鳴きそうになる。恩人の焼けるにおいだというのに……。口中にはいった火の粉が、舌のうえにかすかな苦味をのこした。
覚醒と半覚醒のあいだをゆききしながら、ゆらゆらと影のように歩みをすすめる。すこしずつ感覚がもどってくると同時に、すさまじい痛みが襲ってきた。あちこちにケガを負い、なによりも、人ならざる力の負荷に全身が悲鳴をあげている。
仮小屋が野火のように燃え、俺の影をのっぺりとひきのばす。あしもとをヘビのように這う影は、ゆらゆらと逃げ水のようだ。視界の端には地べたに丸まってふるえるゲドウ、そのさきにキメラの巨体がある。
おびえた犬にしかみえないゲドウのわきを通りすぎたとき、その目に、一瞬だけ、怒りらしきものが浮かんだようにもおもえた。
だが、ひどく疲れていて、いまにも倒れそうだった俺にはもうわからないことだった。やつに恨みがないわけじゃなく、好意などまるでないが、もはやどうでもよかった。ゲドウのことは、過ぎたことだった。
キメラの下敷きになり、死にかけているアリに対しても思うことはない。タギのことも、おばばのことも、ちょっとした悪夢のようで現実味がなく、苦しみながら死んでいく姿に、なにも付け加えることはなかった。
もだえるアリのすがたをみて安心したというのも人でなしの所業だが、俺自身の気持ちを正直にいえばそうなる。
倒れそうになった俺を、レナとリップが支えてくれた。うすれていく意識のむこうで四つ足の犬が立ちあがる。ああ、あの犬はゲドウだ。その口はうつろな穴のようで、しかし、その目はそうではない。怒りであれ、悪意であれ、意思をもつ人間のそれだった。




