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第13話 犬とキメラ


 ゲドウ?


 つぶやきのような疑問の声が自然ともれていた。やせおとろえ、ぶざまに這いつくばる男は、たしかに屍肉しにくあさりのゲドウだった。あたまをあげようともせず、はたして声がきこえたかどうかもわからないが。


「ほう、知りあいでしたか」


 返事はアリと名乗った審問官からだ。リードをひいてゲドウを無理やり這いよらせると、そのまま首をひっぱりあげる。うなるようにして身をそらしたゲドウがあえぎ、その口が不自然にぽっかりとあいた。歯がなく、そして、


「舌もないでしょう? この犬、不遜ふそんにも我らと取り引きをしようなどと。不届き者の二枚舌などいりませんからね」


 さあ、どうです、宝石の持ち主はいますか?


 乱暴にひっぱりあげながらアリがいう。


 ここにいますか? いるなら、うなずいてみせなさい。いなければ首を振りなさい。さあ! と、嗜虐的しぎゃくてきな物言いが耳につく。そりかえった姿勢がかつての傲慢ごうまんさを思いださせるが、ゲドウの目はその口とおなじく、うつろな穴のようだ。


 しかし、なにも映していないようにおもえた目が俺を映したとき、その動きがとまり、呪うようなうめき声がもれた。


「この少年が宝石の持ち主なのですか」


 俺の顔をみつめたまま動かないゲドウにむかって言うが、返答がない。


「答えなさい!」


 声をあらげ、ムチをふるう。空気を切りさく音、肉をさく音がつづいた。うめき声にむかって容赦なく言葉をはきすてる。


「ひさびさに知りあいに会って、人であったときのプライドでも思いだしましたか。犬は犬らしく、従順でありなさい。それとも、あなたも、ああなりたいのですか」


 ムチで示したさきに、のそりとすがたをあらわしたのは一匹のキメラだった。


 まわりの兵士たちは、それと距離をとり、目を合わさないようにしている。禁忌きんきの魔術でつくられた化け物だ。ああなりたいのか、とは、なにを意味するのか。えたいのしれないそれらは、ケモノと人間を材料にしているともいわれるだけに、おまえもキメラにしてやろうかという脅しなのだろうか。


 のそのそとあらわれたキメラは、ととのった顔立ちをしていた。大人ひとりを楽にのみこめるほど大きくトカゲじみたからだは、ぬらぬらとしたウロコにおおわれ、ところどころ黒いハネがつきでている。そして、その頭部には、めりこむように女性の顔が生えているのだった。ととのった顔立ちというのは、その女性の顔のことだ。化け物じたいは、生理的に受けつけられないほど醜い。感覚を本体と共有しているらしく、女性の片目が凶暴そうにもりあがり、落ち着かなげにうごめいている。まるで、女性の目にとりついた化け物が、ぎろぎろと周囲をねめわましているかのようだった。体表には、ぼこぼことキノコのようにカラスのあたまが生えており、そのクチバシが、ガァガァとわめきたてる。こちらをみたのは、はたして、女性か、化け物か、カラスか。


 ときに森の奥で目撃されるキメラは、いずれも生殖能力がなく短命だ。みためほどには獰猛どうもうでも強靭きょうじんでもなく、いつのまにか溶けるようにして死んでいる。そして、たぶん言葉をもたない。虫が言葉をもたないようにもたないのか、ゲドウのようにもたないのか、レナのようにもたないのかはわからないけれど。


 ただ、このキメラはムチの痛みを知っているらしい。空気をさく音に、おびえるようにあとずさり、それをみて満足げにムチをおさめたアリが、ゲドウにむきなおった。


「あなただって、恋人に喰われたくはないでしょう? こうなりたくもないでしょう? さあ、もう一度だけ聞きますよ。この少年が、宝石の持ち主なのですか」


 問いかけに、ゲドウが、ゆっくりとうなずいてみせた。

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