+5 犬と呼ばれた男
くそ、だまされた。
いったい、あの宝石がなんだというんだ。たしかに目をひく大きさと美しさをもつ宝石だが、しょせんそれだけのことじゃないか。
それなのに、帝国の審問官と宮廷魔術師が血相を変えて俺を探しているらしい。屍肉あさりの拠点……と言っても、廃屋に勝手に住み着いているだけだが……も襲撃をうけ、大勢の仲間が殺され、あるいは連れ去られた。
だが、かまうものか。しょせんは、生き抜くために集まっただけ、動物の群れにすぎない。俺にとっては、あいつだけ、彼女だけが……。ほかの誰を犠牲にしても守りたいと思っていた女、一緒に帝国から逃げようとしていた女を、しかし、俺は守ることはできなかった。
それも、死なせてしまったのではない。
死なせることさえできなかった。
そして、死ぬことも。
審問官のアリを許すことはできない。彼女は生きていると言い、俺から聞けるだけの話を聞いたうえで、俺に〈彼女〉を返してくれた。たしかに、生きてはいたのだろう。あれを生きていると言い張るのなら。
大きくトカゲじみたからだは、ぬらぬらとしたウロコにおおわれ、ところどころ黒いハネがつきでており、その頭部に〈彼女〉の顔が生え、盛りあがった片目が周囲をねめまわし、そばに生えた何匹ものカラスと一緒になって、ガァガァとわめきたてていた。
あの美しかった〈彼女〉を、その顔立ちのうつくしさをそのままに化物に変えやがった。けっ、悪趣味な野郎だ。
俺は、なにがあろうと生き抜いてやると決めた。舌を引き抜かれようと、犬と呼ばれようと〈彼女〉の仇をとると。
最初のアリが死んだとき、俺は〈彼女〉をつれて逃げだし、森の住民の助力をえて、魔術だが魔法だか知らないが、引き抜かれた舌のかわりに〈彼女〉の口を借りて話せるようになったのだ。それから俺は〈彼女〉を死なせてやろうと何度も無駄な努力をした。
こんな姿で生きている〈?〉ことをあわれに思い、巻き込んだ自分を責め、ときに憎み、ときに愛しくおもい、ときに逃げだしたくなった。だが、覚悟を決めて〈彼女〉の首を切り落としても、その体を斬り刻んでも、殺してやることはできなかった。
そのたびに、復讐心は燃えあがりながら腐り、腐りながら燃えあがった。
数年かけて森の住民をまとめあげ、東方の被征服民や帝都の奴隷、王国の残党とも手を組んで反乱を起こす準備をしていたところへ、ジュがやってきた。すべての元凶であり、アリの次に憎い相手が。
しかし、その憎しみが薄れかけていることに驚かされた。
俺は、もう疲れていたのかもしれない。あるいは元凶であっても、結局、ジュのせいではないことをわかっていたからかもしれない。そうだ、悪いのはアリと、そして、俺自身だ。
ぐずぐずとくすぶり、腐れ果てた復讐心を奮い立たせなければ。
審問官のアリが、いかにしてキメラとなったのかは知らない。そこに同情すべき点があるかどうかも。そんなことは俺には関係がない。
淡々と復讐し、それが終われば俺も死ぬ。
それだけだ。
帝都の地下水路を通って〈地下墓地〉へ侵入したジュの一行が、アリを倒したらしい。俺にとっては、それ以外の反乱の結果などはどうでもいいことだった。
やっと復讐の機会がきた。
俺は、卑怯で、下劣で、外道な、見下げ果てた男が何をするか、よく知っている。アリとクレカ・スーの関係がどうであれ、なにが起ころうと、自分だけは助かろうとするに違いないのだ。意地きたなく生き延びることに関しては、俺だって負けやしない。
案の定、やつは、俺が張り巡らせた網に引っかかった。群体としてのキメラがどういうものであれ、自分だけは生き残ろうとするに違いなく、母体がやられ、分体も全滅したように見せかけると予想でき、まさにそのとおり、帝都から逃れようとしたアリをとらえた。
それも逃げおおせたと気をゆるめたあたりで捕まえてやった。西へ行けば、〈門〉の近くまで行けば、などと呟いていたが、
いいや、行けないね。
と、道をふさいでやったよ。死んだ振りや騙しなんてのは外道のやり口だ。お人好しのあいつらにはわからんかも知れんが、俺は、それほど良い人間じゃないんでね。
〈地下墓地〉を破壊し、アリを殺せば、〈彼女〉を殺すこともできると貫頭衣の女が見込んでいたとおり、首を落とし、斬り刻んだそれは、二度とよみがえることはなかった。三日待ち、俺の復讐心同様、ただよい始めた腐臭をかいで、やっと確信を持てた。これで終わったのか。
そこに、なんの達成感もなかった。
なんの感慨もなかった。
もう死ぬべきか?
だが、本当は知っている。俺は、卑怯で、下劣で、外道な、見下げ果てた男なのだから。いくらでも軽蔑するがいい。物語が終わろうと、美しかろうとなかろうと死ねはしない。




