+2 野良魔女
最初に死霊魔術を使ったのは、たぶん5歳かそこらのことだったろう。だったろう、というのは、正直、よく覚えていないからだ。この早熟の天才、大魔法使いさまにして、さすがに物心つくかつかぬかの頃までは記憶があやふやだ。
しかし、なんとなく覚えているところは、さすが我とも思うのう。
死霊魔術と烏は親和性が高い。死んだ烏をよみがえらせてみせたところが、両親と集落の人間と、誰もが恐怖に慄いておったな。
森の魔女への恐怖がまだ生きていた時代に、気味の悪い魔法をさらしたのは失敗だった。そのあたりは幼な子ゆえに仕方のないことか。
理解不能な相手を排除するのは極自然なことであり、さらに今後おかしな魔法を使いこなすようになるまえに処分しようと思うのもまた極自然なことだった。不吉な野良魔女として弑されるところ、いつか供物に使えるから檻のなかで育てればいい、危険な兆候があればそのときに殺せばいいと、そう言ったのは母親だった。本音じゃない。差し迫った死から幼い我が子を救わんとする愛情が言わせたのだ。人が羊や牛と同様に神への供物とされていた時代のこと、それもそうかと当座は危機を脱したけれど、母親は檻へ近づくことすら許されなかった。
そのころから我の呼称はアーとなった。
なぜ、そんな呼称になったのか、自分に本名があるのかないのか、いまではもうわからない。お茶旅の魔法を使えばわかるかもしれないが、そうする気はない。
アーの意味を知ったのは、ずっと後になってからのことだ。本当は、アーシェスでも、アーニャ、アーネでもない。我はアーだ。土地の言葉で、名前のない者を意味する。名前がないことが名前であるという自家撞着的な言葉、死を否定し、この世の理を否定する魔法使いにはふさわしい呼称じゃないか。過去にも、無名、名無し、不在、忌み名、無用などなど、否定的な呼称を与えられた魔法使いは数多い。
しかし、それを変えていくことこそが本物の魔法使いたる証であろう。
やがて、我を、供物として〈塵の王〉に差し出す日がきた。街の罪人にかぎらず、人外のものたちと折り合いをつけるための犠牲、身代わりであり、野に放たれる山羊のようなものだ。
そのまま何事もなく屋敷にたどりついていたら、また違った生き方、違った死に方をしたかもしれぬ。どちらが良かったのかは、我にもわからないが。
天然の洞窟を活かして作られた地下牢から牢馬車へ移され、〈塵の王〉の眷属たる罪喰いへ引き渡されるまで。そのときが、母にとって最後の機会だった。
集落を出て、牢馬車のまわりに馭者と護衛しかいなくなったとき、ひそかに待ち伏せていた母の襲撃があった。
剣や魔法の達人などではない、片田舎の普通の女にすぎない母が、油断していたとはいえ、護衛の男を倒したのは奇跡に近い。牢馬車のちいさな格子窓から断片的にみえたのは、血まみれになりながら奮闘する母のすがただった。感謝だとか、嬉しさだとかはなく、どちらかというと人の愛情がもつ恐ろしさを感じていたようにおもう。もういい、もういいから逃げて。そう思いながら、声は出なかった。
馭者の男は、すんなり殺されてはくれなかった。母の手にあったのが石なのか、縄なのか、刃物なのか、ただの貧弱な爪でしかなかったのか。いずれにせよ、それはいわゆる戦いや決闘などではなく、みじめで猥雑で、どろりとした血液そのものの闘争、二匹の獣の殺しあいだった。
幼い我は、震えながらそのさまをみていた。目をそらしてはいけないと思った? いや、目をそらすことができなかった。
体格の劣る雌の獣が、すこしずつ押されて、やりかえしながらも、力なく、だんだんと弱っていく。ごめんね、ごめんね、とつぶやいているような気がした。
一方的に殴打され、ぴくぴくと痙攣しかしなくなった母の顔を、馭者は延々となぐりつづけた。化け物でもみるかのように。よみがえりを恐れるかのように。
しかし、母に馬乗りになっていた馭者の首が飛び、切断面から大量の血が噴きあげた。
だれに殺されたのか、馭者の男にはわからなかったに違いない。そいつの後ろに立っていたのは死んだはずの護衛の男だった。死霊魔術によって、動く死体と化したのだ。
誤解のないように言っておくと、それをなしたのは我ではない。母にもその才があり、追い詰められたすえに開花したのである。
ただ、その才がひらいたのは遅すぎた。
母は、そのまま事切れ、護衛の死体は倒れ、馭者の首は地べたに転がったまま。我は、にぎやかな死体にかこまれたまま、牢馬車に閉じ込められたままだ。
死霊魔術で馭者の死体を使えば牢馬車から出ることもできたかもしれない。けれど、幼い頃の我は、アーはそうしなかった。単純に距離が離れていてできなかったのか、したくなかったのか。
数日が経過し、水も食べ物もないままに衰弱し、排泄物たれながしの牢馬車は耐えがたいほどの匂いだっただろう。
しかし、牢馬車の扉をあけてくれた彼は、眉をひそめることもなかった。顔のない彼。なかなか届かない供物を探しにきたと言っていたが、あれは違うな。そう、死霊魔術師を探していたのだろう。
我を助けてくれたのは〈塵の王〉だった。それが、ただ死霊魔術師として求めただけだとしても。
あのとき、外へ連れだされ、うすぼんやりとした記憶のなかで、アーは半ば腐りかけた母の死体に死霊魔術を使おうとしていた。よみがえらせるだけの力もなく、ただ、動くようになるというだけだというのに。それを遮るように、ブガンさまがその塵の手で我の目を覆った。
やさしさだったのか、偶然だったのか。
どちらでもいい。あたえられたものに意味をあたえるのは己自身だ。つけられた物の名前は、つけられた物の本質によって変わっていく。言葉は物を規定し、物は言葉を規定するゆえに。呼ばれることのなくなった名前は、どこか懐かしく、あたたかく、遠く、そして悲しい思いにつながっているけれど、とても大事なものであることに変わりはない。最期まで。アーは、アーだ。




