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第116話 腹のなか


 城塞都市の伝説のように、俺たちは希望とともに生き埋めにされた。


 わずかにあかるさを保っていた階段のさきが、ぐらぐらと暗くなっていく。地上へとつながる空間が埋まっていくのだった。隠し扉とか、吊り天井、落とし戸などではなく、目のまえで新たな壁が生成されていた。


 その感覚は〈増殖する迷宮〉と同じだ。


 見れば、俺たちが倒したキメラや兵士たち、死んだ仲間たちの死体が広間の床に沈みこみ、飲み込まれていくところだった。


「あなた方がここを抜けだすことは絶対にない。そう言ったでしょう」


 ゆったりと床を踏みながら、一人のアリがこちらへむかってきた。


「ここは〈増殖する迷宮〉と同じようにして管理されています。西方の大魔法使いに敗れてから、我々が何の備えもしてこなかったと思いましたか。あなた方は、すでに怪魚の腹のなかにいるようなものなのです」


「なるほど。どうやら、おまえたちを倒さなければ脱出もさせてもらえないらしいな」


 俺は平静を装ってそう言うと、近付いてきた一人のアリと、幼帝の両脇に立つ二人のアリとを視界の端にとらえた。


「その身を犠牲にしようと無理だと言っていたな? だが、まだそれは試していない」


 まだ希望は残されている。俺は階段にかけた足を降ろし、アリをみすえながら、〈餓狼がろう〉を逆手に持ち替えた。


 暗黒神官グレゴからきいた魔剣の本来の使い方を思い起こす。対になる一方の剣を、神でも魔物でも英雄でも、なんでもいい、生命力にあふれたものに突き刺し、もう一方を己の心臓に突き刺すことで、その力をものにする。腕力も、若さも、魔力も、なにもかも。大きな力を得るかわりに、安易に何度も使えば魂が壊れてしまうだろう。一度、使っているのであれば、使えてあと一度。それも、使ったあと、どんな影響が出るか、命の保障はないと。


 魔剣の片割れは〈門〉と一体化した〈巨人〉に刺さったままであり、その力を伝えてきている。この広間が〈増殖する迷宮〉と同じ作りであろうと、多数のキメラと兵士に満ちていようと、そんなものは敵ではないとの確信があった。王女を守る人狼ルーガルーとしての務めを果たすべき時がきたのだ。


 あなたは、きっとこの子をまもってくれる。数多あまたの犠牲をはらってでも。もう顔も思いだせないあのひとの言葉が、ありありと頭に浮かんでくる。


 言葉とは呪いであり、祝福でもある。


 決断のときに人の背中を押すのは記憶であり、呪いであり、祝福である言葉だ。俺の意図に気付いた王女が、こちらに向かって走り寄ってくるのがみえるけれど、しかし、それは、俺の手の動きよりは遅い。


 心に思い浮かべた暗黒神官グレゴ大魔法使アーいの立ち姿に、イヤイヤをするように首を振る王女レナの姿が重なる。


 ぐさりと〈餓狼がろう〉を胸に突き立てた。瞬間、痛みよりも熱さを感じた。それは、脈打つ心臓の熱、全身をめぐる血液の熱、命そのものの熱が形を変えたものではないか。


 ただの剣として使っていたときとは比べものにならないほどの力が全身を駆けめぐり、逃げ場のないままにふくれあがっていく。まるで血液の代わりに炎が流れているかのようだ。指先まで、くまなく熱を発し、意識が飛びそうになる。言葉を発することもできないが、魔剣の言葉……いま思えば狂戦士ラキの言葉であるような気もするが……を感じることもなく、ただひたすらに身の内にもえあがる熱を感じる。すっと伸ばした自分の右腕が、まるで〈首のない夜会服の女〉の白い腕のように見え、それは、目のまえにいたアリの頭をつかみ、なんの抵抗もなく握り潰した。


 絶句して身をひいた兵士たちを無視して、俺の足が勝手にまえへ出る。逃げそこなったキメラを右手でかるくぐようにすると、馬ほどの大きさのそれが弾けとび、広間の天井に叩きつけられ、原型を留めぬまでに変形してへばりついた。キメラの体液が噴きだすより早く、俺は仮の玉座のある壇上にあがって、幼帝の両脇に立つ二人のアリをみた。


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