第115話 希望
遠巻きにして矢を射かけられるのをおそれていたが、兵力の差をあてにして、すりつぶすように殲滅しようというのだろう。奇怪なすがたでヨダレを撒き散らしながら襲ってくるキメラたちに混じって、帝国軍の兵士らも次々と襲いかかってくる。
まずは最初の攻撃を耐えなければ。
帝国軍の士気はそこまで高くない。いずれ勝てるだけの物量差があって、どうして自分が率先してまえへ出ようとするだろう? 本当に死を覚悟して剣をまじえてくる者は少なかった。
もう魔剣に意識を奪われるようなこともなく、俺は寄せてくる敵を容赦なく斬り倒しながら、その機会を待っていた。鉄の扉で閉ざされた地下墓地ではなく、地上へむかう通路へ斬り込む機会をだ。
こちらの部隊が作る円陣がすこしずつ小さくなっていく。オルフェやウーシスほどでなくとも、それぞれ目覚めた人々から選りすぐった剣士や魔法使いだ。そこらの兵士に負けるものではないのだが、圧倒的な物量の差に、一人また一人と削られていってしまう。
大魔法使いさまから、生きる目的や指標になってやれと言われていたのに、彼らを死地に追いやっている。もちろん、ここまで来ることを無理強いしたわけじゃないが、俺のせいだと思わないほどバカでもない。
それでも、彼らを死なせてでも、俺は大魔法使いさまの遺言を果たしたかったし、王女を死なせたくなかった。俺は善人じゃない。ゲドウが言ったように、生まれながらの屍肉あさりであり、罪人なのかもしれない。
ただ、犠牲をムダにするつもりもない。
こちらの人数が減るにつれて、攻撃に参加する相手の人数も減っていった。もう、戦闘も終わるだろうとの弛緩した空気が感じられる。その時を待っていた。
目のまえに、異様な姿をしたキメラが立ちはだかっていた。足の代わりに無数の腕がその巨体を支えており、その上体は、ぼこぼこと音を立てながら常に変化し、ときに人面、ときに獣面のようになる。
めきめきと裂けるようにひらいた口の奥から這い出してきた舌は、肉厚で、虫の複眼的な目をした人もどきの姿をしている。その目から白い羽が生え出しだと思うと、つづいてズルズルと歪んだ人の腕が羽のあいだから伸びてくる。
そこには無言の怒りが込められていた。
哀れさに反吐が出そうだ。俺は、〈餓狼〉を、さらに強く握りしめた。大魔法使いさまに人狼と認められて魔剣の力を抑えられるようになった代わりに、意識を奪われるほどの力は出なくなっていた。無意識に、自分の体が耐えられる範囲で使うようにしてきたのだろう。
だが、ここが使いどころだった。
魔剣を通して、頭のおくに荒涼とした風景が浮かんでくる。どくどくと脈打つように色合いを変え、堅い岩盤のような大地が不意に泥のように波打つ。高い空と動くもののない遠い地平のむこうに自分がいることがわかる。あたまのなかの扉をひらき、奔流のように流れ込んでくる力をそのまま受け入れる。
体が弾けとびそうなほどの力。
その力を、抑えることなく解放した。目のまえのキメラだけでなく、広間にいたキメラたちが、びくりと一斉に身を震わせた。動物的な本能で危険を察知したに違いない。
しかし、もう遅い。
松明のように掲げた〈餓狼〉を、一気に振りおろした。伸びてきていた人の腕のようなものを斬り裂き、白い羽を斬り裂き、肉厚の人もどきを斬り裂き、悲鳴をあげる人面も、吠える獣面も斬り裂き、巨体を支える無数の腕もまた斬り裂き、キメラのからだを両断する。ぐらりと倒れようとするキメラの半身に、左腕を突き刺すようにもぐりこませ、そのまま持ちあげて振りまわす。ぶち当たったものは、他のキメラであれ、兵士であれ、そのまま吹きとんでいった。
俺の左腕はもう使いものにならないだろう。だが、これで地上へむかう階段への道がひらけた。機を失することなく、ウーシスとオルフェが俺の両翼に立って、残り少なくなった仲間を先導していく。
階段の踊り場をみあげた俺の目に希望が映らなかったとはいえない。わずかながら窮地を脱したと感じても無理はないだろう。
しかし、階段に足をかけたとき、その希望は完全に打ち砕かれた。




