第111話 ゲドウ
驚いたか、と意地の悪い調子でいう。その声が、若い女性の綺麗なそれであることが奇妙な余韻をのこすのだった。
うすぐらい天幕の奥、ゲドウが何か大きな物にもたれかかるようにしているのが見えたが、目が慣れてくると、それは、あのときのキメラであることがわかった。
大人ひとりを楽にのみこめるほど大きな口にトカゲじみたからだは、ぬらぬらとしたウロコにおおわれ、ところどころ黒いハネがつきでている。体表には、ぼこぼことキノコのようにカラスのあたまが生えており、そのクチバシが、ガァガァとわめきたてる。
さらに頭部には、めりこむように女性の顔が生えているのだった。女性の片目が凶暴そうにもりあがり、落ち着かなげにうごめいている。その女性の口が、さっきからゲドウの言葉を発していたのだった。女性が物を考え、話しているわけではなく、あくまで、ゲドウがその声を借りているらしい。
おまえが、あんなものを漁って来なければ……。うらみがましい声が女性の口から聞こえてくる。
……おまえが、あんなものを漁って来なければ、こんなことにはならなかった。
恨んでいる、俺はおまえを恨んでいるぞ。
さっきのナイフは、ほんのあいさつ代わりだ。当たらなくて残念だよ。もっとも、あのときのようにおかしなことが起きても嫌だがな。
屍肉あさりの掟を破ったのはおまえだ。
おまえを殺そうとしたことも、すべてを剥ぎ取ろうとしたことも、後悔はしていない。だが、俺の目的のためには、どうやら、おまえを殺すべきではないようだ。
俺の目的は、俺の舌を切り、俺の恋人をこんな姿に変えた帝国に復讐すること。そして、彼女を死なせてやることだ。
キメラの多くは短命だ。
生物として不安定なのだろう。それなのに、こいつは死ねないでいる。俺は彼女が不憫でならない。魔法の実験材料に使われ、あげくのはてに知性も何もないこんな姿で、カラスのあたまと一緒にされているんだ。
俺も彼女も、しょせんは罪人、穢れた屍肉あさり。
だが、彼女の魂は? 地獄に堕ちることすら許されないのか。ともに逝けるなら、辺獄でもどこでも行ってやるというのに。
日々、最愛の人の残骸とともに過ごし、毎朝、死んでいてくれないか、せめて彼女の顔だけでも無くなっていてくれないかと祈りながら目覚め、落胆する。
手ずから頭を切り落としてやったこともあるが、また生えてくるんだよ。恨めしそうな目、いや、それすらもない虫の目で。
正直いって、天国も地獄も、神も天使も悪魔も知ったこっちゃない。もし、あるならば、俺は、死ねば地獄へ落ちるだろう。
だが、死ねない者はどうすればいい。
魂の救済がない者は? ランタン持ちの男のように、永遠にさまようのか。俺が死んだあと、彼女はどうなるんだ。
そこまで語って、ゲドウが口を閉ざした。
語ったことを後悔するような、泣き出しそうな沈黙。おずおずとその沈黙を破ったのは、またしても綺麗な女性の声だ。今度は怒りではなく、悲しみをこめてウーシスが応じた。
「あたしは、古い時代の魔法使いです。大魔法使いさまのような力はありませんが、その知識を受けつぎ、いまでは禁忌となった魔術についても知っています」
「それで?」
「ざんねんながら、キメラを元のように分離することはできません。できませんが、その成り立ちは理解しています。
原則、キメラは短命。このような不安定な生き物が定着するはずがないのです。つまり、なんらかの手段で魔力が供給されており、それが驚異的な復元力となっているのでしょう」
「ふん、理屈がわかったからといって、それでどうしろと言うんだ」
「大魔法使いさまは、アリがキメラの分体であることを看破し、その魔力の供給源をあきらかにしてくれました」
すへては、地下墓地です。
そのキメラは、分体をつくるまえの実験段階の産物なのだと推測されます。地下墓地を破壊し、アリの母体を破壊し、魔力の供給源を破壊すれば、その人を死なせることもできるでしょう。




