第110話 森
あいかわらず濃密な暗さがまとわりつく森だった。人の支配など植物からの借り物に過ぎないのではないか、そんな気がする。
森へ逃げ込んだのは、ウーシスやオルフェを含む俺の部隊と、辺境伯及び王女の近衛兵、全員をあわせても百を越えるかどうか。この先への不安から言葉を発する者もいない。重苦しい雰囲気が漂っていた。
俺はと言えば、どこかに〈首のない夜会服の女〉がいるのではないかという馬鹿げた不安に襲われていた。当然、そんなことはなかったが、周囲に気を配っていたおかげで、森の奥に潜んでいた者に気付くことができた。
先頭を歩く俺が立ち止まったのを合図に、行く手に何本もの矢が突き刺さる。
その矢の癖に覚えがあった。
はたして、森の奥からすがたを現したのは、狩人のリップである。それ以上、森へ分け入るな、と警告しながら、その顔が驚きに、続いて喜びに変わっていった。
「ジュ、それにレナじゃないか。いったいどうしたんだ。なぜ島の連中と一緒にいる?」
「話せば長くなる。俺たちは帝国遠征のために島から渡ってきたんだが……」
「手酷くやられてたな」
「よく知ってるじゃないか」
「まあね。あたしはもう狩人じゃないんだ」
どういうことなのか、森の奥へ案内をうけながら説明をきいた。昼なお薄暗い森のなかは、反帝国組織〈四つ足〉の縄張りであり、帝国軍といえど、容易に足を踏み入れることができない場所であるとか。
人狩りを続ける帝国に対して、〈四つ足〉は森の住民をまとめあげ、組織立った抵抗を続けているらしい。だからと言って、王国の味方というわけでもないのか、窮地を脱するために助力を得られないか聞いてみたところ、頼んではみるけどね、とリップは自信なさげに応じた。あまり期待するなよ、と釘も刺されつつ、旧交をあたためるのもそこそこに、とにかくリーダーを紹介してもらうことになった。
〈四つ足〉の方も、連合軍の動向には注意をはらっていたらしく、リップの知り合いであり、また、こちらに辺境伯と王女がいることを知って丁重な扱いだったが、リーダーの天幕に足を踏み入れるや、いきなりナイフが飛んできて、背後の木に突き刺さった。
「よくもぬけぬけと現れやがったな」
憎々しげに言う声の主が、ナイフを投げた人物なのだろう。その言葉づかいからは予想できない綺麗な女性の声である。何者ともわからず、混乱して言葉が出てこない。代わりに、御主人様に何をする! と、いまにも飛びかかりそうな剣幕でウーシスが応じた。
「許さない!」
「ふん、許さなければどうする?」
「狼は死んで埃を喰うがいい。あなたの生意気な口を魔法で縛りつけ、二度とふざけたことのできないように……」
……してやる、と続けることができずに黙りこみ、持ちあげた両手をおろした。
「あなた、その声は……」
ウーシスの視線の先に旧知の顔があった。屍肉あさりのボス、ゲドウだ。ゆっくりと俺の方をみながら、不似合いな声でいう。
「ひさしぶりだな」
だが、その口はひらかれず、声は別のところから聞こえていた。そもそも、ゲドウは舌を切られ、話すこともできないはずなのだ。




