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第109話 上陸


 ウーシスの話を聞いたからでもないだろうが、翌日からすこし海が荒れ、天候も悪化してきた。力のある魔術師であれば、多少なりと風雨をあやつれるときくから、これもクレカ・スーの仕業ではないかと考えてしまう。


 実際には、ただの自然な出来事だったらしく、大陸西岸から上陸しようというときには、海もぎ、天候も回復していた。


 ただ、なんの邪魔もなく、順調に上陸するというわけにはいかなかった。島からひきあげてきた帝国軍の一部が、追撃にそなえて沿岸部に陣をしいていたのだ。

 軍船は別に展開しているらしく、敵の数は少ないものの、上陸に手間取れば、海上から挟みこまれてしまうだろう。と、方針を決めきれないうちに敵の軍船が迫ってきた。


 しかし、そのときこそが辺境伯の狙っていた機会だった。王女に不信の目をむけるやからに忠誠を誓わせるために、魔法をみせつけてやらなければならなかった。


 王女さまがためらうようであれば俺から説得するように頼まれていたが、その必要はなく、レナは生まれもっての王女ででもあるかのように、気高くも残酷な魔法を、もっとも効果的な場面で冷静に行使してみせた。


 天の高みから、無数の燃える石が落ちる。


 幻想的といえば幻想的な、しかし、容赦のない魔法により、帝国の軍船が破壊され、燃えあがって沈んでいった。


 魔法の発動後は、王女も疲れた様子で、続けて行使することは難しそうだったが、その一撃によって、連合軍めざして突撃をかけようとしていた軍船の多くが失われた。


 それは敵軍の士気をくじくのに十分な光景であり、散発的な戦闘のみで容易に敵陣を制圧することができた。


 反王女派というべき者たちも含めて、興奮が全軍をつつみ、もはや遠征が成功したかのような雰囲気が広がっていた。それが翌朝、わずかな数の帝国軍によって無惨むざんに打ち砕かれることになると誰が予想しただろう。


 魔法とはむなしい砂上の楼閣ろうかく、貝のみる夢、味のない砂をむようなもの。魔法で果たされた勝利は、魔法あるいは魔術で破られた。東方の大魔術師、クレカ・スーによるものだったのかどうか。


 周辺に大軍の配置も認められず、奪いとった陣地を拠点として、出発は翌日とした辺境伯の判断は間違っていなかった。帝都まで遠征を続けるには、無理な行軍は禁物だ。


 ところが、翌朝、連合軍は壊滅的な打撃をうけたのである。


 見張の者たちを除いて、まだ多くの兵士たちが眠っていた早朝に、ごうと激しい風が吹きすぎた。それは自然の風とは言いがたく、吹きすぎると同時に火の手があがり、気付いたときには、陣地が激しく燃え盛っていた。

 さらに、これも魔法あるいは魔術によるのか、見張りの目と耳をすり抜けて、音もなく近づいて来ていた帝国の騎馬隊が、焼けだされた連合軍を蹂躙じゅうりんした。渡海の手間から、実質的に温存されていたのだろう。平地で騎馬にかなうわけもなく、奇襲をうけた連合軍はひとたまりもなく撃破されていった。


 混乱のなか、俺とオルフェが率いる部隊を中心に残存兵を小さくまとめ、辺境伯と王女を離脱させるべく奮闘した。


 軍船で撤退したかったのだが、それは帝国軍も予想していたらしく、陣地と軍船とのあいだには部隊が厚く展開されていた。

 やむなく、辺境伯に逆方向へむかうことを提案した。つまり、内陸側へ。この頃、まだ大陸の多くは、うすぐらい森に覆われていたのだ。狩人であり渉猟者であった俺には、ここで助かるには森へ逃げこむほかないと思えた。


 そのあと、どうするのか?


 そんなことは助かったあとに考えればいい。とにかくその場を切り抜けることだ。場当たり的な考え方は、屍肉あさりだったころにつちかわれたものかもしれない。

 しかし、すくなくとも森では騎馬隊の強みは失われるし、そもそも帝国の統治も森の奥までは十分に及んでおらず、希望はある。


 戦場の喧騒から遠去かりながら、俺は、自分が進んできた道をたどって、もといた場所へ戻っていくような気がしていた。


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