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第107話 遠征


 辺境伯の言ったとおり、そこから遠征までは早かった。王女の帰りを待ちわびていたのだろう。それほど日を置かず、北方地域の協議会に属する連合軍は、東の海を渡ったのだった。


 あわただしい出立まで、辺境伯と調整し、こまごまとしたことが決まっていった。


 まずは自分の立ち位置である。


 正直、俺をどう扱うべきか、辺境伯も困ったらしい。王女の兄とするわけにはいかないが、いわば育ての親のようなもの、帝国を打倒する可能性が出てきた以上、その後のことも考えざるをえないわけだ。


 一部では、褒美をあたえてていよく放逐ほうちくする話も出ていたらしい。そんなことを、あけすけに話してくれながら、しかし、そんなわけにもいかないだろうと辺境伯が提案してくれたのが、地方領主の地位だった。


 つまり、大魔法使いさまの名代みょうだいという立場に注目して、その領地を治めさせることにしてくれたのである。


 実際、西方の荒れ地に近い寸土すんどであり、北方地域の領主や部族にしてみれば、さほど重要な土地ではなく、そこにお飾りの領主として置いておくことに不満はないのだろう。


 俺としては、うれしいよりも困惑の方が大きかった。遠征が終われば王女のもとを離れ、渉猟者として生きていくつもりだったからだ。


 しかし、目覚めた人々の暮らしを立てる必要もあり、その面倒をみることが大魔法使いさまとの約束だったので、辺境伯の申し出をうけることにした。ある意味では、屍肉あさりから領主様へ、破格の出世と言えるだろう。


 外側だけみれば、王女レナと引きかえに地位をえたようなものだ。わりきれないものを抱えながら、ウーシスとオルフェとに相談し、目覚めた人々を三隊にわけることとした。

 第一隊はオルフェを隊長とした若い男性中心の部隊で、俺とともに前線にでる。第二隊はウーシスを隊長とし、男女混合、年齢もさまざまで、日常魔法を使える者たちだ。前線にはでないが、負傷者の救護や輜重しちょうの管理などのため、ともに従軍する。最後に第三隊は、そのいずれにも向かない者たちで、領地の再建にあたってもらう。現地でのことは、エルシーに頼むこととして、当面の諸費用と言伝ことづてを託した。


 実務的なところはウーシスとオルフェがやってくれたのだが、これだけの措置をするだけでドッと疲れた。ようやく出立となったときには、ほっとしたというのが本音だ。


 俺たちの部隊は、人数は少ないが特殊な能力と立場から遊軍的な扱いと決まった。俺自身、王女との関係もあるのだろうが、なぜか辺境伯に気に入られたらしく、従軍の際には、そのそばに置いてもらうことになった。 


 なつかしいような潮の香りを感じながら軍船の甲板で辺境伯とならんで立っていると、不思議な気分になる。一夜にして地方領主となったのだ。王女も同じように、いや、もっと不思議な気分だったに違いない。


 ぼんやりとそんなことを考えながら海をみていた。俺が物思いにふけっていることに気付いたのだろう。なにを考えている? と、尋ねられ、いえ、なにも、と返したが、


「当ててやろうか。白い幽霊のことだろう?」


と笑いながら聞かれた。


「白い幽霊ですか」


「そうだ。愛を知らない娘たちの亡霊、死せる花嫁たち。おまえにとっては、王女のことに他ならない」


 そんなことは、と否定しようとしたが、ディーガ辺境伯の話は、もっと現実的なことだった。驚きと興奮のなかで受け入れられた王女について、次第に否定的な意見も出てきているらしい。遠征に反対とまではいかないが、本当に王女さまなのか、本当に魔法を使えるのかという疑問が頭をもたげてきていると。大魔法使いが王女に変身し、王国を乗っ取ろうとしているのではないか、帝国の罠ではないか、といった穿うがった見方もあるという。だからこそ、と辺境伯が声に力を込める。


「だからこそ、緒戦が大切だ。戦術的に魔法を使う必要がなくても、戦略的には必要になる。仲間の信頼と恐れを得るためにな。王女さまのご気性を考えれば、あまり無理強むりじいしたくはないが、緒戦で星魔法を使ってもらわなくてはならないだろう」


 そのときは頼むぞ、と言われ、俺は自分自身の立ち位置を、もうひとつ理解した。


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