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第106話 おしのび4


 初めて出会ったときからは考えられないほど騒がしいやりとりをしながら、ウーシスを追ってオルフェも行ってしまった。


 王女さまのエスコートを忘れているのか、俺がいるから構わないということなのか。二人が人間味を取り戻してきていることを喜ぶべきなのかもしれない。


 そんなことを思いながら、ちいさくなっていく二人の背中を見送った。となりに立つ王女さまに聞こえるくらいの声で、あまり意識しないまま、ぼそりと口にしていた。


「ふぅ、春が来たかと思ったのにな」


 それは、照れ隠しのような、本音のような、建前のような、ぽろりと出た言葉だ。おとなしい王女さまにも気になる異性ができたと思ったと言うような言わないような。


 それを聞いた王女さまは、どこか不満そうだった。言葉を口にすることのなかった子どものころのように、ほおを膨らませている。


「なにを怒っているんです?」


「なんでもありません。まったく、乙女心のわからん、兄さんです」


「その呼び方は……」


「はいはい、やめますよ。もう、堅いんだから。そんなにすぐに変われないもの」


 つまらなそうに言うと、ぐっと伸びをして、ふかく息をはいてみせた。


「びっくりさせようと思ってたのになぁ」


 あーあ、ざんねん。などと言いながら、ちいさな木箱を差し出してきた。そのなかに入っていたのは、月をあしらった首飾りだ。

 もともと、俺に贈り物をしたくて街へ寄ったのだという。王女なんてものに完全に祭りあげられてしまうまえに。


「これをあげます。わたしだって、バカじゃないもの。大陸遠征を終えれば、勝っても負けても、こんな風に自由に出かけることもできなくなるんでしょ? 兄さんを、兄さんと呼べなくなったみたいに……」


 さびしそうな王女さまにいうべき言葉がみつからず、俺は首飾りをうけとり、どうでもいいような言葉を口にしていた。


「月の首飾りか。俺も、太陽の首飾りでも買っておけばよかったな」


「ふふ、いいんだよ。兄さん、じゃなくて、ジュに気の利いた贈り物なんて期待してない」


 ムッとした気配を感じたのか、王女さまは、下から覗きこむようにしながら、にっこりと笑ってみせるのだった。


「もう、いっぱいもらってる」


 贈り物は、じゅうぶんもらってきたもの。そう言って、また子どものころのように、声に出さずに笑った。



 商業都市での一夜を終え、俺たちはその日のうちに城塞都市へたどりついた。もう日も落ちはじめたころで、旅装をといて夕食を終えると、あたりはすっかり暗くなっていた。


 いつかの夜とおなじように、俺はバルコニーへ出た。また白い幽霊に出会いたいと思っていたのかどうか、もらった首飾りを眺めながら考える。ある意味では、決別であり、いとしさでもある。過去のぬくもりそのもの。


「うかない顔をしているな」


 また急に声をかけられて、一瞬、だれかわからなかった。ふりかえると、城塞都市のあるじたるディーガ辺境伯が立っていた。すこし疲れた様子ながら、どこか充実感がある。


「その首飾りはどうした?」


「王女さまにもらいましてね。月の飾り細工は、呪いや邪眼を封じるのだそうです」


「信じているのか」


「いいえ。悪意ある魔法、魔術、呪い、いずれも首飾りひとつで防げるものではないと思います。ただの気休めですよ」


「ふむ、そのくらいがいいだろう」


 しかし、ほかにも意味はありそうだがな。と、苦笑しながら俺の横にならんだ。


「気をつけろよ。月は三面の女神だとされている。刻々と変化する姿ゆえか、慈愛の女神かと思えば、無慈悲な夜の女王であり、狂気と死と生をつかさどる女主人ミストレスでもある」


「はぁ」


「その点、太陽はまっすぐだ。この世の終わりに燃え尽きるまで、ずっと燃え続ける」


 ジュ、と俺の名を呼んで、辺境伯が真面目な顔をしていった。


「さいわいと言ってはなんだが、これから戦争だ。武功を立てるんだな。誰もが、王女との仲を認めざるをえないような」


「俺は、そんなこと望んでいません」


「はは、どうだかな。なぜだ?」


「それは、あいつは……」


「妹だからか? 妹じゃないと、そう言っていたじゃないか。屍肉あさりと王族と、たまたま巡り合わせただけ。なら、いいじゃないか」


「知りませんよ。そんなこと」


「はは、白い幽霊にとり殺されないようにな」


 おまえたちが、ふらふらと旅をしているうちに、遠征の準備は整った。すぐにも軍を発することになるぞ。


 そういって去っていく辺境伯の背中に向かって言いたいことは山ほどあったが、しかし、具体的な言葉は出てこなかった。ただ、そらを見上げ、月を見上げ、月あかりに輝く首飾りをみつめることしかできなかった。


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