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第105話 おしのび3


 こんなところで、どうされたんですか、と俺の気持ちとかけはなれた明るい調子で声をかけてきたのはウーシスだ。

 こちらも今日は貫頭衣かんとういではなく、どこかの屋敷の侍女のような格好をしている。快活な性格の彼女によく似合っていたが、そんな感想も、すぐにどこかへ行ってしまった。


 これは、わりとまずい状況なのでは……。


 王女とオルフェ、さきほどの二人の楽しそうな様子を思いだした。ウーシスはオルフェのことをならの木にされるまえから知っていたようだし、憎からず思っているようなふしもある。もちろん、ここで誤魔化ごまかしたところで意味はないし、そもそも、そういうことではないのかもしれない。


 しかし、俺があとをつけていたことがバレるのも嫌だし、もうじき戦争というこのときに、よけいなもめごとは御免ごめんだ。


「いや、どうもしない」


 どうもしない、どうもしない、と応じつつ、俺は足早にウーシスのもとに行き、ちょっと市場いちばをみにいこうと誘った。が、


「はぁ、市場ですか。さきほど十分みてきました。もう買い物もすませましたし」


 そう言って、ウーシスは路地のさきへ、オルフェと王女レナがいる方へ進もうとする。それを前に立って行く手をさえぎったが、不自然きわまりなく、ウーシスは、


「ご主人様どうされたんですか。変ですよ」


と困惑をあらわにしていた。


 すると、そこへ恐れていたことが……。どうやら、俺の背後で、飾り物の店から二人が姿を見せたらしい。


「あ、王女さまとオルフェじゃないですか」


 おおきく手をふりながら、ウーシスは、普通に二人に声をかけたのだった。あっ、と思ったときには、もう手遅れである。


 だが、よくよく話を聞いてみると、ウーシスは二人が出かけることを知っていたらしい。より正確にいえば、オルフェが王女のエスコートをして店に行くことまで知っていた。


 なんだ、そうかと安心したのが表情にでたのだろうか。ピンときた様子で、あれ、もしかしてご主人様……と、ウーシスが小声で言い、俺の耳もとに、くちびるを近付けると、


いてるんですか?」


と、意地悪そうにささやいた。そんなんじゃない、と否定しても、そんなんて、どんなんですか、と嬉々として尋ねてくるのだ。


 にやにやしているウーシスのようすを知ってか知らずか、王女レナが言うには、ちまた流行はやりのアクセサリーを買いに来ていたらしい。品揃しなぞろえのよい店があるとウーシスに聞き、それ目的で商業都市に立ち寄ったのだ。ところがその店は裏通りにあり、護衛としてオルフェを頼ったとか。


「よかったですね、御主人様」


 まだからかい足りないようにウーシスがいう。しかし、次に標的を変えたのが裏目にでることとなった。


「安心してください。オルフェが好きなのは別の子ですよ。目覚めた百人の一人で、このあいだ、二人で親しそうに話しているところをみたんです。たしか名前は……」


「ちがう!」


 みなまで言わせず、はっきり否定し、オルフェが熱のこもった目でウーシスをみる。


「自分が好きなのは、おまえだ」


 まっすぐに好意を突きつけられて、一瞬、思考が停止したらしい。ウーシスは、え? と一言いって黙りこんでしまった。みるみるうちにそのほおが赤くそまる。


「え、いや、だって、べつの子でしょ? このあいだ二人で親しげにしてたじゃない」


「いや、おまえがシャドーの件でしつこくからかってくるから、親しげな振りをしてくれるように頼んだだけさ」


 でも、もう嘘はつきたくない。そう言って、オルフェはふところから髪飾りをとりだした。ちいさなスミレの花をいくつかあしらったバレッタの一種だ。


「これを、きみに」


 つけてくれないか、と差し出された贈り物にウーシスは手をだせずにいる。かたまったままの彼女に、たたみかけるように、


「王女さまにエスコートを頼まれたのは本当だ。だけど、俺も買いに来たかったんだ。きみのことが好きなんだ。ならの木に変えられるまえも、変えられてからも、ずっと」


「な、な、な、な、なんで、あたし? あたしの意地の悪いところ知ってるでしょ」


「知ってる」


「がさつでわがままなのも、男勝りなのも」


「知ってる」


「んぐぅ、あんたねぇ、ちょっとは否定しなさいよ。じゃなくて、あんたにはもっと相応ふさわしい子がいるわ。あたしなんかじゃなく……」


「いや、おまえじゃないとダメなんだ」


 オルフェがウーシスの手をとり、しっかりとみつめながら言う。


「好きだ」


「んなぁ! な、な、なんで、そんなにストレートなのよ」


「そりゃあ、おなじ館に仕えていて、いつでも言える、明日でもいいと思っていたところがあのザマだろ? もう、〈森の魔女〉はいないけど、いつ何があるかわからないしな」


「本気なの?」


「本気だ。おまえが好きだ」


 ぼっ、と燃えあがる音が聞こえそうなほどウーシスが顔を真っ赤にしたと思うと、オルフェの手を振りはらい、背をむけて走りだした。


「ウーシス、待ってくれ」


「うぅ、待つのはあんたよ。ちょっとは気持ちを抑えなさいよ!」


 逃げながら叫ぶが、ざんねんながらウーシスの足でオルフェから逃げきれるものでもない。遠くのほうから、うけとってくれ、いやよ、などと騒がしい声がひびいていた。


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