第104話 おしのび2
なぜ、隠れなければいけないのか。
自分で自分の気持ちや行動がよくわからないということは、たしかにある。勝手にあとをつけてきたことへの負い目か、普段とちがう格好の王女をみて気のひけるところがあるのか、あるいは、自分のいるべき場所がわからなくなってしまったからなのか。
オルフェも、きょうは普段とちがう格好をしている。本当は昨日からだが、街へ入るのに、古い時代特有の貫頭衣を着た集団では目立って仕方ないので、いわゆる領民の着る一般的な服装をしているのだ。
しかし、ながい金髪と品のある仕草が人目をひく。出会ったころには美しくも生気のない白い肌をしていて女性的ですらあったけれど、すっかり日に焼け、健康的な色合いが男らしさを感じさせる。日々の鍛錬でひきしまった体つきが服のうえからもよくわかり、まるで生きた彫像のように美しく力強い。
さりげなく王女をエスコートしていく。
遠目で見る分には、いや、近くで見たらなおさらかもしれないが、似合いの二人で、ちょっとそこらの一般の領民にはみえない。といって気取ったところもなく、街に溶けこみながらなお嫌味でない品がある。
王女のよこに立つのが俺などでは、とても出せない雰囲気だ。屍肉あさりだったころよりはマシだとしても、結局は森の住民でしかない狩人にも、渉猟者にも無理だ。そう考えると、オルフェのかもしだす雰囲気にのまれず、おなじような雰囲気をレナが感じさせるのは、やはり王家の血筋ゆえなのだろうか。
なぜということもなく、こそこそと二人のあとを追ってしまう卑しい性根に、狩人として、渉猟者としての技が役立つのは悲しいほどだ。森で獲物のあとを追うことに比べれば、街なかで人を追うくらい造作もない。
最近ではオルフェも話をしてくれるようになってきて、ウーシスがいうほどの朴念仁でもないことはわかってきていた。
なにを話しているのかまでは分からないが、二人は笑顔をみせて何事か話しながら市場を横切っていく。ときおり、品物を取りあげては楽しそうにやりとりをしていた。出会った人々の多くが亡くなり、どこか無理のある笑みをうかべることもあった王女の楽しそうなすがたは喜ぶべきことなのに、すなおに喜べない。
なぜだろうか。俺は胸に手をやって目をつぶった。ささくれたような気持ちがそこにあり、あるけれど認めたくはない。
目をひらくと、二人は市場を横切り、路地へ入っていくところだった。
すぐに追うだけの気持ちはなく、けれども、あとを追うことはやめられずに、わざとらしいほどゆっくりと俺も路地へむかった。
どうやら、二人は市場をみにきたわけではないらしい。では、どこへ行こうとしているのか。路地に入った俺は、すぐにその疑問の答えを得た。ちょうどオルフェが、とある店の扉をひらき、王女をなかへ通していたのだ。
そこは飾り細工の店だった。
このころ、貴族連中にはもちろん、領民のあいだにも、髪飾りやブローチ、ネックレスなどを着ける習慣が出てきていた。
王女として身につけるような物が路地裏の店にあるとも思えなかったが、自分なりの何かを選びたかったのかもしれない。いずれ、街での買い物すら自由にできなくなる。そう思うからこその外出だったのだろう。
しかし、なぜオルフェなのか。
俺でもいいのではないか。むしろ、これから先のことを思えば、一緒に街なかを散策する機会はなくなるだろうし、最後くらい俺に同行を願ってもいいのでは。それなのに、なぜ……。もちろん、オルフェは魅力的な人物だ。矜持など持ち合わせない屍肉あさりとは比べようもない。
いまもまた俺は、立ち去ることも、おなじ店に入ることもできず、まさに屍肉あさりのように、うろうろしているだけだ。
自分の情けなさに、ふぅ、とため息をついたところへ不意に呼びかけられた。
「あら、御主人様じゃないですか。こんなところで、どうされたんですか」




