第102話 迷宮8
アーとグレゴの関係がどういうものだったのか、二人が逝ってしまった以上、はっきりとはわからない。ただ、離れていても寄り添うような関係であり、どちらか一方が欠けてもダメだったのだろう。
〈増殖する迷宮〉は、その主を失っても崩壊せず、そこにあった。グレゴが残していってくれた物をそのままに。
王女さまは神聖魔法として、〈守護〉と〈治癒〉を身につけたし、ウーシスとオルフェも、それぞれ魔法の武器を受けとった。ながい時をすごす暇つぶしに、グレゴは魔法の武具をつくっては壊し、つくっては壊し、としてきたらしい。気に入って残していたのは二つだけで、ウーシスが受けとったのは〈魔女の鉄槌〉、オルフェが受けとったのは〈慈悲の剣〉である。
鉄槌は重厚な見ために反して、ほとんど重さを感じさせないほど軽く、女の細腕でも軽々と振りまわせ、かつその一撃は重い。それも、魔力を込めれば込めるほど重くなるという。
また、オルフェが受けとったのは、何者をも眠らせるように殺す慈悲の剣。痛みをもたらすことなく、死を贈る。
残念ながら、俺には何もなかった。
「おまえには〈餓狼〉があるだろう。あまり欲張るな」
そう言いつつも、不満げな俺の様子をみて、グレゴは苦笑しながら言葉を続けた。
「だが、人間とは欲望そのものであり、生きることは欲することでもある。暗黒神官の有り難い言葉をくれてやろう。おまえは〈餓狼〉を振りまわし、それでそいつを使っている気になっているようだが、本来の使い方とは違うのだ。
魔剣は呪いであり、一方で祝福でもある。もともと、〈餓狼〉は、他人の生命力を奪いとり、己の物にするための祭具としてつくられた。形状は武器だが、振りまわして使うような物ではない。
性質としては暗黒魔法に近い代物でな。栄華を極めた王侯貴族が最後にもとめるものはいつの時代も同じよ。すなわち、永遠の命を。そんな願いのもとにつくられた祭具だったのだ。対になる一方の剣を、神でも魔物でも英雄でも、なんでもいい、生命力にあふれたものに突き刺し、もう一方を己の心臓に突き刺すことで、その力をものにするのだ。腕力も、若さも、魔力も、なにもかも」
そこまで聞いて、俺は、かつてゲドウと対峙し、投げつけられた〈餓狼〉が自分の胸にもぐりこむように突き刺さったときのことを思いだした。
「ふん、すでに心あたりがあるようだな。アーの弟子らしいし、一応、忠告はしておいてやる。その力は祝福であると同時に、やはり呪いでもあるのだ。そうだな、治癒の奇跡と言いつつ強制回復でもあるといったところか。大きな力を得るかわりに、安易に何度も使えば魂が壊れてしまうだろう。一度、使っているのであれば、使えてあと一度。それも、使ったあと、どんな影響が出るか、命の保障はない」
まあ、使わないに越したことはない。
そう言って、不意に、暗黒神官は俺を引きよせて抱きしめるようにした。
「おまえを一目みて、どこかで会ったことがあるように思えて不思議だったが、どうやら、アーのお茶旅で出会っていたようだな。おまえの頭をさぐったときにわかったよ。それに、妹の件も。いまは王女と従者と言ったところか。あわれなものだが、まあ、がんばれ。他人事とは思えんのでな」
とにかく、正直になることだ。
つぶやくように言って、うつろな眼窩をこちらに向けてくる。
「正直に、ね。なんのことだかわからんな」
半分は本音、半分は嘘をまじえて応えると、グレゴは、にっと笑って……骸骨なので表情などあるわけもないのにそう感じたのだ……言った。
変化を恐れるな、と。




