第101話 迷宮7
さて、王女さまは、なぜか暗黒神官から神聖魔法を習うこととなった。いまのところ王女があつかえる魔法は、炎、星、雷と、いずれも破壊力抜群ながら、破壊魔法であり、魔女にはなれても聖女にはなれない。だからこそ、大魔法使いさまも、守護や治癒に役立つ神聖魔法を身につけるように考えてくれたのだろう。
しかし、そもそも暗黒神官が神聖魔法を使えるのだろうか。お茶旅でも、たしか祝福など魔法でもなんでもない、慈悲をねがう物乞いの所業だと否定していたはずだが。俺の疑問に対して、グレゴは、無い鼻を鳴らして応じた。
「たしかに、祝福などは使えんし、使う気もない。ひとくちに神聖魔法といっても様々でな。ただ、神聖魔法と暗黒魔法は表裏一体、同じ物の裏と表なのだ。善悪などクソ食らえだが、いわゆる善なるものが神聖魔法、悪なるものが暗黒魔法と呼ばれる。ま、ただの呼び方の違いだな」
わかったようなわからんような顔をしていたからか、グレゴは、迷宮の壁に手をつっこみ、そこから何かを取りだすようにした。おそらく、迷宮の主として創造したのだと思う。一本のバラの花を手にしていた。
「どうだ、美しいと思うか?」
なにを言いたいのかはわからなかったけれど、俺は素直にうなずいてみせた。
「では、もしこのバラをネコが見たらどうだろう。美しいと思うだろうか」
「それはネコに聞いてみないとな」
「ふん、それはそうだろう。ちなみに、私にとっては美しくなどない」
そう言いながらグレゴが花をみつめると、その花は、一瞬で枯れて粉々にくずれた。
「この瞬間は美しいと思うがね」
白い骨だけの指先をすりあわせるようにして、花の残骸を宙に撒いた。
「これは腐敗の魔法だが、その流れを逆にしてやれば、いわゆる治癒の奇跡が起こる。すべての暗黒魔法、神聖魔法が対になるわけでないとしても、おおむねそうした理屈で成り立っていると言ってよい。のんびりしている暇はないのだろう? 守護と治癒にかかる神聖魔法を教えてやろうじゃないか」
くっくっく、と虚ろな眼の奥でわらうと、王女を呼びよせて神聖魔法の教授にはいったのである。
だが、教えるのは一回だけ、それで修得できなければ後は知らんとの冷たいもの。懇切丁寧な指導を期待していたわけではないけれど、どうして一回だけなのだろうか。
「いやがらせで言っているわけではないぞ。よく考えてみろ、神聖魔法を唱える不死者など、そうはいないのだ。なぜなら、自然の理に反し、いわば悪なる存在そのものであって、神聖魔法を唱えること自体が、己の存在を否定することになるからだ。要するに自殺行為というやつだな」
なぜ、大魔法使いさまはそんな行為を求めるように遺言したのだろうと思ったが、疑問の答えは、後ほど、グレゴが身をもって教えてくれた。王女さまに守護と治癒に関する神聖魔法を伝授すると、グレゴは、さきほどのバラのように、粉々にくずれさったのである。
神聖魔法をつかって自らの存在を否定し、不死者ではなくなったということだ。そして、それこそが大魔法使いさまの遺言の真意だったらしい。
「神聖魔法を教えてやってくれということは、つまり、一緒に消えてくれということだ。アーが不死者と神聖魔法の関係を知らぬわけもない。あいつなりの伝言であろうな。〈魔女〉と〈巨人〉のようになるまえに、一緒に逝ってくれと」
やれやれ、いくつになっても面倒な女だ。そんなことをつぶやきながら、迷宮の主は、あっさりと逝ってしまった。




