第100話 迷宮6
冷たく無愛想で皮肉っぽい声は、しかし、どこかなつかしく温かみを秘めたものだった。お茶旅の果て、魔女や巨人との戦いにおいて、あるいは焚き火を挟んだ語りにおいて、何度も耳にした暗黒神官の声だ。
暗闇にぼうっと青白い光が灯る。
そこに浮かびあがったのは、灰色のローブをふかく被った痩せた人影だ。その細い手で、軽々と王女を持ちあげていた。
俺自身は冷たい石造りの床に転がっていて、体の節々が痛むものの大きなケガはなく、なんとか半身を起こすことができた。
「だいじょうぶか」
との呼びかけに、うなずき返しながら立ちあがり、数歩、グレゴに近付いた。薄明かりに目がなれ、足もとにウーシスとオルフェがうずくまっていることもわかった。それぞれ身じろぎしており、どうやら無事ではあるらしい。
「あなたが助けてくれたのか?」
こちらの世界では初対面であるというのが歯がゆかったが、むこうは俺のことを知らないのだから仕方がない。
「ふむ、助けたといえばそうなるか。炎と雷と、いまの時代にこれだけの魔法をつかう者がいることに興味をひかれたのでな」
ほれ、とばかりに王女を手渡された。ローブの下からのぞく、グレゴの手は白骨と化しており、その顔にも肉はなく、むきだしの頭蓋骨には毛髪だけが残されていた。
「この姿をみても驚かぬか。まあ、骸骨兵らと戦ったばかりだしな。この娘は気を失っておるだけだ。あとの二人もたいしたケガはない。だがまあ、まずはおまえたちが何をしに来たのかを聞かなくてはな。もし、〈門〉をあけようなどと考えているのであれば、ここであきらめてもらわねばならん」
淡々とした話しぶりながら、〈門〉について話すときには、強い意思が感じられた。
「俺たちは、あなたに会いに来たんだ。暗黒神官のグレゴ」
「……グレゴ?どこかで聞いたことのある名前だな。ああ、そうか、己の名だったか。呼ばれなくなって久しいが、だれから聞いた?」
「西方の守護賢者、西方の赤き龍、大魔法使いさま。かつて、アーと呼ばれた少女から」
「アー、アーだと?」
表情がないためわかりにくいが、声の感じからは、喜んでいるような気がした。
「アーか、あの娘も、さぞかし年寄りになっておろうな。最後に会ったのはいつのことだったか。で、あいつはどうしてるんだ。……なに? 死んだだと? そうか。ふん、涙は出んな。はっはっはっ、骨だけになったせいか、もともと生前から涙などなかったか」
大魔法使いさまの最期を伝えようとしたところ、グレゴが骨の手を振って、必要ないと応じた。代わりに、ちょっと探らせてもらうぞ、と俺の額に指をあてる。その指が、ずぶりと頭に突きいれられた。痛くはないが体が動かない。ふわふわとした感覚だけがあった。
俺の頭に指を突きいれたまま、ふむふむと、うなずいている。どうやら、これで経緯を説明する必要はないらしい。
しかし、痛みがなくとも頭に指を突っ込まれるのは気分の良いものではなかった。ちゃんと何をするのか断ってからしてほしかったが、暗黒神官のすることとして、あきらめた方がよさそうである。
「なるほど、王女に魔法を教えてやれということか。あのバカ、死んでも迷惑なやつだ」
ぶつぶつ文句をいう姿に不安になる。しかし、魔法を教えてはくれるとのことだった。
「まあ、アーの遺言みたいなものだからな。何百年ものあいだ、よく露払いをつとめてくれた。まったく頑固な女だったよ」
涙は流さずとも、大魔法使いさまの死には、感慨深いものがあるようだった。
「いいだろう。この暗黒神官が、神聖魔法を教えてやろう」
くっくっく、と骨の隙間からもれる邪悪な笑いは、とても神聖魔法の使い手のものとは思えず、不安は高まるばかりだ。




