表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファニーエイプ  作者: NEOki
第一章
62/156

第二十七話 正義と悪の最終決戦①

 その日、ニューディエゴ中心街の新年だろうとも巨大台風が来ようとも消える事のなかったビルの明かりが消えた。そして実に人口の九割もの人間がその瞬間テレビやパソコン、スマートフォンに釘付けと成っていたのである。

 絶対が揺らぎ、彼らは今我が事として怯えているのだ。

 公序良俗に従い真面目に生きてきた自分の人生が正しかったのだという確信を求めている。正義は必ず勝利し、悪は絶対に成敗され罪を償うという証明を欲していた。


「遂にハルトマン最後の戦いまで残すところ10分と成りましたッ! 果たしてヒーローはこの戦いに勝利し有終の美を飾れるのか、そもそもプロフェッサーディックはこの場に現われるのでしょうか?」


(愚問だな)


 超人的聴力で上空200メートルの轟音振りまくヘリの中より中継する女子アナの声を聞き取り、内心で呟く。

 世間ではディックが現われないだろうという見方が主流であった。ただ時間が経つのを待っているだけで勝手に面倒な敵が消えるというのに、態々出てくる馬鹿が何処に居るのかと。

 だがハルトマンは僅かな躊躇さえなくあの男が来る事を確信していた。根拠など無い、これは音の何倍も濃密な拳の言葉を交した二人だからこその信頼関係なのだ。だから互い以外にこの確信を理解して貰いたいとも思わない。


 目には見えないが確かに全世界から注がれている視線を感じる中、遂に残り時間が1分を切る。

 巨大なモニタースクリーンが設置された中心街のライブビューイング会場ではいよいよカウントダウンが始まり、60が夜空に放たれ、50が放たれ、30が放たれ、10が放たれ、5が放たれ、3が放たれ、2が放たれ、1が放たれる。

 そしてゼロの二字が響いた時、夜空から星が消えた。


「来たかッ」


 宿敵の襲来を感知したハルトマンの肉体奥深くでスイッチが切り替わり、心臓が身を焦す程の熱を血流に乗せ解き放ち稲妻が全身を覆う。そんな臨戦態勢と成った彼の前に降ってきたのは、夜空を人型にくり抜いた様な漆黒の巨大ロボット。


 そしてその巨人から聞き慣れたミュージックが解き放たれた途端、ヒーローは闘争本能に踊り狂う心臓の鼓動と共に獅子が如き笑みを浮べた。


「一ヶ月ぶりだなスーパーヒーロォォッ! 我が輩がたっぷり刻み込んでやった傷は癒えたかい?」


 耳障りなパンクミュージックに混じりディックの声が空気の震える程の音量で放たれた。だがその何時もより憎たらしさが数割増した大音量にも、ハルトマンは平然とした態度を崩さない。


「ああ、お陰様でね。態々優しく殴ってくれたんだろ? 一日で治ったよ」


「其れは良かったッ!! では今度は更にオマケして顔の凹凸が無くなるまでタコ殴りにしてやろう。正しく絵本の中の王子様まである、建前しか言わぬ偽善者のお前にピッタリだろう?」


「凄いな、たった其れだの言葉で6度も『まけ』で母韻を踏むとは。流石99連敗のレコードホルダーは格が違うな。プロフェッサーはプロフェッサーでも文系の方だったか」


「ちッ、ペラペラペラペラと……腕っ節で敵わなく成ったら今度は揚げ足取りの舌戦へ移行か。正義の象徴が聞いて呆れる」


「舌戦も肉弾戦も全てに勝利してこそ正義の象徴さ。今日も全てに関して君に勝つよッ」


 ハルトマンが一切ブレる事無い瞳で自信に溢れた言葉と共に指をクイクイと揺らし挑発、それにまんまとディックが乗って飛びかかる。そんな今まで幾度と無く繰り返されてきた流れは今回も変わらない。

 しかし今までに比べ二人は何処か楽しげで、互いの敵意に覆われている筈の口元が僅かに笑っている様に見えた。


「決めたぞッその舌引き摺り出して二度とその減らず口利けなくしてやる!! そして冥途の土産に教えてやろう、本気を出した我が輩こそが世界最強であるとなッ!!」


 砂漠の夜風と共にディックの声が轟く。そして同時に彼の乗る巨大マシンの隠された武装が露わになった。

 それは全長40メートルの人型を埋め尽くす無数の砲門、夜闇との境さえ分からなかった漆黒の巨人は瞬く間に百目入道が如き異形へと変貌を遂げたのだ。その機械的無機質さと生物的集合体の奇妙なカオスを目に入れた人間は皆一様に思考停止して硬直する。


 しかし、その一瞬が命取りとなるのだ。


「グゥ……ッ!?」


 目玉がキラッとまたたいた事を認識した時には既に無数の殺人光線が通り過ぎた後。

 突如レーザーが埋め尽くす死地と化した空間でハルトマンは幾発も被弾しながら何とかプラズマシールドを展開し後方へ飛び退く。しかし巨人の全身から発された視界が埋まる程のレーザー光線からは逃れられず、エネルギーが湯水の如く吸い出されていくのが分かった。

 攻撃の威力も規模も、前々回が比にも成らない。


(油断したッ、いきなり此処まで飛ばしてくるとは…!)


 先手を打たれたハルトマンは、いきなり自分がコーナーを背負わされている事に気が付く。解き放たれた圧倒的な物量を前に完全に受けへ回ってしまった。

 だがしかし今回は守っていれば先に相手が息切れする等と期待する事も出来ない。あのプロフェッサーディックが同じ敗北を二度繰り返す筈がない、エネルギー不足も威力不足も克服していない訳が無いのだ。

 

 プラズマシールドを貫通して此処で確実に仕留めるという意志が伝わって来る。


(このまま流れに身を任せ続けるのは危険か…ッ! ならば多少リスクを負ってでも強引に現状を変えるべきッ)


 ハルトマンは被弾を甘んじて受け入れてでもこの死地を脱する事を選択。それ程プロフェッサーディックに主導権を握り続けられる事を恐れたのだ。

 斜め前方へとフルスロットルで飛行し、火中に活路を見出した。


バリイッ、バリリリリリリリリリィッ!!


「…………………ッ抜けた!」


 幾千幾万では足りない弾幕、いや光の壁の中を突き進み膨大なエネルギーを消費してその外へと飛び出す事に成功。敵の手中から辛くも脱した。

 だがしかし、その先に待っていた光景にハルトマンは脳内がホワイトアウトする。


 殺人光線の巨壁を越えたその先、突如開けた巨大ロボットの背面には何も無かったのだ。


(予算不足…いや罠、か?)


 前面の完全武装っぷりに比べて背面は余にお粗末。ガラ空きで武器一つ見当たらない大きいだけの背中が攻撃してくれと誘っていた。

 まさか前面の数無数のレーザー砲のみで勝負を決められるとでも思っていたのだろうか。だとするのならば嘗めているにも程がある。


 しかしハルトマンはディックが如何に頭が切れるのかを身をもって知っていた。こんな分かりやすい判断ミスを奴が犯すとは思えない。


(だが何だ、一体何が隠されている……ッ??)


 何も無い、それがこれ程不気味だとは知らなかった。

 ハルトマンは間違い無くディックが何かとんでもない事を仕掛けてくると確信。しかしその上で、最短距離を一直線になぞり目前に聳える巨大な背中へ突っ込む事を決めた。


 臨戦態勢のハルトマンにダメージを与えられる武装は数が限られている。大砲の榴弾、戦闘機の対地ミサイル、大型のレールガンレベルで何とか掠り傷を作れるだろう。

 だが今見えている視界の中にはその様な大型武装の痕跡は一切見受けられない、ツルツルの溶接痕さえ存在しない背中だ。これで自らに傷を負わせる事は物理的に不可能、そう判断したのである。


(問題ないッ、パワーとスピードこそ正義! どんな予想外だろうと正面からねじ伏せてくれるッ!!)


 プラズマシールドを再展開、一気にギアを上げ大入道の背中目掛けて一本線の残像を描き突っ込む。

 頭を幾多のヴィジョンが過った。毒ガス、火炎放射、機関銃による発砲、音響兵器、その全てを完璧に対応してみせるという自信と確信が漲る。全ての肩書きを捨て、一つの生命として迫り来る危機と対峙する興奮に胸が高鳴った。



 だがしかし、結局その脳内シュミレーションが現実に生かされる事は無かった。

 何故ならハルトマンは銃弾どころか僅かな向かい風さえ吹かれる事無くその背中に到達してしまったのだから。


(一体、何が起っている?)


 何かが起る、それは間違い無い筈なのだ。

 ハルトマンは余の気味悪さに全神経を周囲に張り巡らせ、一秒を何倍にも引き延ばしながら拳を握り込む。それでも今まさに攻撃を放たんとする彼を背に巨人は何らアクションを起こそうとはしない。

 そして、ハルトマンは割腹かっぷくの面持ちで拳をその背中に叩き付けた。


ドオオォォォォォォォン………ッ!!


 瞬間、まるでプラスチックか何かの様に大入道の背中がベコンと陥没し、後から突き飛ばされた様な形で前屈みに倒れた。同時に耳を覆いたくなる程の轟音と共に地面へ衝突し、砂塵と黒煙が立ちのぼる。


『ダメージ甚大、破損箇所多数、復旧出来ません。エラーコードF0073、エラーコードF0073。ダメージ甚大、破損箇所多数、復旧出来ません。エラーコードF0073、エラーコードF0073。ダメージ甚大、破損箇所多数、復旧出来ません。エラーコードF0073、エラーコードF00……』


 抑揚の無い機会音声が聞こえる。巨大ロボットの所々で見えていた光が消える。ずっと聞こえ続けていたパンクミュージックも沈黙した。巨人はもうピクリとも動こうとしない。

 その姿は誰がどう見ても故障。

 何とパンチ一発で終わってしまった、戦い開始から2分で勝敗が決しインスタントに街へ平和が齎された。正義の勝利である、悪の敗北である、遙か昔から約束されていた当たり前でこれ以上ない結末が訪れたのだ。

 その何より素晴らしい結末を見届けた中心街の人々は早速大団円の準備を始める。これまでもこれからも変わらず続いていく正義の天下を祝おうと皆顔が一気に明るくなる。


 だがしかし、肝心の鋼鉄の巨人を討伐し街に平和を取り戻した勇者の顔に喜の感情は存在しなかった。


(前回の戦いとの間隔が短すぎたのか? それとも金銭面の問題か? もしくは何かディックの中で計算違いが…………)


 ハルトマンはまさしく呆然といった面持ちで動かなく成った巨大マシンの上に飛び乗る。

 

(これで、これで本当に終わりなのか…? 私とお前との八年間がこんな幕切れでッ)


 彼はもっと身を削り合い命を絞り尽くす様なギリギリの戦いを期待していたのだ。迫り来る恐怖が入り込む隙さえない濃密な時間を求めていた。

 しかし蓋を開けてみれば一発KO。不完全燃焼にも程がある。こんな物受け入れられう訳が無い。自分達が作り上げてきた偉大なる八年間の幕切れがこんな味気ない最後であって良い筈がないのだ。卑怯では無いか、こんな何もかも無くなってしまった自分一人を残して勝手に幕を引こうなどとッ。

 余の失意に身体に纏っていた熱が消えていく。


 それこそがプロフェッサーディックの作戦であった。


…………ピッ……………………ピッ……ピッ……………………ピッ……


 混乱が振り切れて不意に一瞬冷静に成ったハルトマンの聴覚が、地面に横たわる巨人の奥底から聞こえる電子音を捉えた。いや正確にはずっと聞こえていたが、パニックにより意識の網を擦り抜けていた高音である。

 それは常人では聞こえない程小さな音、しかし彼の本能はその極小微細な気付きに最大限のエマージェンシーを発した。


(なッ、動け……ないッ!?)


 冷たい物で背筋をなぞられたハルトマンは反射的に飛び上がろうとする。しかしまるで溶接でもされているかの様に足の裏がマシンのボディに張り付き離れない。更に追い打ちを掛ける様に全身をプレス機の中に入れられたかの如き圧力が包む。

 その力の正体は磁力、彼の纏うパワードスーツに含まれる金属が巨大マシンに引き寄せられていたのだ。


「しまッ……………………」


ズッドオオッ…………キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


 何かが来ると分かっていながら油断した自らを呪う声は轟音により鼓膜を破壊されてもう聞こえない。

 巨大マシンが跡形も無く爆散。衝撃が地を抉って巨大クレーターを生み出し爆煙と土砂岩礫塵が空を覆うほどのエネルギーにハルトマンは為す術もなく呑み込まれたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ