第二十三話 帰還
「とうちゃんお帰りッ!! にょうかんけっせき治ったの?」
「おおニカ! ただいま…て、にょッ尿管結石!?」
「えぇ? 違うの?? フート兄ちゃんからにょうかんけっせきで救急車に乗せられてったって聞いた」
「…ああ、そういう話に成っとるんか。大丈夫やッ、バッチリ治ったで尿管結石!! もうピンピンや、ティナもほうれん草食べ過ぎたりトイレ我慢し過ぎたりせんように気を付けるんやで?」
「うん、わかった」
突っ込んできたニカを抱き上げ、そしてどうやら自分がとんでもない病気で入院している事に成っていた事を理解したディックは苦笑いしながらそう言った。
『パパお帰りなさい! 帰ってくるなら先に連絡ちょうだいよ』
ティナに数秒遅れてニカが操る円盤が現われ、そこから映し出された彼女が安心した様に笑いながら言う。
「おお、ニカただいま。いや~、何も言わず帰った方が驚かせられるかと思ってな。今は全員家に居るんか?」
『運よく全員居るわよ。全く、誰か外出してたらどうするつもりだったのよ。あ、フートは出て来られるか分からないけどッ』
「師匠~…お帰りなさぃ……いででッ……………」
ニカの言葉を否定する様に家の奥からフートの声がして、壁に寄り掛かり顔を顰めながらフートが出てきた。そしてその全身を湿布で覆い足元の覚束ない様子からディックは直ぐに何があったのか気付く。
「何でお前の方が身体ボロボロに成っとるんや。……フートお前、バイオスーツを使ったな」
「無理言ってッ、ニカに使わせて貰いました」
「はぁ、ワシに言えた事やないがやっぱお前も馬鹿やなあ。なんでもっと賢く生きられんのや、そんな事で身体痛め付けたってなんも得なんて無いやんか。もっとワシの別の所を見習ってくれや」
「済みません。でも、後悔は全くしてないです」
「変わらんのおフートお前は本当に。まあワシのおらん一か月の間にお前が何もせんとは思っていなかったが、無鉄砲にも程があるで。で、データーは集めておいたんか?」
「はい、我が身を犠牲にしてスーツの性能を検証しておきました。褒めてください」
「褒めるかアホがッ、それ単純にお前が自分の欲望に従っただけやろうが。まあ、なら少し新兵器の開発を前倒し出来そうやな」
ディックはフートの行動に呆れた様子ではあったが、叱る事はしなかった。自分も同じ、いやそれ以上の無鉄砲で己の身を顧みない行動をしている為何を言ってもブーメランとして返ってくるからだ。
そして何より、此れからこの場で怒られるのは彼の方であった。
「貴方、お帰りなさい。で、私に何か言う事は無いですか?」
「み、ミコ…ッ」
いつの間にかフートの後ろに出現していたミコさんの登場にディックは隠していたテストの答案を見つけられた様な顔に成った。
「良くニコニコしながら帰ってこられましたね。今回私達がゴンベイさんに一体幾ら渡したか分かってるんですか? あれは貴方の稼いだお金じゃなく、ニカが、娘が稼いだお金ですよ??」
「…済みません」
「済みませんじゃないんですよ。皆にこれだけ心配を掛けて、それで帰ってくるのに事前に連絡も何も無し。良いご身分してますね、自分を殿様か何かだとお思いで?」
「…いえ、違います。私は唯のしがないオッサンです」
「もう良いです、私は貴方に今後一切期待する事を辞めます。心配させないでくれ何て思いません、なにかする時事前に連絡をくれる何て思いません、貴方が一々私の感情を慮ってくれる何て期待しません」
「いや、それはッ」
「だから、唯一つだけ約束して下さい」
唯一つの約束、それを切り出したミコさんの声は今まで一度も聞いた事の無い音色をしていた。魂と魂を縛り付ける様な、命を懸けて契るそんな声。
「必ず、どんなにボロボロに成っても良いから帰って来て下さい。それさえ誓ってくれるのなら、私はどんな心痛も苦労も耐えてみせます」
ミコさんがディックに結んでくれる様にと願ったたった一つの願い、それにディックが直ぐに頷かなかった事がこれから起ころうとしている事をフートとニカに予感させた。
同時にフートはディックの内面を察して息が出来ない程胸が苦しく成った。
今一人の男が板挟みと成っているのだ、自らの信念と家族の間で。彼が一体どちらを選ぶのかフートには分からない、だが唯一つ分かるのはどちらを選ぼうともディックが藻掻き苦しむ事には変わりないという事だ。
「…………ああ、分かった。どんな事があろうともワシは必ず帰って来る、約束しよう」
ディックは悩んだ末に、絞り出すような声で約束を結んだ。
その声を発したディックは感情が表に出るのを防ごうとしているのか歯を強く噛んで能面の様に成っている。そしてその返答を聞いたミコさんとニカは安堵を浮かべ、ティナは何が起こっているのか理解していないのかキョロキョロしている。そしてフートは、安堵と同時に少し気の毒で不安を覚えた。
若しかすると、ディックは最後の最後を世界一大切な人達を裏切った嘘つきとして終えるかも知れないから。




