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ファニーエイプ  作者: NEOki
第一章
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第十二話 秘策③

 第二ラウンド、その言葉を受けた上でハルトマンは一切歩調を乱す事無く向かって来る。足取りは軽い、だが唯歩いているだけにも拘わらず大嵐が迫ってきているかの如き緊迫を周囲へと撒き散らした。

 背中を本能が摩り、足が尻尾巻いて逃げようと懇願してくる慣れ親しんだ感覚が湧いてくる。やっと自らのホームグラウンドに帰ってきた気分であった。


「ハアアアアアアアッ!!」


 叫び声で自らの尻を叩き、強張る表情筋で無理矢理笑みを浮べ足を一歩前へと踏み出す。恐れることは無い。先程はこれでハルトマンの度肝を抜く事に成功したのだ、今回は十二分に戦える武器を持っている。

 ディックは大きく拳を振りかぶり、引くという発想など我が辞書には載っていないと行動で示す様に全身全霊を乗せた拳を解き放った。


「…………………………グフッウゥ」


 意識と肉体の接続が戻るゾクリとした感覚と共に身体が痙攣した。

 恐らくこの世で彼以外の人間であったなら今頃パニックに成っていただろう。何故なら攻撃を放った側である筈の自分がダメージを受けていて、1秒前に通過した筈の場所で空を見ているのだから。

 だがしかし今まで幾度と無く正義に打ち倒されてきた悪役には分かったのだ。何時も通り、目にも留まらぬ速度で攻撃されただけである。


「ガアッ、ゴホゴホッウゲェェ……へへッ久し振りやなこの感覚」


 何を何発何処に貰ったのかさえ分からないが身体の前面に数発、顔には最低でも一発は入っているであろうか。一瞬で危険信号を伝える大量のシグナルが点灯していてとても綺麗である。脳が揺れたのか自分が今どんな体勢なのか分からない。聴覚に耳鳴りが混じってキーンと鳴っている。目眩がして吐き気がした。鼻から何かが垂れてきている気がする。


 一瞬で四ヶ月掛けなんとか治した身体をスクラップに戻されてしまった。これが格闘技の試合であったなら間違い無くドクターストップであろう。最悪だ。

 当然、ディックは僅かな躊躇の間も挟まず両手両足を使って立ち上がった。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハァ、フウゥゥゥ……………」


 足下が覚束ずまるで水面に立っているかの様である。足が痙攣して上手く力が込められない。

 だがそんな状態でもディックは前方に依然汚れ一つ無い完全無欠で立っている男への視線を逸らさない。右足を前に出し、左足で地面を踏みしめ、僅かに脳内の砂嵐が緩んだのを見計らって一気に駆け出した。

 

 何時根本が壊れてしまうか分からない、だから今の内に可能な限り拳を握り締めておきたかった。空気を最大限吸い込み、酸素と燃料と魂を混ぜ火を灯し、生まれたエネルギーを一切の加減無く撃ち放つ。

 そして拳が空を切る感覚を味わう暇もなく側面から身体が両断されるかと思う程の衝撃を受けて吹飛ばされた。


「クソ、未だッ……ガアァッ!?」


 容易に3メートル吹飛ばされた。肋にナイフが突き刺さっているかの如き痛みを感じる。だがそれを掠り傷として捨て置き、無様に転がり続ける身体を地面に指を突き立てて止めた。

 そのままノータイムで起上がり拳を構えようとするが、間髪入れず落雷と見紛う速度で降ってきたハルトマンの蹴りを受けて立つ事も許されず仰向けで地面に押し潰される。


「ゴフッ………フ、フフフ…今日は随分と攻め急ぐでは、ないかハルトマン。さてはッ、我が輩の余の強さに恐れ慄いたな?」


 自らのボディーの上に乗って見下ろしてくるハルトマンにディックは最大限強がった言葉をぶつけた。猿でも分かる様に力の優劣を示されておきながら恥ずかしげもなく堂々と戯言を宣う。

 息が上手く出来なく成り何とかして回復する時間を生み出そうとしているのだ。同時に、今日この戦いの中で感じた違和感の正体も確かめようとしている。


「ああ、君が余に強く成ってしまったから今回は手加減が難しくてね」


 其れは、余にも露骨な嘘であった。


「我が輩がッ、強く成っただと? そんなもの貴様に言わせればミジンコがアリに成った程度だろう。まさかその口から世辞を言われるとは、反吐が出るッ!!」


 瓦礫の下よりレーザー砲が顔を出し、ディックの上に乗るハルトマンへと閃光が走る。だがその攻撃を予期していたのか彼は視線さえ向ける事無く飛び上がって回避し、数メートル離れた所に着地した。

 二人の間にまた距離が生まれる。


「どう受け取ろうと君の勝手だが手加減が出来ない事は真実だ。少し手荒に行く事になる、君の安全の為に降伏してはくれないかい?」


「馬鹿め、言った筈だ貴様の発言は何であろうとも耳には入れんと。例えこの身が滅ぼうとも我が輩が正義に屈する事は無い」


「……………フフッ、ハハハッ」


「何だ、何がおかしい」


「いや、済まない。悪気は無いんだ、唯少し安心してしまってね。君は変わらないんだねディック。8年前から今まで、きっとこの先もそのままで居てくれるんだろ?」


「だから何の話をッ」


「だが、申し分け無いけど今の君では私に勝てないよ。そのエンジン付きの腕じゃ私は捉えられない、予備動作が大き過ぎるし動きが余にも直線的だ。それにエネルギーが全く制御できず腕に振られている。幾ら速く重い攻撃を放った所で当たらなければ意味が無い、それが分からない君ではない筈だろ?」


 ハルトマンに痛い所を突かれ、ディックの口からぐうの音が漏れる。

 今回は先に息切れしてしまった前回の反省を生かし、爆発力を直接拳に乗せる比較的エネルギー効率の良い武装をメインに据えている。そして敵の体を捉えるためハルトマンを攻撃のスピードで上回る事にも重点を置いた。

 しかしその結果、ハルトマンに今言われたとおり機動力等のもろもろが大きく劣ってしまっていたのである。


 確かに言われたその通りだ、今のディックでは攻撃を命中させる所か拳を掠らせる事さえ出来ないだろう。今のままではどうやってもヒーローに勝てない。それはこのパワードスーツを創った時から、創った本人が一番理解しているのである。

 だがしかし、それはあくまで『今は』という注釈が付くという事も創った本人は知っていた。

 彼も勝てない戦を挑む程暇ではない、最終的に負けると言えども毎度必ず彼なりの勝利の方程式を引っ提げて戦いを挑んでいるのだ。そして今回の歪なスーツのスペックも、全ては秘策の発動を前提に設計されている。

 ディックは自らの弟子の閃きに全幅の信頼を置き、豪胆に笑って見せた。


「ああ、確かに今までの攻撃は全て貴様に当る事無く空を切ったかも知れない。だがしかし、次の攻撃も同じであると神が決めた訳ではあるまい?」


「正気か? 君の攻撃が命中する可能性など0.01%も存在してはいない。これ以上やっても無意味だ、悪戯に自分を傷付けるのみだと何故わからッ」


「分かってないのは貴様の方だ!! 貴様はどうやら義務教育からやり直した方が良いらしいな。0.01と0は違う、0.01%とは一万の試行を積み重ねた先に待っている現実だ。例え前に幾つ0が付いていようと、其処に可能性があるのなら後は唯やるかやらないかだろうが。早い話、打ってやろう一万発ッ!!」


 ディックは僅かさえ声に迷いを滲ませる事無くそう言ってのけた。そしてその立ち姿は、今まで数多の戦いを経て無傷であった男に鈍撃を与える。

 本当に天敵だな、そう思った。

 自分では言えない、思い付くことさえ出来ない言葉を彼は平然と吐く事が出来る。自分には持っていない、本当に価値の有る物は全て彼が持っている。

 何時からであろうか、幾千幾万ある中の一人に過ぎなかった筈の彼に憧れる様に成っていたのは。

 

「私は、パンチ一発程度では倒れないよ?」


「ならば百発当てよう。百万の試行で貴様を倒す」


「フッ……ならばやってみろプロフェッサーディック、我が宿敵よ!!」


 ほんの僅かな間、ディックは息が止まった。始めてハルトマンが自らの事を彼の口から宿敵と呼んでくれたのだ。

 だが二人は互いに緩んでいた表情を引き締め、口を噤み拳を握る。そして自分の全てを今この瞬間の闘争に没入させた。もう言葉など無粋だ。男と男が一対一、其処には唯握れる一対の拳があれば良い。

 この果ては、片方が地に伏し他方が拳を掲げると既に決まっている。



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