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ファニーエイプ  作者: NEOki
第一章
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第九話 ハルトマンという怪物

 前回の戦いから三ヶ月、あれだけ酷い負け方をしたにも関わらず全く懲りていないプロフェッサーディックが新たな犯行声明を発した。内容は『愛と祝福の像』再建を申し出た街の最大手不動産会社の本社を破壊するという物。

 その犯行声明を新聞各社一面として扱い、街は一種のお祭り状態へと突入。態々言葉にする者は居ないが、皆スーパーヒーローと天才の繰り広げる超能力対超技術の戦いを楽しみにしているのだ。


 反論の余地無きテロ行為である事に変わりはない。だが事前に犯行声明が出る為人的被害は無く、破壊される建物もどうせ保険に入っている。その為人々は二人の戦いを一種のスポーツイベントの様に捉えていた。

 加えてその会社は街の地価や不動産価格を操っており、それらの急激な高騰によって街の中心部から追い出された中流階級以下の人々は強いフラストレーションを溜めていたのだ。内心いい気味だという思いが無かったとは言えない。

 

 ニューディエゴの街は瞬く間にハルトマンの礼賛とディックへの罵倒一色に染まる。しかしその最大の恩恵を受けるのは当の本人達ではなかった。


「ハルトマンッ、プロフェッサーディックから新たな犯行予告が発されましたが今の心境をお願いします!」


「大胆不定な犯行予告に怯える市民に一言ッ」


「今回の犯行予告も前回捕らえ損ねた貴方に非があるのでは? 殴ってお終いじゃ無責任でしょッ!!」


「ニューディエゴ社会新聞です。新政権発足から経済格差の指標の一つであるジニ数値が右肩上がりで上昇し続けていますが、それについて何か意見お願いします」


 ハルトマンが日課のランニングを終えて帰宅した所を大量のマスコミが取り囲んだ。

 此処は彼の敷地でありメディアの人間は明らかな不法侵入を行なっている。しかも飛んでくる質問はイチャモンに近い物から唯政府批判の材料が欲しいだけの物まであるのだ。

 本来ならば激怒してもおかしくない場面。しかしハルトマンは決してその仏の如き表情を崩さなかった。


「今回もこれまでと変わりません、誰も死なせる事無く平和を取り戻します。何時も皆さんの声援に助けられているので、今回も信じて応援して欲しい。至らぬ身ですが、世界から格差がなくなり皆が豊かに成れるのを願っています。取材お疲れ様です」


 全ての質問を絶妙に掠る返答を返し、ハルトマンは怪我をさせないギリギリの力加減でマスコミを退かして家に入る。そして背後にドアを叩く音を聞きながら待ち人が待つ応接間へと向った。


「お疲れ様です。今日は一段と酷いですね、僕が一言いって帰らせましょうか?」


 応接間で待っていた男、ハルトマン公式の後継者であり弟子、史上二人目のユピテル腫発現者のバルハルト・マクエロイが言った。ハルトマンは感謝の言葉と笑顔で彼の手に握られていた飲み物を受け取る。


「別に構わないさ。慣れてるし、注目して貰える内が華って言うだろ?」


 彼自身がプリントされているスポーツドリンクを呷る様に喉へと流し込み、ハルトマンは笑いながら言った。その表情には僅かすら不満の色が表れていない。


「ですがこれは明らかな不法侵入じゃないですかッ! 奴等勝手に庭へ入って手当たり次第に写真を撮ってますよ」


「ハハッ、照れちゃうよな。良かったよ昨日の内に手入れを終わらせておいて」


「そういう問題じゃないですッ。このまま放っておけば奴等間違い無くエスカレートして取り返しが付かなくなりますよ、速めに一度ガツンと言っておかないと!」


「いや、此れ位で丁度良い。私にはプライバシーなんか無い方が良い、今でこそヒーロー扱いされているが見方を少し変えれば得体の知れない化物だからね。何もかも詳らかにされている方が市民も安心だろう」


 突如現われたスーパーヒーロー、ルネフォンス・ハルトマン。その正体は彼自身も分かってはいない。

 ハルトマンは幼少期に落雷に打たれ一ヶ月の昏睡の後に意識を取り戻すと、知らぬ間に凄まじい身体能力と全身を駆け抜けるイナズマの如きエネルギーを手に入れていたのだ。

 嘗て行なわれた力の正体を調べる調査では彼の細胞が一つ残らず変異している事、そして心臓の拍動に合わせ夥しい量のエネルギーを生み出す新種の腫瘍が確認された。そしてその腫瘍はユピテル腫と名付けられる。

 だが、其処までであった。その後幾ら調査を続けても腫瘍の正体や何故これ程のエネルギーを生み出せるのかという仕組み一切が不明のまま。つまり世界の誰もこの男が何なのかを説明出来ないままなのだ。

 そして人間は本質的にその分からないを恐れる生物である。


「だとしても、最低限度の人権は保障されるべきです。あんな奴等多少手荒く扱ったところで誰も文句は言いませんよ。寧ろ当然の報いです」


 バルハルトの言葉に対する返答から逃げる様にハルトマンは顔をタオルに埋めた。そして僅かな沈黙の後、ハルトマンの方から質問を投げかける。


「バルはマスコミが嫌いかい?」


「オブラートに包むと嫌いですね。包まずに言うと反吐が出ます。奴等のせいで数が多いだけの有象無象が正義に成る。金目当てのデタラメなゴシップだらけで真実を伝え広めるという使命を放棄している。今すぐ消えた方が世の益になる蛆虫共ですよ」


「ハハハッ、私は君のそういう自分に正直な所を本当に好ましいと思うよ。でも、私の事を面白おかしく書く事で彼等とその家族が少しでも良い生活が出来るのなら良いじゃないか。それだって誰かを幸せにしている事には変わりないだろ?」


「いやッ、そういう話じゃなくて……もう良いです」


 バルハルトは何とか他人ではなく貴方自身の話であると伝えようとしたが、その新品画用紙の様な顔に腰を折られてしまった。

 ハルトマンは狂人である、狂人的善人である。自分が害される事を何とも思わず、誰かを幸せにする為なら自らがどんな被害を被る事も厭わない。CM出演やスポンサー料等の収入の内99.9%は寄付しており、彼自身は一般的な市民の生活ラインの更に下の生活を送っている。カメラを向けられればどんなに急いでいる時でも笑顔を作るし、子供が迷子に成っていれば何時間でも一緒に親を探す。

 それは端から見れば何と完璧な人物かと思われるだろう、しかし彼を支えるバルハルトの目には寧ろ不完全に映った。

 生物として余にも欠陥、人間として最低限度持っていなくてはならない重要なピースが幾らか欠けている様に思えて仕方ないのである。希にその笑顔を見て尊敬の念以上に恐怖を覚える程であった。


「はぁ、所で今日は何の要件ですか? 珍しいですよね。こんな時間、しかも家に呼ぶだなんて」


 自分が何を言った所で目の前の狂人には人の悪意が理解出来ないと諦め、バルハルトは本題に入る。今日は余に異常だらけで、何か良くない事が起っているという漠然とした確信だけが宙ぶらりんに浮んだままであった。

 ルネフォンスハルトマンとは気遣いに足が生えて歩いている様な男であり、何か要件がある時は彼自身が相手の最も都合の良い時間に出向いてくる。そして其れは立場的に下な弟子のバルハルトに対しても例外ではない。

 つまり今の早朝、しかもバルハルトが呼び出されているという状況は異例中の異例であった。 


「済まないね、こんな早い時間に呼び出してしまって。でも君だけには一刻も早く伝えるべきだと思ったんだ。これは最早私の話ではなく、君の物語に成っているのかも知れないから」


 声に強い違和感を覚えた。そしてタオルが外れて出てきた顔を見たバルハルトは驚愕で腰が抜けそうになる。其れは今まで見たことが無い程弱々しいヒーローの笑顔。殆ど泣き顔と区別が付かない程哀の感情がにじみ出していた。 

 まるで空に浮ぶ天球の如くに人程度がどう足掻いても曇らせる事など出来ないと思っていた笑顔が、今はひび割れたガラス細工の様に映ったのだった。


 

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