第七話 思って溢れて零れる①
「フート兄ちゃん、あーして」
ある日の食卓、長方形のテーブルで隣に座ったティナが大きな口を開けてお願いしてくる。どうやらご飯をそこへ運んで食べさせてくれという意味だろう。
「ん? まだフォークとナイフが使えないのか?」
「うん、使えんが」
「何言ってるのティナ、何時も普通にフォークもナイフも使ってるでしょ? フートお兄ちゃんに迷惑かけちゃいけません」
ミコさんのその言葉を受けてフートはどうすべきか迷うが、ティナが口を開けてあ~あ~と言い続けているのを無視するのも苦しく彼女の皿に乗ったハンバーグを切る。そしてフォークで刺し、開かれた口へと近づけるとティナがかぶり付いてきた。
フォークを奪われてしまいそうな勢いである。
「ティナ、赤ちゃんみたいな事しないの。お兄ちゃん自分のご飯食べれないでしょ? ちゃんと一人でフォークとナイフ持って食べなきゃだめ」
「いやッ。フート兄ちゃんもっかい」
『ティナ、お姉ちゃんが食べさせてあげようか? そんな奴よりもニカお姉ちゃんの方が上手く食べさせてあげるから。ねッ、ティナ、こっちおいで~』
ミコさんに注意されても此方へ口を開けてご飯を入れてくれる様おねだりしてくるティナにニカがジェラシーの炎燃えさかる声を上げる。そしてテーブルに付けられた椅子に乗っかった巨大な弁当箱の如き機械からアームを伸ばし、自分のハンバーグの切れ端をフォークに刺してティナに向けた。
「一人で食べるぅ」
『そんなッ、ティナどうして……』
箱から無数のアームが伸びてワサワサ此方へ向かってくるという何とも食欲が削がれる光景を目にしたティナが仕方なくフートから離れ一人で食事を始めた。しかしそれが余程ショックだったらしく、ニカのフォークを持った腕は行く先を失い宙で固まっている。
ニカは電子世界上の存在なので普通は食事が取れない。だがどうしても家族と共に食卓を囲みたいらしく、バイオマス発電機にミコさんが作った料理を入れて擬似的に食事を取っていた。
この家、そしてこのテーブルには色々と特殊な物が存在している。だがその特殊一つ一つが宇宙の始まりから其処にあったかの如くに絶妙なバランスで調和し空間を作り上げていた。
寧ろその調和を壊しているのは。
「ごちそうさまでしたぁ……」
「ティナ、ごちそうさまじゃないでしょ? グリーンピースと人参が残ってるわよ」
「いやッ」
ティナはハンバーグもスープもパンも全て綺麗に平らげたが、皿の端にミックスベジタブルだけを残していた。その中でも綺麗にグリーンピースと人参だけを避けて、コーンは全て無くなっているという器用な事をしている。
「ちゃんと野菜も食べなきゃだめ。大きく成れないわよ」
「いや。野菜嫌い」
「だーめ、嫌いな物もちゃんと食べなさい」
「ふんッ!」
意地でも野菜は食べないと行動で示す様に、ティナはそっぽを向いてそれらを視界の外へと追いやった。フートがその様子を見て苦笑いしているとミコさんと目が合う。
「そうだ、フートお兄ちゃんに食べさせて貰いましょう。ティナもそれなら食べられるでしょ。フート君お願いしても良い?」
「あ、はい……」
ミコさんに頼まれてフートはティナの皿を引き寄せスプーンで野菜を掬った。そして一文字に固く結ばれた彼女の口に近づけていく。
「ほらティナ、口を開けて。あーん」
「フート兄ちゃん…ッ」
野菜の乗ったスプーンを近づけてくるフートにティナはうるうるに成った瞳を向け、必死にアピールしてきた。自分の武器を理解している、他人の心を刺激する術を非常に良く分かっていた。
ピーマンと人参を食べさせるのは間違いなくティナを思っての行動であり彼女の健康の為にもそうしなくてはならない。それは分かっている、だがその潤んだ瞳を見ていると凄まじい罪悪感が湧いてくるのである。
美少女の涙とは最早兵器であった。
『お姉ちゃんが、ニカお姉ちゃんが食べさせてあげる!! 私からなら食べてくれるでしょ? ねえティナ』
どうしても彼女の視線を受けながら口をこじ開け野菜を食べさせる事が出来ずフートが戸惑っているとまたニカが叫んだ。するとその声で何か閃いたという表情になり、ティナは自分の皿を持って椅子から飛び降りた。
「ニカ姉ちゃんにもあーしてあげるッ」
ティナはぺたぺたと足音を上げながらニカの元へ近づき、彼女の入る巨大な弁当箱が如きバイオマス発電機の蓋を開けた。そしてその中に残っていたグリンピースと人参全てを放り込んだのである。
『ティ、ティナから直接あーんして貰えるなんて……勝ったわ、私の勝ちよフート!! 今晩はアンタが涙で枕を濡らす番みたいね。ざまあ見なさい!!』
「逆にお前、それで良いのかよ……」
自分も言えたことでは無いがティナに対するニカの愛情はネジが何本か外れていた。彼女の行動であれば如何なる物でも手放しで許容し、最大限の賞賛を送りそうな勢いである。
一方で見事嫌いな野菜の処分に成功したティナは満足げ。しかし直ぐにその満面の笑みは曇らされる事となった。
「じゃあ今度は私が貴方にあーんしてあげます。こっちへ来なさい、ティナ」
ミコさんが笑顔のまま一切反論は許さないという母の威厳を纏わせた言葉をティナに向ける。それ受けたティナは心底嫌そうな顔をしていたが、本能の様な部分で何を言っても逃れる事は出来ないと悟ったのか大人しく自分の椅子に戻る。
そしてミコさんが自分の皿から掬ったミックスベジタブルをティナの口まで運んだ。
「うえ~、まずぅい」
余程ミックスベジタブルの味が苦手なのかティナは顔全体にシワを寄せる。するとミコさんは自分の皿に残っていたハンバーグを少量掬い、それをティナに食べさせて食欲を取り戻す。そして再びミックスベジタブルを近づけ、ティナに食べさせた。
更にその後はティナの様子を見ながらコーンの割合を増やしたり、お茶を飲ませたり、匠に言葉でティナの気持ちを繋ぎ止め野菜を何とか食べさせ続ける。
そして遂に、ミックスベジタブルは残り一口となった。しかし同時にお腹が一杯に成ったのかティナの表情も険しくなる。
『頑張れティナッ!! 後一口、勝負は勝ったも同然よ。目を瞑って口に放り込めば終わり、お姉ちゃんにティナのカッコいい所見せてちょうだい! ティーナッ、ティーナッ、ティーナッ、ティーナ!! 言いたい事がーあるんだよ! やっぱりティナたん可愛いよ! すこすこだいすこやっぱすこ、やっとみつけたお姫様! 俺が生まれてきた理由ッ、それはお前に出会うため! 俺とォ一緒に人生歩もう世界で一番愛してる。ア・イ・シ・テ・ルー!!』
ティナが最後の一口に苦しんでいるのを見計らってニカが応援を始め、テレビのスピーカーからBGMを流し、何処で覚えてきたのかガチ恋口上を力の限りに叫んでいる。だがその行動は事この空間に限っては一切の違和感を生み出さなかった。この家の中でティナは正しくアイドルなのである。
そしてその声援の甲斐もあってかティナは全てのミックスベジタブルを食べきる事が出来た。妹の頑張りにニカはホログラムの身体で涙を流し聞いた事のない野太い歓声を上げ、フートも拍手を送る。
「よく頑張ったわねティナ。偉いッ」
「うんッ!!」
嫌いな料理も全て完食したティナの頭をミコさんが撫で、そして掛けられた言葉にティナが満面の笑みを浮かべる。この世界で最も美しい物、家族の際限を知らない愛情が眩い光を放っていた。
決して部外者に踏みにじられては成らない、三界の果ての神秘である。
「済みません、オレの分まで洗い物させてしまって」
全ての野菜を食べきる事に成功したティナはニカに連れられて風呂へ入りにいった。一方でティナに注意を取られ手元が疎かに成っていたフートは慌てて自分の食事を始め、一番遅くに晩ご飯を食べ終える。
そしてミコさんに頼まれテーブルの上に残されていた他の食器を運んでいた。
「良いのよ。最近は色々とティナの面倒見て貰ってるし、今日は買い出しにも行ってくれたでしょ? 凄く助かってるわ。だから此れくらい私に任せてちょうだい」
「面倒見てるって、一緒に遊んでるだけですよ。やっぱりオレの分くらい自分でッ」
「いいからいいから、私にやらせて。洗い物は家事の華なの、私から生きがいを奪わないでちょうだい」
「そう、ですか……じゃあまた何か出来る事があったら教えて下さい。何でもしますんで」
「ええ、またお願いするわ」
フートは強引に自分の物を洗うのも違う気がして、軽く頭を下げその場を離れようとした。すると背後から何時もの様に声が飛んでくる。
「フート君、明日は何を食べたい?」
「………………ティナがエビフライを食べたいって言ってたので、それをお願いして良いですか?」
「分かったわ、エビフライね。明日も美味しいご飯を作るから楽しみにしててねッ」
「はい」
フートはそう言い残し自分に宛がわれた部屋へと戻っていった。どうやら自分は、明日も此処に居て良いようである。
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最近は一日中何となく頭がボーッとして気分が落ち込む症状に悩んでいたのですが、カーテンを全て開け窓を少し開き風を流す事で症状が改善しました。自然とは偉大や…
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