第六話 プロフェッサーディックの秘密③
「此れや。この先にワシ、プロフェッサーディック最大の秘密が詰まっとる。お前が自分で開けて中見てみい」
そう言ってディックはステンレスの扉を又顎でしゃくって開けるように促した。
事此処まで来ると決して意志が揺らぐことは無いと自信があったフートも緊張してくる。
この薄い扉一枚隔てた先に存在しているプロフェッサーディック最大の秘密とは一体何なのだろうか。凄まじく高性能な人型ロボット? 一瞬で都市を焦土に変える超兵器? 若しくはまだ名前すら付けられていない世界を変える様な奇跡的発明だろうか?
緊張と興奮で手が震える。なので両手でドアノブを掴みゆっくりと回した。するとキィィとこれまた安っぽい音を上げて扉が開く。
「ん?」
扉の先に待っていた闇だった。向こう側の空間には明かりが点いておらず、地下に来てから常に降り注ぎ続ける強烈なライトの光に慣れた目には何も見通す事が出来ない。
すると突如センサーか何かが反応したのか部屋に光が溢れた。闇は祓い飛ばされその下に隠されていた秘密が遂に明らかとなる。
しかし遮る物は一切無くなった筈なのに、フートには何も理解する事が出来なかった。
「……………………何だッ、これ」
見えたのはとある人物に関するグッズの数々。フィギュアにポスター、キーホルダーにお菓子の缶、変わった物では塗り絵まである。そしてそれらの全てに、ハルトマンがプリントされていた。
だがおかしい、何故ハルトマンの宿敵であるディックの秘密基地にこの様な物が大量にあるのか。その光景は存在そのものが矛盾であった、唯あるだけで背反だ、水と油が溶け合っている。
その目前に現われた事実をそのまま受け取る事をフートの脳は拒み、彼は最終的に酷く歪曲した答えを選んだ。
「そうかッ、敵の研究ですね! 敵を倒すため研究する事の大切さをオレに教えようと此処へッ………」
「いいや違うで。もう此処まで見せて変に言葉繕っても意味無いからはっきり言うわ。ワシは悪のカリスマでも正義の天敵でもない、唯のハルトマンのファンや」
此れ以上ない程明確に言語化してくれたというのに、フートはディックが何を言っているのか分からなかった。
聞こえていない訳ではない、音としては耳に入ってきている。現に今も絶え間なく反響し続けているのだから。
しかしそれを言葉として呑み込む事を脳が拒むのである。それを理解してしまえば自分の全てが根幹から揺らいでしまうという恐怖が脳機能に制限を掛けていた。
「少し、ワシの話をしてもええか?」
ディックがそう尋ねる。しかしフートは頭の中が竜巻に掻き混ぜられた様に成って何も言葉が出ない。
先程何故力を求めるのかと問われた時とは真逆の状態である。
ディックは数秒フートから何か返答が来るのを待っていたが、どうやら其れは余りに酷らしいと気がついた。そして許可を得ずに口を開く。
語られたのは彼が何故プロフェッサーディックに成ったのか、その物語。
「ワシとハルトマンの出会いは今から20年以上昔、爆破テロに見舞われたビルから彼に助け出されたのが全ての始まりやった。その時胸に生まれたヒーローへの憧れ、それがワシの中で今日まで続く最も根幹にある感情や」
ディックは視線を此処では無い何処かへ向け、過去を懐しみ自然と口が動いている様な声で話を続ける。
「ワシには何ら変わった力など無い、それでも例え微力であっても彼の活動に力添えしたいと考え防犯商品を製造する会社を立ち上げた。そしてミコや様々な人の助けを受け、ワシの会社はパワードスーツを製造販売する企業へと変化し一応の成功を収める事ができたんや。そうして余裕が出来たワシは直接人と関わりたいと思ってな、妻と共に貧民街で幾つかのボランティアを始めた。その中で出会ったのがティナと、あの子の兄のチイロやった」
チイロ、ティナの兄であるその人物とは先程ミコさんが自分に似ていると言っていた人物であろう。フートは少し興味があり、意識を一層傾ける。
そして同時に、ディックの過去を振り返り僅かに浮かんでいた笑顔が此処から徐々に抜け落ち始めた。
「二人はワシらの行う炊き出しに毎回来てくれ、ティナは当時から愛想が良く、チイロも物腰柔らかで直ぐに顔見知りとなった。心配に成るほど痩せとった二人によくこっそりと余った料理を分けてたもんや。1年も過ぎるとワシらは親の居ないあの子達を本気で養子にするか話し合うくらいに情が移っておった、当時の余りに困窮した二人の姿を見とれんかったんや。だがしかし他にも親の居ないチイロより小さな子供が沢山居った手前、あの子達だけ特別扱いする訳にはどうしてもいかんかった。けど、その判断を今は後悔しとる」
此処で其れまでも表情が硬くなり始めていたディックの顔に影が降りる。
「ある日、新聞の朝刊でチイロの名前を目にした。見出しには、少年の集団が白昼堂々自爆テロと。当然ワシもミコも名前が同じだけの他人だと思った、けど確かめん訳にもいかんかったからチイロとティナが住んでいたテントへ向かうと、其処には泣きながら兄を待つティナの姿しかなかった。そしてチイロの残したリュックの中から彼の遺書を見つけてしまったんや。内容は移民に背を向ける世界に自分達の存在を見せ付けティナが笑える世界を作るという犯行動機、そして妹をお願いしますという遺言が書かれていた」
其処でそれまで一度も止まる事無く口を動かし続けていたディックが躊躇する様に短く沈黙した。しかしそれでも奈落へと身を投げるが如き面持ちに成り、自らが犯した罪の告白を続ける。
「チイロは自らの命を犠牲にして世界に戦いを挑み、そしてティナをワシらに託したんや。その事を理解した時、ワシは最後に交わした会話を思い出した。『オレなんかの命でも、そいつを掛ければ何かが変わりますかね?』そうあの子は言ったんや。今思えばそれはあの子からの助けを求めるサインだったのかも知れん、自分を止めてくれという意味だったのでは……しかしその言葉にワシは深く考えもせず肯定を返してしまった。全てワシの罪、チイロを殺したのはワシだったんや」
『オレなんかの命でも、そいつを掛ければ何かが変わりますかね?』、その言葉が何故か自分の声でフートの脳内に木霊した。
奇妙な気分。顔も知らない見ず知らずの他人の物語の筈、それなのに自分の未来を予言されている気がしたのである。自分だけは彼の気持ちを理解してあげられる気がしたのだ。
チイロは自分の命の価値を計りたかったのだ。まるで大河の濁流が如くに自分の意志と関係無く変化し続ける世界に、己が全てを捧げて挑めば何かが変わるのではないかと。このまま何も残さず消えゆく前に、己の生きた証を世界に刻みたかったのだ。そしてその為の大義名分として、妹を利用したのである。
端から見ればそれは自己投影のし過ぎだと言われるだろう。だがそれでも、その瞬間の特殊な精神状態ではそう思わずにいられなかったのだ。
フートもディックに求めていたのは大義名分であり、自殺の肯定だったのだから。
今日もお読みいただきありがとうございます。
大学の授業が始まったので小説に裂ける時間が短くなります。一日七時間から一日五時間になりそうですね。
がんばって時間捻出します。
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