第五話 奇妙な家族②
円盤から溢れた光によって形成された女性が、何とも感情溢れる様子で叫んだ。
恐らく先程ディックが使っていたのと同じホログラムの一種だろう。だがそのクオリティーは別格、現実と見紛うほどの肉感で美しい女性が宙に浮かんでいた。その声、その表情から彼女が本気で心配していた事がヒシヒシと伝わってくる。
そしてそれを一身で受止めたディックはバツが悪そうな笑顔を浮かべた。
「ああ、済まんなニカ。警察に囲まれてコイツの家に一晩匿って貰ってたんや」
ディックがそう言ってフートの方を顎で指すと、ニカと呼ばれたホログラムは彼の方を向く。そして内心を図りかねる微妙な表情で顔を眺めた後、ニカッと笑った。
『パパを助けてくれてありがとう!! 貴方は良い人ねッ』
それは花が咲いた様な笑顔であった、春風の如き声であった。
ホログラムなのだから当たり前かも知れないが彼女の美しさは非人間的。変わった銀髪に七色の毛が僅かに混じる髪、真珠の如き肌、宝石を煮溶かした様な極彩色渦巻く瞳、一つ一つが際立ちながらも奇跡的バランスで調和していた。性別関係なく擦れ違えば反射的に振り返ってしまう程の美貌。
しかし惜しむらくは、その美が今回向けられた対象が極度のポンコツオタクであったという事だ。
「へえ~良く出来てますねこのホログラム。ディックさんの趣味ですか?」
その言葉を聞いた途端、万華鏡の様にコロコロと変化していたニカの表情がフリーズする。そしてその新雪色の肌を一転紅潮させ、叫んだ。
『パパァッ!! 私コイツ嫌いッ! 私の事物としか見てないわ、初対面のレディーに対して失礼じゃないのッ。ねえ、謝りなさいよ!!』
「あ、怒った」
『怒るに決まってるでしょ!! この私を新作の掃除機とか洗濯機みたいに扱って。普通人様の顔を見て、良く出来てますね~何て言わないでしょッ!!』
「え、いやッでも君は拡張現実だろ? 家電と大差なッ………」
『大差有るわよ、寧ろ差しかないッ!! 何あんた、ブチ殺されたいの? 良い、よく聞いて。私は此処に確かに存在していて、自分で考えて、自分の意志で行動して、自分の心であんたにぶち切れてんのッ!! 機械じゃない!!』
「おいおい二人共ちょっと落ち着かんか。何で出会って一分も経たずに喧嘩まで発展しとるんや」
一瞬で険悪なムードに突入した二人の間にディックが慌てて割って入る。
どうやらフートとニカは余程相性が悪かったらしく、フートの一言一言がジャストミートで彼女の地雷を踏み抜いていく。ニカに実体があれば既に掴み合いの喧嘩に成っていてもおかしくない勢いだ。
「フート、口での説明は難しいがニカは確かにワシの娘なんや。コンピューター上ではあるが確かに自我も存在しとる、人間として扱ってくれ」
「娘ですか……また変わった趣味ですね」
「お前なんか歪んだ解釈してない?」
フートとニカはまるで言語が違うかの如くに噛み合わない会話を続け、そして間に入ったディックとフートの会話も平行線となってしまった。状況がどんどんややこしくなりカオスが加速していく。
しかしそんな中、事態を更に複雑化させる出来事が立て続けに起こった。
ガラガラガラッ、ダンッ!!
勢いよく戸が開き跳ね返る音がしてフートが其方の方向へと目を向けると、丁度その戸から出てきた少女と目が合う。ピンク色の髪で、幼さを凝縮した愛らしい顔の少女が此方を向いて氷付いた様に立っていたのだ。
「おおティナ、今帰ったよ。心配かけたな」
フートに僅かばかり遅れてディックがティナという少女に気付き手を振った。
しかしティナはその手に反応を返す事無く、フートをジーっと見上げてゆっくり近づいてくる。そして廊下の中頃まで来た所で突如走り出し胸目掛けて飛び込んできた。
突然の事にフートは呆気に取られるが、反射的にその小さな身体を抱きかかえる。
『ちょっとティナ、そんな奴に抱きついちゃいけませんッ!! 人でなしが移ってサイコパスに成るわよ。メッ! やめなさい!!』
ティナがフートの胸に飛び込む様を見たニカが慌てた様子で言った。
しかし当の本人はその言葉に従う気は無いらしく、胸の中でブンブンと首を横に振っている。そして更に強く抱きついてきた。
フートはニカの発言に対し人でなしはお前だろうがと言い返したい気持ちはやまやまであった。だがそれより別に聞かなくてはならない事があったのでグッと言葉を呑み込む。
「ディックさん、この子は……」
「あぁ、これまた言葉で説明すると長くなるんやけど……まあ血の繋がってない娘みたいなもんや」
まるで自信の無いクイズの解答でもする様にディックは言った。
変わった家だなとフートは思った。悪の科学者の秘密基地にしては余りにも平凡すぎる外観の建物、機械ではなくディックの娘を自称するホログラム、血は繋がっていないが娘であるピンク髪の少女。
クエスチョンマークが全く解消されないまま増殖していく。情報処理が間に合わずパンクして軽い頭痛を覚えていると、胸に引っ張られる様な感覚を覚えた。
「フフッ、くちゃい」
ティナが木の幹にへばり付くセミの如くフートの胸に抱きつき、思いっきり鼻から空気を吸い込んだ後に言った。その瞬間の表情は正しく天上の微笑み。どんな分厚い心の壁をも貫通する破壊力を秘めていた。
途轍もなく失礼な事を言われたかも知れないが全く気に成らない。寧ろ自分が臭い事は自覚していたので、フートはこの天使に匂いが移らないかという事の方がよっぽど気掛かりであった。
「駄目よティナ、お客さんにそんな失礼な事したら」
また新たな声が聞こえた、しかもまた女性の声である。
その声が来た方へと視線を向けると、丁度車椅子に乗った女性が先程ティナが出て来た部屋より顔を出した所であった。優しそうな顔をした女性。しかし何より驚いたのが、その顔が余りにもニカにソックリであるという事。
「おおミコ、今帰ったで~」
「今帰ったで~、じゃありません。貴方皆がどれだけ心配していたのか分かってるんですか? 寝ずに待ってた私の睡眠時間を返して下さい」
「いや、でもワシも色々たいへんでッ」
「関係ありません。明日から買い出しと風呂掃除をお願いします」
「………はい」
ディックは何やら反論を返そうとしていたが、笑顔のまま有無を言わせぬ圧力を放つミコさんという女性に屈服してしまった。
その数秒の会話だけで大体の関係性は読めた、だがもう確信は出来ない。唯でさえこの家は特殊な関係性で溢れ返っているのだ、推測が外れる可能性も大いにある。
このミコさんという女性が実はアンドロイド、という可能性も無きにしも非ずだ。
「すみません、ディッ……」
「私はレイトさんの妻のミコと申します。一応人間ですよ」
質問を言い切る前に返答が帰って来る。その正確性と速さ故に返って人間味が薄らいだが、其れよりもフートは聞き慣れない名前の方が気に掛かった。
「あの、レイトさんって誰ですか?」
「ワシの本名や。此処で、特にティナの前でワシの事をディックと呼んだらアカン。極力あの子を巻き込みたくないねん」
耳元で声を潜めながら教えてくれたディックに、フートは慌てて口を閉じ首をブンブン縦に振って応じる。
この瞬間、やけに実感を伴って家族なんだなと思った。同時に意外でもあった。確かに勝手なイメージだったが、プロフェッサーディックは何となく孤高で人との繋がりを拒むタイプだと思っていたから。
知らない内に自分と同じ人種であって欲しいと一方的な願望を押し付けていたのかも知れない。
一方でミコさんとディックの関係性は予想通り。
そしてこの二人が並んでより強く感じたのだが、ニカというホログラムは二人の要素が多分に融合した外見をしているのだ。髪色はディック、目の形はミコさん、鼻はディックで、口元はミコさん、喋り方は訛りこそないが何となくディックの要素を感じた。
此処まで来ると流石のフートも彼女が唯のプログラムではないと気付く。少なくともニカと二人の間に何か特別な繋がりが存在している事は確かだろう。
「所で、失礼ですが貴方は……」
まるで間違い探しでもするかの様に二人の顔とニカの顔を交互に見ていると、ミコさんから質問が飛んできた。そう言えば自分だけまだ名乗ってすらいなかった事に気が付いたフートは慌てて自己紹介を行う。
「あ、自分は今日からレイトさんの弟子になったフートって言います」
「まだ成っとらんわあッ!!」
フートの自己紹介にディックがノータイムで反論を挟んでくる。
だがしかし、フートは正直もうこの時点で弟子入りは決まった様なものであると思っていた。何故ならこの先何を見たところで自分の気持ちが揺らぐことは有り得ないから、プロフェッサーディックの弟子になりたいという思いが変わる筈が無い。
「お前を弟子に取るのはある物を見せてから言うたやろうが! ちょっと脱線し過ぎたわ、とにかくそれがある場所まで行くで。はよ付いて来んかいッ!!」
自らが彼の弟子に成る事を僅かすら疑問に思っていないフートにそう言い放ち、ディックは家の奥へと歩き出したのだった。
今日もお読みいただきありがとうございます。
最近一日七時間執筆してストレスをギリギリまで貯めて、限界が来たら外に飛び出し今住んでいる京都の町をぶらぶらするのにハマってます。歩くのが趣味で、一日一万歩近く歩きます。
感想やアドバイスを募集しています。私はスキルアップの為に小説を投稿しており、どんな意見でも喉から手が出る程欲しいです。短い内容でも良いのでご気軽に送って頂けると嬉しいです。




