表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファニーエイプ  作者: NEOki
第一章
16/156

第四話 フート④

 オレは物心付く前に両親に捨てられ孤児院で育った。

 孤児院では毎日まるできょうか何かの様に口にさせられる言葉がある、『社会に尽くせ』、そして『他人の為に生きろ』という言葉だ。子供の脳味噌というのはスポンジの様に吸収が早く、毎日同じ言葉を唱えていれば自然と人格の深い部分に刻まれていく。だからガキの頃、中学を卒業するまではそれが人間の正しい生き方なのだと盲目的に考えるまでに完全に洗脳されていた。


 だが今に成って振り返ればその頃は今よりよっぽど幸せだったと思う。その言葉に従ってさえいればこんな自分でも誰かが愛してくれると無い希望に酔っている事が出来たからだ。

 オレの地獄は、奨学金の争奪戦に敗れてとある部品工場に就職してから始まる。まああった事自体は大した事じゃない。唯一生懸命働いて誰より早く出勤して誰より遅く退勤してそして体壊して、一週間休んだら解雇された。そして本社の人事部に連絡すると名前じゃなく工場名と従業員番号を言えといわれただけだよ。


 しかしそれで気付いてしまったのである、自分は工場で毎日数無数に生産されベルトコンベアーを流れていく歯車と何が違うのだろうと。どれだけ頑張ってもどれだけ真剣でもそんな事だれも興味が無い。考えてみればそうだ、ベルトコンベアーから流れてくる部品を見て一々あれはツヤが良いとか色が美しいとか考えてはいないじゃないか。寧ろ大きかったり形状が異なる物は排除の対象以外の何物でもない。

 誰も期待なんかしていない。誰も頑張れ何て言ってくれない。百人いたら百人に出来る仕事を百人と同じようにする事だけを唯求められている。毎日十二時間以上働いて生み出されるのはコンピュータ上の数字だけ、そしてそれを見るのは血の通わないAIだ。人間の目に入る頃にはもうその数字は何百何千何万人と合算されてどれが自分の数字か何て分からない。あんなに一生懸命働いたのに、ネットに上がっていた会社の株主向け決算報告書には何処にもフートなんて名前書かれていなかった。


 ふと思ったのである、本当に自分は生きているのかと、自分は本当に存在しているのかと。

 何処にも自分が確かに存在していると証明してくれる物がない。もしこの瞬間自分が消えたとして誰もその事に気付かないだろう。金も地位もコネも持たない人間は誰の目にも映らない、いやッそれらを持っていたとしても見られているのは数字と文字だけである。だれもその奥に在る一円の価値もない本質へと視線を向けようとはしない。

 社会とは巨大なすり鉢だ。毎日数えきれない程の人間が放り込まれて磨り潰され、どれが目でどれが口でどれが背骨かさえ分からないグチャグチャのミンチにされていく。


 このまま社会の中に居ては自分が完全に殺されてしまうと思った。だからオレは社会から離れてたった一人で生きていこうと覚悟したのである。

 だがやってみて分かった、人間は根本的に社会の流れから離れて生きていけない生き物だったのだ。歯車は何処にあっても歯車なのである。たった一人ではどれだけ回転しても何も生み出す事は出来ない、流れから外れた物にはパン一欠片だって回っては来ない。

 結局人間に選ぶ事が出来るのは社会の残飯にありついて自分を殺されるか、自分で自分を殺すか。どう生きるのかは選べず、殺されるか殺すかしか選べない。

 それはまるで、出口の無い真っ暗な洞窟に生まれた時から閉じ込められているかの様であった。







「でもッ、そんな中貴方に出会ったんです!! 画面の中の貴方、プロフェッサーディックはこの世界の誰よりも生きていた。この世界の全てを敵に回して、あらゆる流れに逆らって、勝てない戦いに挑んでボロボロに成っても街の大人達に悲鳴を上げさせていた。誰の顔色もうかがう事なく命を研ぎ磨り減らして世界に傷を刻む、オレの目指すべき生き方はこれだって直感的に思ったんですッ!!」


 フートは息継ぎさえ忘れる様な勢いで、まるで宝物を見つけた子供の様に捲し立てた。しかしその目の輝きは何処か淀んでいて何かが取り付いた人間だけが発する熱を纏っている。

 だがそこでフートは漸くディックが自らに向けている視線が変化している事に気が付いた。そしてその変化に話の内容に飽き始めているのだと意味を読み取った彼は慌てて話を纏めにかかる。


「済みません、少し話が脱線し過ぎました。……結論を言うと、オレは少しでも派手に生き派手に死んで一人でも多くの脳裡にフートの名を刻む為に力を使います。歯車に成り下がって平然としている奴等を否定する為に、オレがオレのまま死ぬ為に力が必要なんですッ」


 そっくりであった、正しく死者が蘇った気分である。

 目の前にいるのはチイロ、そしてヒーローに出会う以前の自らでもあった。その先に待っている物をディックは良く知っている、理想と現実の狭間で少しずつ身動きが取れなく成り最後は圧死するのだ

 運命だと思った、過去の後悔を精算する機会が与えられたのだと。

 あの日掴みそびれた腕が再び現われ、しかも今度は真っ直ぐに自らへと伸ばされている。その手をもう一度拒む事など、お人好しな彼に出来る筈が無かった。


「………お前、ワシの本当の顔見たの初めてやろ。仮面の下は唯のオッサンや、シワだらけのな。どうや、失望したか?」


「するわけ無いじゃないですか。寧ろ高身長なイケメンじゃなくて良かったですよ。俺達のヒーローって感じだ」


「ヒーローか、たぶんお前の憧れとるワシと本当のワシは全くの別物や。ぎっくり腰持っとるし、小便のキレが悪ぅ成ってズボンに染みも出来とる。間違い無くお前の理想は壊れるで」


「いやッ、オレは別に小便のキレに憧れて弟子にしてくれって言ってる訳じゃないんで。それにこの先何を見たって今までオレが見てきた過去は変わらないです」


「………その過去が全部嘘だったとしたらどうや」


 ディックが口の中でのみ響く声で発した言葉が青年に届く事は無い。

 フートは一応言った通りに並々ならぬ根性を示してみせた。そして自らを焼き焦す事すら厭わない程の激情も。実のところを言うと、この二つさえ持ち合わせているのなら後継者として彼が求める要素としては充分であった。

 ならば1度真実に対面させて反応を見ても良いかも知れない。どちらにしろ此処まで関わって知らんぷりなど自分には出来ないのだから。


「はぁ、一先ず付いてこいや。お前相当札付きの馬鹿で頑固やな、言葉で説得してたら幾ら時間があっても足りんわ。せやから一端ワシの秘密基地に案内したる。其処である秘密を見せて、それでも未だ同じ事が言えたのなら弟子にしたるわ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、本当や。せやから手離せ」


「あッ、はい!!」


 フートが抱きついていた足から離れると、粘液が彼の顔と足の間で糸を引いた。覚悟していた事ではあったが不意に顔を顰め、ディックは立ち上がる。


「これ、バイクか?」


 一面ガラクタで覆われた部屋の隅に置かれていた物体を指さしながら言った。その一際大きな物体はかなり奇妙な形状をしているが、ハンドルがあり、ブレーキレバーが存在し、タイヤが二つ付いているバイクの様な形状をしていた。


「はいッ!! 廃材を集めエンジンからサスペンションまで一から組み上げた自作のバイクです。流石プロフェッサーディック、お目が高い!」


「そうか、じゃあこれ乗って秘密基地まで向かうで」


「えッ、それに乗るんですか?」


「一応ワシ指名手配のテロリストやからな、ちんたら歩いてたら何起るか分からん。其れともなんか、これ以外に何か乗り物あるんか?」


「いや、無いですけど………」


「ならコレに乗るしか無いやん。そうと決まったら早速出発するで。おいフート、お前もこっちきてバイク運び出すん手伝わんかい」


「あ、ちょッ! もうちょっと丁寧に扱って下さい!!」


 フートはやけに青い顔をしていたが、ディックは気にする事無くバイクを移動させた。がさつに扱われ傷が付くとでも思われているのかも知れないが、心外である。彼は機械には人一倍敬意を払う人間だ。そしてそれは例えヘンテコな形をしたブサイクバイクであっても例外ではない。

 かくして二人はバイクを外へと運び出し、プロフェッサーディックの秘密基地へと出発したのであった。しかしこの時ディックは未だ気付いていなかったのである、この先に待ち受けている身の毛も弥立つ様な恐怖を。

 


今回もお読みいただきありがとうございます。

今日は日曜日なので大目に投稿させて頂きました。平日は一日一話投稿にしておいて、休日や祝日はストックの許す限り大目に投稿しようと思います。

やっぱり休日だとPV数の伸びが違いますね。


感想やアドバイスを募集しています。

私はこの小説投稿をスキルアップの為に行っており、読者の皆さんと交流する事が最大の目的です。どんな内容でも一言でも良いので反応を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ