第二十話 開いた扉④
「魔王ッ!! これはどちらにお運びすれば宜しいでしょうか!!」
「ええっと~……確か壁際だった気がする。適当に壁へくっ付けて置いてくれ」
「了解しました!! では此処にお置き致しますねッ」
「おお、何となくそんな場所だった気がするッ。良いね、其処に置いてくれ」
「はいッ!! では此方は何処へお運びすれば宜しいでしょうか?」
「あぁぁ……あんまり前の配置覚えてないんだよな。何処だったっけ?」
「あの作業台の右隣ではなかったかと存じ上げます!!」
「お、そうだったかも。確かに其処に置いてあった気がしないでもないな。良く覚えてたなスー、流石だぜ」
「勿体ないお言葉ァ!! ……では今度は此方を何処へお運び致しましょうか??」
「それも何処に置いてたか思い出せねえな……」
「確かあのボール盤の後ろに置いていたのではなかったでしょうか!」
「確かにそうだったかも。……………もしかしてスー、お前オレの作業スペースの配置全部覚えてんの?」
「はいッ!! 完璧に記憶しております、ご安心下さい!!」
「何でッお前の作業スペースじゃなくオレの場所まで記憶してんだよ…………。有能すぎてちょっと気持ちわりぃ」
「申し分けありませんッ!! 今すぐ全部忘れますゥ!!!!」
「いや良いよ良いよ、今はそれに助けられてるし。………0か100しかないんだな」
自らが何者であるのかを悟りスーツに対するニカの干渉を排除したフートは、己の欲望が指し示すがままにヴィランとしての活動を再開する事を決めたのだった。
だが活動に必要な諸々は既に片付けてしまい、しかも何処に何を入れたのかを全てニカ任せにしていた為仕舞った物を引っ張り出し前の状態へ戻すだけでも一苦労。そこで情けないと思いながらも活動再開を宣言するのと同時にレッドスターとティナへ助けを求めたのである。
レッドスターは引退宣言の後でも慕って良く家に来ていたがやはりフートがヴィランとして活動する事を望んでいたらしく、嬉々として彼の活動再開の準備を手伝ってくれている。なんだかんだ言っても単純で見ていると元気が出る奴。こんな色々と精神を磨り減らしているタイミングで彼が居てくれて本当に助かった。
しかし一方でフートが気を揉んでいたいたのはティナの方。恐らくニカから何らかの話は聞いているとは思うのだが、今日この秘密基地に現われフートから活動再開する旨を聞いてもその件には一切触れて来ない。そして今も何時も通りのニコニコとした笑顔のまま嫌な顔一つせず手伝ってくれていた。その笑顔の下で昨日の件について彼女がどんな事を考えているのか、フートは計りかねていたのである。
そして何か自分の方からも触れないというのは罪に背を向ける行為である気がして、フートは意を決しティナへ訪ねてみる事としたのだった。
「………なあ、ティナ」
「ん? 何フート兄ちゃん??」
段ボールの中から適当に放り込まれた様々な道具を取りだしていたティナにフートは話し掛けた。その声に対し聞く側の問題かも知れないが、彼女は何となく故意に普段通りを装っている様に聞こえる声で応じる。
「ニカから何か話聞いてるか?」
「う~ん、全部聞いた訳じゃ無いけど何となくは察してる。またニカ姉ちゃんと喧嘩したみたいだね。二人はほんとに仲が良いッ」
「………怒ってるか?」
「えッ!? 何で私がその話で怒るの、フート兄ちゃんとニカ姉ちゃん二人の話でしょ? ティナに出来るのは唯見守るだけです」
「そっか、まあそれもそうかも知れないけど……」
ティナの驚くような声で言われた言葉に、考えてみれば確かにティナに聞くのはお門違いかも知れないとフートも気付く。言ってしまえば登場人物がフートとニカ以外登場しない結んでから破れるまで二人の間だけで存在していた約束なのだから。
では何故そんな話をティナにしたのか、それはきっと裁きが欲しかったのではないか。誰かにお前は最低で許されない事をしたのだと咎められ精神の安定を得ようとしたのではないか、そうフートは後に振り返り思うのである。
そしてそんな兄の気持ちを汲み取ってくれたのか、ティナは冗談めかした様な口調で一歩引いた自分の考えを話し始めてくれた。
「まあでも部外者目線で勝手な事を言って良いなら、フート兄ちゃんも結構えげつない事するなとは思ったけどねッ」
「ああ、それは否定しないよ。結局約束結んだのもオレだし、破ったのもオレ以外の誰でも無いしな」
「其処じゃなくて、ニカ姉ちゃんの特別な気持ちを利用しているって所の話だよ。フート兄ちゃんも本当は気付いてるんでしょ?」
「……あいつが家族には甘いのはッ」
「家族だからじゃないよ」
ティナはこれが私の仕事でしょ?とでも言う様な表情でそう一言遮った。そしてその一言で表情が凍り付いたフートに変わり、此れまで彼が故意か無意識かは分からないが避けてきた箇所へとティナが無邪気な顔をしてグイグイと踏み込んでいく。
「家族だからフート兄ちゃんに甘いんじゃない、ニカ姉ちゃんにとってフート兄ちゃんは私や母ちゃんよりも特別なんだと私目線には思うな。だって私と居る時も母ちゃんと居る時もニカ姉ちゃんず~っとフート兄ちゃんの話してるんだよ? それに他の人間だったらそもそもそんな命の危険がある我が儘なんて許さないと思うしッ。絶対、フート兄ちゃんはニカ姉ちゃんの中で他の家族とは別の場所に居るんだよ」
「………」
「だからきっとニカ姉ちゃんにとって、フート兄ちゃんはどんな我が儘でも聞いてあげたくなっちゃう位特別な人なんだよ。本当は気付いてるんでしょ? じゃないとこんな事出来ないもん」
ティナの一言一言が、今のフートには身を串刺しにされる様な痛みを伴って染み込んでくる。
今まで敢えてあまり考えない様にしていたが、フートも薄々ニカの感情には気付いていた。だがそれを直視してしまえばこれまで自分がしてきた事が、更にこれから自分がしようとしている事が余りに彼女に対して残酷過ぎ足が止まってしまうと考えていたのだ。自分の中で今一時的に劣勢となっているだけの良心が彼女の際限無い献身に報いろと叫び始める。
更に又今自分を突き動かしている堪えきれない欲望でさえも、ニカの存在を求めているのだ。彼女を利用し傷つけ自分の目的の為の道具とし、それでも例え自分がどんな罪を犯しても彼女にだけは隣にいて欲しい等と業が深い事を考えているのである。
「まあ、これ以上は野暮なので後は若いお二人にお任せしますよ。どうぞご幸せに~」
「……フッ、また変な言葉覚えて。ティナはまだ15歳だろ?」
「来月で16だもんッ!! それに人は濃い緑茶を美味しいと思えた瞬間から急速に年老いていく生き物なんですぞ」
「懐かしいなそれ」
あの日、ティナに緑茶云々の話をしていた時のフートの年齢とニカの年齢が一歳しか変わらなくなる日が近づいている。その押し寄せる波の如く全てを変化させ押し流していく時の流れに置いていかれない様、少なくとも今は脚を止める事は出来ない。例えどれだけ彼女に対して残酷で良心の呵責を伴うとしても、弱く愚かで力の無い自分はニカを利用せざるを得ないのだ。
だがフートは其れと同時にこの一件が終れば彼女に対する自分なりの報いを出そうとも考えていた。それは今は未だ唯の感情と言葉でしかない、だから嘘つきな自分でもニカが信じてくれる様に具体的な何かで思いに対する自分なりの回答を示すのだと胸に決めていたのだ
しかしそれも今考えた所で如何しようもない事。フートはもう何が正しくて間違っているのかすら分からなく成ってしまったけれど、一先ず目の前の事に全力で向き合おうと作業の手を更に速めたのだった。
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