第四話 フート③
「分かった。お前が自分で言ったんや、後悔するんやないでッ」
ディックは掴まれていない方の足を上げ、一切の情け容赦を掛ける事無くフートの顔面を踏み抜く。
たった一発でフートの右頬は赤く変色し内出血が起る。しかし止まる事はなく、何度も何度も足を振り上げては踏み抜くという行為を重ねた。
足の裏から特有の頭蓋の奥へと衝撃が沈んでいく感触を受ける度に心がズキンッと痛んだ。痣が更に広がり、紫色に変色していく。顔が熟れた果実のように腫れ上がり、輪郭が変わっていく。皮膚が破け血が流れ出す。呻き声がどんどん声から音へと変わっていく。鼻の骨が砕けたのか鼻孔から滝の様に血がどっと溢れた。履いている靴が鮮血の赤と橙を合わせた色に染められ、床にも飛び散っていく。
フートの地面に伏し、ギラギラと輝く瞳が彼の幾つかの記憶と重なった。
「………疲れたわ。ちょっと休憩」
ディックはわざとらしくそう呟き、振り上げていた足を降ろし瓦礫の上へと腰を下ろした。そして目を覆い溜息をつく。
限界であった。体力の方はまだまだ余裕がある、だが身体より先に心が限界を迎えてしまったのだ。まさか罪の無い若者を蹴り続ける事が此れ程までの心的負担を伴うとは思わなかった、自分はもう少し冷徹だと思っていた。この青年の為だと分かっていても、もうこれ以上は出来ない。
一方でフートは身体こそボロボロであったが、心は依然僅かすら揺らいでいないと見て取れた。今も腫れて覆い被さってきた瞼の隙間から鋭い瞳が覗いている。
完敗だ。どうやら甘かったのは自分の方だったらしい。
「お前、なんでそこまでワシの弟子に拘るんや?」
「……え、遂にオレを弟子に取る気にッ」
「成ってへんわッ!! 唯、こんな弩級の馬鹿に出会う事何て滅多無いからな。話くらい聞いておいても損は無いと思っただけや。お前のその尋常やない様子を見とれば普通の理由で弟子入りを志願しとる訳やないって事は分かる。だから気に成ったんや。フート、お前はワシの弟子に成って何をする? 力を手に入れ何に使う?」
「自殺です」
まるで全世界を貫く当然の節理の様に、フートは平然とそう言ってのけた。そしてその声に乗った響き、温度、重さが耳から脳へと侵入し、ディックの苦い記憶を呼び起こす。
もう目を背ける事は出来なかった。似ているのだ、フートが彼のプロフェッサーディックに成る切っ掛けとなった少年に。あの日の後悔と自己嫌悪が時を超えて胸中を塗りつぶしていく。
しかしそんなディックの内面変化など知らず、フートはまるで栓が抜けたかの様に彼の中で暴れる激情を吐露し始めた。
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一日中部屋に籠って小説書いてたら午前も午後も一日中頭がすっきりしないですね。明日は外出して桜でも見に行こうかな……
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