第十九話 公認ヒーロー認定式⑤(内容追加版)
(血ッ……この私の血か? この神に選ばれし力を持つバルハルト・マクエロイが、一介のヴィラン如きに首へ一太刀入れられたとでもいうのか…ッ!?)
バルハルトは生涯始めての、夢ですら見たことが無い自らの首より勢いよく吹き出す真っ赤な液体の光景に頭頂から足先までを衝撃が貫いた。
まるで何かに酔っていたかの如く胸に居座っていた、自らをこの空間の絶対強者であると信じて疑わぬ余裕が急速に冷めていく。自らの足下にも及ばぬと見なしていた者から急所へと刃を叩き込まれた屈辱がプライドにヒビを入れる。突如出現した殺されるのは自らかも知れないという可能性に冷たい死神の鎌が背筋に触れる。
忽然とそれまで自らの両足を支えてくれていた大地が跡形も無く消え去ってしまった様な感覚。少し前の彼であったなら、間違い無く此処で崩れていた状況。
「グ……ッ!!」
ドゥオオオオオオオオオオオンッ!!
だがバルハルトはこの三年間ハルトマンの後継者としてあらゆるハードルを越え、壁にぶつかり、山を越え谷を越え強靱な精神を叩き上げてきた。そしてそれまで薄っぺらな自尊心でしかなかったプライドも、大勢の自らを支え応援してくれている人々を裏切れないという本物のプライドとして昇華させていたのである。
たった一撃、死の気配程度では彼の英雄性を損わせる事は出来ない。バルハルトは首から感じる熱と痛みを押し殺し、掌より衝撃波を放って一先ず敵との距離を作った。
「チッ…………今の今まで何処にその力を隠していた。私も嘗められた物だなァ!!」
しかしその衝撃波が此れまでと同じ様に敵を捉えたにも関わらず、バルハルトの顔に余裕が戻って来る事は無かった。
先程は確実に数十メートルは吹飛ばしていたその攻撃が今はたった二メートル敵を後へ押す程度の効果しか生み出す事が出来なかったのである。フラットは重心を落し、脚を踏ん張るだけで衝撃波を耐え抜いてしまったのだ。
(突然何が起ったッ。外見が変わったかと思えば……奴の身体が発する馬力の桁が数段一気に跳ね上がったぞ)
奴の速度を考えれば全く安心など出来ない四メートルの距離。その先で佇むフラットの姿を瞳の中心に据え、バルハルトは鮮血流れ続ける首を手で押さえながら自らに一体何が起ったのかを整理する。
先程フラットが壇上より放った攻撃は彼の目ですら全く捉える事が出来なかった。偶々市長を守る為に展開しそのままに成っていた対狙撃用センサーシステムに反応があり、反射的に衝撃波を放った結果それを受け僅かに減速した敵の姿が見えたのだ。そして勘9割で上半身を反らした結果運良く首の大部分を刀の回転軌道上より逃がす事ができ、偶々彼の首は今も胴体と繋がっている。
首に受けた傷は常人であれば充分致命傷と成り得る程度に深い、だが幸いヒーローの力を持つバルハルトに限っては例外だ。既に血は止まり彼は傷口を押さえていて真っ赤に染まった左手を外す。
しかしあと数センチ傷が深かければ話は違っていた。その直ぐ隣を掠めていった死の可能性に、彼は次同じ攻撃が来ても対処出来るよう引いた重心を前へ戻せずにいたのである。
だが、そんな守りに入り自らの首を可愛がる己をバルハルト自身が許せなかった。
(………………何を迷っているッお前はヒーローだろうがッ!! 正義が悪を恐れてどうする、お前が逃げて誰が戦う、ヒーローが守らねば無辜の民が血を流す事になる。戦えッ守れッ正義を成せ、罪無き人の盾と成るのだ!!!!)
ッドウオオオオオオオオオオオオオオン!!
唯でさえ全神経を注いで動きを注視しなければ反応する事さえ難しい攻撃手段を持つ敵が相手。しかし其れを理解した上で、突如様子が一転したバルハルトはあらゆる保険を捨てて脚を前へと踏み出した。
それは目の前の敵を打倒するという事よりも、ヒーローは誰より前に出て誰より傷付くべきという自らの美学を守る為の行動。
そうして依然この戦いの支配者は自らであると叫ぶ様にバルハルトは衝撃波を四方へ拡散。しかしそれで奴に大した影響を及ぼす事は出来ないというのは既に分かりきっていた事、両手と片手を地面に突き立てフラットは衝撃をやり過ごし即座に反撃へ打って出ようとする。
……ドウオオオオオンッ!! ドウオオオオオオンッ!! ドウオオオオオンッ!!
だが、一度は衝撃をやり過ごして見せたフラットの体勢が数秒後崩れた。バルハルトの身体を起点とし四方へ連射され始めた衝撃の波状攻撃、その殆ど間を開けずに放たれた四発の衝撃波が反撃の芽を潰えさせたのである。
(認めてやろうフラット。お前は強者だ、それはもう否定せん。だがそれ故此方も一切の出し惜しみを辞める、現状持ちうる全ての選択肢を躊躇無くぶつけ貴様は此処で私が仕留めるッ!!)
ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオオオオンッ!!
ドゥオオオオオオオオンッ!! ドゥオオオオオ………………………………
フラットのスピードが自らを十二分に害せる脅威であると認めたバルハルトは、それを圧倒的なパワーと攻撃範囲で潰しに掛かった。
パワードスーツの設定を変更し心臓のユピテル腫が生み出すエネルギーをスーツ側から吸い出させ、全自動フルオートで衝撃波を連射可能にしたのである。そして生み出されるのは、単発でも1トントラックを横転させ得るエネルギーの壁が寄せては返す波の如く連続で迫り来る壮絶な環境。その状況下であれば、例え一発の衝撃波なら易々と突破し刃を届かせてくるフラットであろうとかなり行動を制限出来る筈であった。
それはさながら体内に巨大な発電所でも抱えているかの如き無限のエネルギー源を持つバルハルトだからこそ出来る、恐ろしく単純でありながら恐ろしく常識外れな戦法。
……ブゥオンッ ザンッ!!
(チッ、それでもまだこれ程の速度を出せるか……!!)
しかしその常識外れをフラットの側も常識外れで対応してくる。エネルギーが少なからず発散されるバルハルトから離れた地点へ一度引き、其処から地表を滑る様な低姿勢で衝撃波の影響を減らしたフラットがその異常なスピードにより幾発もの見えない壁を貫通し突きを届かせてきたのだ。
だがそれでも確実に速度は削れていた。この環境下で平然と動けているだけで怪物以外の何物でもないが、その動きはバルハルトの反射神経で対処出来るギリギリのレベルまで低下し首と上半身を左へ傾げてその突きを躱す。
そして生まれた絶妙な間合い。超スピードを生かすには距離が詰まりすぎていて超範囲攻撃はその優位を充分に生かしきれない。互いに互いが近すぎる立ち位置。
そんな中、バルハルトは迷わず前へ出た。それまで衝撃波を放つ為解いていた掌を固く結んで握り拳を作り敵目掛けて振り抜いたのである。そのアクションに対してフラットは小さく左後方へ飛んでの回避を選択、自らの身体が敵の拳の軌道延長上から抜けたのを確認し即座に刀を振り上げる。
ダンッ
しかしそれを読んでいたバルハルトは敢えて脚を前に出し敵の懐へと飛び込んだ。そして何と、フラットが振り下ろした直後の斬撃を敢えて自らの左腕で受けたのである。
それは全身を覆っている白銀の鎧、例え戦車の榴弾を受けたとして一切のダメージを内へ通す事はないパワードスーツの特殊合金装甲であれば、加速しきる前の斬撃を受け止める事が可能であると判断したから。そしてその目論み通り、振りが足りず充分に速度が乗らなかった刀は特殊合金装甲を斬り裂く事が出来ず左腕に止められた。
だがしかし……
ブゥオ”ンッ
「ググ……ッ!!」
刀の鍔上に付けられたクレーター型加速装置が怪しい紫光を発した途端刀の纏うエネルギーが急上昇。左腕に鋭い錐を打たれた様な一点集中の衝撃を覚えたかと思えば、パワードスーツの装甲がビシィッという音を上げて割れその下の骨肉まで刃が裂きめり込んできた。
ズドオ”ン”ッ!!!!
だがその斬撃がバルハルトの左腕を切り落とすよりも早く、彼の地面から突き上がる様な拳がフラットの腹部を捉える。そしてその拳に伝わって来たのは予想していた薄い鉄板を通しその奥の内蔵を押し潰す感触ではなく、まるで鉄の塊を殴り付けた様な内部隈無くに重金属が詰まっている何かを殴り付けた感触。
そしてその鋼鉄の内臓を持つ人型はバルハルト渾身の一撃を受け殴り飛ばされるが、即空中で体勢を立て直し二人の間に再び距離が生まれたのだった。
「はッ、はッ、はッ、はッ…………」
ボダッボダッボダッ、ボドドドド…………
だいたい三分の一程を切断され、先程首を斬り裂かれた時を上回る量の血液が零れ続ける自らの腕をバルハルトは敢えて見ない様にした。その傷が嫌味な程に自らが今どんな立ち位置に居るのかを伝えてくるから。
ブゥオンッ
もう悪夢でも見そうな程脳裡に焼き付けられたその音が響き、バルハルトが左腕三分の一を犠牲にして生み出した腹部のダメージなど存在しないかの如くフラットの身体が加速。即座にバルハルトは再び高速で衝撃波を周囲へ放ち、目に見えぬ障壁を自らとフラットの間に生み出す。
……ズッザン
「グゥ…ッ!!」
しかしそれだけでは奴のスピードを完璧に潰すには足りない。数多の障壁を経て明らかにその速度を削いでいながらも尚フラットの届かせてくる斬撃を完璧に回避する事は叶わず、紫の残像を残しながら通り過ぎて行った斬撃がバルハルトの頬へ傷を刻む。
ズオ”ォ”ン!!
それでもバルハルトは頬から流れる血液と痛みを無視。受けた傷の借りを返さんと回避で後に引いた重心を即座に全力で前へ傾けスーツが発した衝撃波と重ねて拳を打ち放つ。だがそうして発した拳をフラットに刀の腹で受けられ、そのエネルギーを利用し後方へと一気に逃げられる。
こうなればバルハルト側からは殆ど何も打つ手が無い。攻撃の主導権は完全にフラットへと渡り、その理不尽なスピードに対してビクビクと神経を張り巡らし防御へ回る事を強制されてしまう。
ブゥオン………………………………………ザァンッ
加速装置の起動音が聞こえる、しかし即斬撃が飛んでくるという訳ではない。敢えてジグザグと非直線的な経路を通り嫌らしくタイミングを外してくるのである。そしてまるで集中力の波底を突くようにして脇腹を引き裂きながら直ぐ横を影が通り過ぎていった。
「ガァ……ッ! ッア”ア”!!」
……………………ッダン!!
ギリギリ内臓は傷付かずに済んだが間違い無く大怪我。だがそれと引き換えにバルハルトが掴んだ攻撃の機会で背後へと放った裏拳は見事敵へと命中、ユピテル腫により人間の限界を超えたその怪力は見た目以上の質量を内包するフラットの身体であっても容易く弾き飛ばしてみせる。
しかしそれだけでは仕留めるに足りない。再び距離を取られ直ぐに次の攻撃が襲う。
ブゥオン…………ザンッ ガンッ!!
今度は肩に斬撃を受ける。そしてその反撃としてバルハルトが放った拳が見事フラットの頭部を捉えるも、肩に受けた傷の影響により充分な力を敵に伝える事が出来なかった。
数歩後退る程度の影響で耐えきられ、直ぐにフラットの身体は加速しバルハルトの視界から消えていく。
ブゥオン…………ズバァッ、ザンッ ドゥン”ッ!!
次は刹那の内に二つの剣閃が煌めく。横一閃の斬撃がギリギリで仰け反ったバルハルトの眉間を撫でパッと血液が舞い、そこから滑らかに繋がり袈裟懸けに振り下ろされた刃が右腕を斬り裂く。汚れ一つ無かった白銀の鎧が瞬く間に赤く染まっていく。だがその痛々しい出血の代償として得た攻撃のチャンスにバルハルトは蹴りを放ち、それは見事フラットの横腹を捉え骨の芯まで届く様な重い衝撃と共に奴の身体が吹飛んでいく。
一進一退の攻防、端から見ればそう映るであろう。だが実際には確実にこの一瞬一瞬剣閃煌めく毎に追い詰められていっているのはバルハルトの方であった。
そもそも勝利の為に必要な条件がフラットとバルハルトで全く異なるのである。フラットの斬撃は容易にバルハルトのパワードスーツの装甲を貫き肉を斬り骨を抉ってくる、一度良い攻撃が急所へ入ればそれで勝利が確定。一方でバルハルトの現状当てられる最大の攻撃がユピテル腫が生み出すエネルギーにより強化された近接攻撃、この場合一体何発良いパンチを入れればフラットが倒れてくれるのか全く不明。しかも自らのタイミングでフラットへ接近するのは速度が違いすぎて不可能であり、一度敵の攻撃を経てからのカウンターが必須と成る。
要するに現在二人の間には圧倒的な決定力の差が存在するのだ。このままの条件下では限りなく100パーセントに近い確率で先にフラットが勝利の条件を満たす。バルハルトが勝利の為に必要な何十発というパンチを積み重ねている間に、如何なる偶然であったとしてもたった一度刃を急所へ滑り込ませる事が出来ればその瞬間勝利が確定するのだから。
其れ故多少見る目の優れた人間であればこの戦いの勝者はフラットであると断言する。だが現場で戦う本人、バルハルトだけは全く異なる自らの勝利条件を見据えてこの瞬間戦闘を行なっていた。
良いパンチを何発も入れる必要は無い、狙い澄ました一撃を敵の急所へ叩き込む必要もない。唯その時さえ訪れれば自らの勝利が確定すると。
『……バルハルトさんッ! 会場周辺にいた全ての人間の避難が完了し、避難誘導を行なっていたヒーロー達も皆外へ出た事を確認。これで現在会場内部は完全な無人と成りましたッ!!』
その待ち侘びた報告が会場内の避難誘導を担当していたヒーローより入った途端、バルハルトのパワードスーツへ課されていた様々な制限が外されその姿が美術品が如き白銀の鎧から蒼雷迸る厳しいエネルギー兵器へと変貌を遂げ始める。
そして全身が完全変形しきるより早く、バルハルトは次撃の構えを作ったフラット目掛け躊躇無く右手を横に振るった。
ドッ、ドドドドドドドドドドドドォォォォォン!!!!
その振られた腕の延長線上。フラット含む前方の視界に捉え得る範囲全てが連続で発生した爆炎に呑まれ、それまで一般人を巻き込みかねないと制限していた人間とは一線を画すヒーローの絶大な力が辺り一体を破壊したのである。
「…惜しかったなフラット、タイムオーバーだ」
首を切り落とされるよりも早く自らの勝利条件を満たしきったバルハルトは、一切の揺らぎが消えた声でそう言ったのだった。




