第十六話 中心の椅子③
自らの持ちうる手札の中で最強の攻撃。たった今この瞬間まで過剰火力過ぎて此れを使うべきタイミングなど訪れないと思っていた一撃。その奥の手中の奥の手を命中させたというのに、フートの顔に余裕が戻って来る事ついに無かった。
決して認める事など出来なかったが、極めて原始的な部分で悟ってしまっていたのである。鼠がライオンを前に倒すという発想など浮ばない様に。小魚が鯨を前に泳ぎの速さを比べようなどと思わない様に。羽虫が鷹を前に自らの羽ばたきと比べようなどと思わない様に。フートは今前にしている男、三年前は自分と大してスケールの違いを感じなかった男に、今自らとは比較にすら成らない圧倒的な存在力という物を肌で感じていた。
「ヒーローが、ヴィランと戦う時代は終わった」
全ての光を呑み込んでしまいそうな程分厚い黒煙の奥から、その灰黒のカーテンすら貫通する蒼光と共に声が聞こえた。
「何時の時代も苛烈を極めるのは正義と正義のぶつかり合い、この世界を動かすは常に正義の勢力だ。この世は悪と正義の2色で塗り分けられる程単純じゃない。幾千幾万幾億通りある正義が結びつき、離れ、混ざり、反発し合い、裏で繋がり、謀略と大義名分でこの世の1ミクロンでも多くを塗り潰さんと昼夜問わず争い続けている。そしてその中心で起っている止むこと無き戦いに比べれば、お前達ヴィランは敵にすら成り得ない過小要素」
ドオオオンッ!!
先程フートが貯水タンクまで吹っ飛ばされた時と同じ鼓を打つ様な音が再度響き、あれ程巨大だった爆煙が一瞬の内に四散消失。そして現われたのは、パワードスーツの表面を薄く蒼光で覆った傷一つ無いバルハルト・マクエロイの姿。
「貴様らの99.9%がこのプラズマシールドを展開した途端に降伏する。ヴィランなど所詮ミーハーな自らの力不足を社会に押しつけているだけの落伍者集団に過ぎない。その様な存在、この私が本腰を入れれば一瞬で根絶やしにする事が出来る」
突如音も聞こえない程の急加速でバルハルトが消え、彼が動いたと気付く事すら出来ていないフートの顔面へと拳が突き刺さった。そしてそれは奥の手でも何でもない唯のパンチに過ぎないにも拘わらず、フートの身体に一瞬意識が身体から抜け落ちる程のダメージを刻み込む。
「ガァァ…ッ!!」
「この世の行く末を決める椅子に座っているのはお前達ではない。正義の勝者が決まった瞬間次の社会の形が貴様らの意志など関係無しに決まる。それ故お前達有象無象は指を咥えて新聞でも読んでいれば良い、何をやっても全てを決めるのは我々なんだからなァッ!!」
…ッドオゥゥンッ!!
倒れ掛けの身体をニカが支え、途切れた意識を何とか身体に引っ張り戻した直後、フートの腹へバルハルトの非情な蹴りが叩き込まれる。その一撃は彼の身体をサッカーボールの様に吹き飛ばし、再び背後の貯水タックへと衝突したフートの身体は今度はそれを破裂させた。
そうしてバイオスーツの防御を容易に貫通する威力の蹴りを受けたフートからは力が消失し、破裂した貯水タンクより放出された水に全身を濡らしながら仰向けに寝そべったまま動けなく成る。
「そもそも貴様らヴィランは何処へ居た? プロフェッサーディックがハルトマンを追い詰めた途端鼠の様にわらわらと現われて、それまで何処に隠れていた? 何故プロフェッサーディックがたった一人で負け続けている時共に戦わなかったッ。何故ハルトマンが現役の時は影に隠れていたッ。勝ち目が無いなら振り上げる事すら出来ない拳、そんな物に一体何の力が宿るというのか!! やはりヴィランなど唯流れに乗っただけの何の信念もない社会不適合者でしかないッ!!」
「…………オレは、違う…ッ!!」
ヴィランなど眼中に無い、この世の行く末を決めるのは自分達世界の中心に座る正義の勢力であると言い切ったバルハルトへフートが細かく身体を震わしながら言い返した。するとその言葉に、バルハルトは他から見えないパワードスーツのヘルムの中で顔を顰める。
だがそんな相手の変化など知る由も知る気も無いフートは更に言葉を続けた。
「何の信念もない唯暴れたいだけのミーハーヴィラン共も……役に立たない夢を見せ続けるヒーロー共も全員オレがぶっ潰してやるッ。お前達中心の椅子に座ってる奴らを全員叩き出して、このオレがニューディエゴを支配する……ッ。オレは正義の天敵プロフェッサーディックの後継者ッ、次の悪の帝王ファニーエイプだァァッ!!」
フートはそう叫ぶと同時に立ち上がり、たった数撃でフラフラに成った歩みでバルハルトへと向っていく。そしてそんな彼の姿を、対するバルハルトはパワードスーツの下で怨嗟溢れる瞳で睨み付けた。
「プロフェッサーディックの、後継者だと…………ッ!!」
ガシッ ドゴォウッ!!!! ズガァッ!! ダアンッ!!
自らへと敵が放ってきた拳を掴んで止め、空いた右手で力の限りバルハルトはフートの顔面を殴り付ける。更にそれで彼の中に燃え上がった怒りが収まる事は無く、腕を掴み続け身体を固定したまま膝蹴りを入れ最後は盛大に蹴り飛ばしフートの身体を宙に浮かせた。
「ガハッァ…!! ゲホッ、ゲホッ………ゴホォッ」
「ああ、思い出してやったぞ。お前は確かプロフェッサーディックの後継者を名乗っていた男だったな、遠い昔の記憶過ぎて忘れていたが今になって思い出したッ!!」
とても知らない人間相手にやっていたとは思えない執拗なまでの暴力の後、バルハルトは何ともわざとらしくそう言った。そして地面に屈し血の混じった咳をする隙だらけのフートを敢えて放置し、彼が起き上がるのを待って更に言葉を続ける。
「あのプロフェッサーディックの後継者という事はさぞ素晴らしい力を持っているんだろうなッ。プロフェッサーディックがハルトマンを追い詰めた様に、お前もこの私に膝を付けさせる事くらいは出来るんだろう? やって見せてくれよォォッ!! なあッ、ファニーエイプッ!!!!」
バチチチチッ……ブオオオオオオンッ
まるで何か自棄になっている様にそう叫んだバルハルトの右手に、稲妻が槍の形を成したかの如き超高密度のエネルギー塊が出現した。それは漏れ出したエネルギーのみで四方に巨大なスパークを走らせ、目が眩む程の閃光を放ちながら周囲を威嚇している。
そしてその稲妻の槍でフートを突き穿つ為にバルハルトが足を前に進めてくる。
「クソッ……んなもん馬鹿正直に喰らってたまるかッ!!」
ヒュオンッ
フートは思考すら必要とせずあの兵器の危険性を見抜き、瞬間移動で身体を安全な場所へと逃がす。しかし……
ッドオオオオオオオオオォォォォン!!!!
フートは自分の身体の中で雷轟が轟くのを聞く。それはまるで過負荷状態の豆電球に成ったかの如く一瞬で全身が烈火の如く発熱し、視界が白黒高速で点滅し、そして肉体の制御が効かなく成るレベルの痙攣を起した直後フィラメントが焼き切れる様に身体がピクリとさえ動かなく成った。
この時、フートは自らの身に何が起こったのかすら分かっていなかった。だが彼をその状態にした張本人バルハルトに言わせれば簡単な事、唯瞬間移動の先を見てから目にも留まらぬ速さで移動し背後から稲妻の槍で胸を貫いただけである。
「ガッ………アァ…………………………」
苦悶の音と懸命に傷付いた身体で酸素を吸おうとする呼吸音が混ざった物、それがフートの口から零れる。そして地面に突っ伏しもう戦闘どころの話では無くなってしまった彼へと、バルハルトは頭の上から言葉を投げかける。
「私は奴を英雄視する気など毛頭無い。だかそれでもハルトマンに何度打ち倒されても立ち上がり勝ち目の無い戦いへ自ら向かっていくプロフェッサーディックの姿勢だけは評価している。もし相手があの男であったなら、この程度の攻撃で勝敗が決する事もなく私も一応の苦戦を強いられていただろう。………だが一方、お前は如何だ?」
グ………ズッザザザッ………グッ、ズルッ…………………………………
バルハルトの言わんとしている事を理解し、フートの苦痛で歪んでいた表情に怒りの色が混ざる。だがしかしその鬼か悪魔かと思わせる様な表情に反して彼の身体は痛みを発し泣き叫ぶのみで、身体を起き上がらせるだけの力すら保持している事が出来ない。
そして態々フートが起き上がろうとしては重力に屈し力尽きる音をしばし聞いた後、バルハルトは嫌味な笑いと共にこう口を開いた。
「良いかファニーエイプ、一つ良い事を教えてやろう。私が今お前に流した電撃は電圧こそ強いが電流は微弱にしておいた、つまり衝撃や感電の感覚こそあるが肉体的なダメージは殆どゼロに近い。だが麻痺が取れるには充分な時間が流れた今、何故お前が立ち上がれないのか分かるか?」
「………………………………クソ…クソッ、クソッ、クソがあああああああッ!!」
「それはお前の心がもう既に折れているからだッ!! 自分のあらゆる攻撃を無効化され、頼みの綱の瞬間移動も潰され、お前の心が負けを認めたのだ! 大義のない心は容易に折れる、つまりお前も他の有象無象と何ら変わらぬ薄っぺらな小悪党に過ぎないという証明に他ならん!!」
……ズシャァッ、ドッ
其れまでブルブルと震えながらも懸命に身体を起そうとしていたフートの腕が、自分がその他大勢と何も変わらないと断言された途端まるで滑る様に支柱としての役目を放棄し彼は顔から地面に衝突した。
そんな事は無いと、自分の心は未だ折れて等いないと言い返してやりたかった。だがしかしさっきまで起き上がるとはいかないものの上半身を持ち上げるくらいは出来ていた筈の両腕が、急にまるで図星でも突かれたかの様に力が入らなく成ってしまったのだ。頭ではプライドが絶対に負けなど認めないと叫んでいるが、身体の方はとっくに負けを認めていたのである。
「起き上がろうと足掻く事すら辞めたか。どうやらそれも所詮はポーズに過ぎなかった様だな」
その発言にフートは腹の底から煮えたぎる様な怒りを覚える。だがそれでも、今の無様としか形容出来ぬ姿で何を言ったとして負け犬の遠吠えにしか成らないと分かり屈辱に歯を食い縛る事しか出来ない。
何故だ、何故立てないのか。自分にだって奴の言う信念はある、この限界を迎えつつある正義を中心とした社会を恐怖により悪が支配する世界に変えるのだ。それがプロフェッサーディックの後継者として選ばれた自分の使命。だが其れなのに、何故その信念を幾ら頭の中で唱えても心はこんなに冷め切ったままなのか?
フートは突然道を失った子供の様な心境となり、何か自分の大切な物が消えてしまった気がして頭が混乱に包まれる。自分が何の為に戦っているのか、それが急に分からなく成ったのだ。
「違う、違う…ッ!! オレには師匠から受け継いだ使命が……」
「………………………………呆れたな。まさか自らの戦う理由すら他人を使わねば語れないとは」
「黙れェッ!! お前だってハルトマンに後継者として指名されたお陰で№2ヒーローなんて大層な肩書きを手に入れたんだろうが!! お前もッ、所詮ハルトマンの功績にあやかった後釜に過ぎないんだろッ!」
「……………ハルトマン、の、お陰だと? 外野は好き勝手言えて良いな。あの男がッ、あの男が残した足跡がどれ程私の邪魔をしているのかも知らずになァッ!!」
バチチチチッ……ブオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ンッ!!!!
フートが正しく負け犬の遠吠えとして発した言葉。しかしその言葉は何の導きか将又彼の生まれ持った才能か、クリティカルにバルハルトの中に存在していた地雷を踏み抜いた。
そして彼はその湧き上がって来る自分と同じ思いを味わわせてやりたいというヒーローらしからぬ衝動のままに新たな稲妻の槍を生み出す。
「お前は失敗作だ。プロフェッサーディックは後継者選びに失敗したらしいな」
「…ッ!? なん、だとォッ!! ふざけるなァお前にオレと師匠の何が分かる! 訂正しろォッ!!!!」
「力無き者には…誤りを訂正させる権利すら無いと知れェェッ!!!!」
ッドオオオオオオオオオォォォォォォォン!!!!
「ギィア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!」
地に伏したまま狂犬の如く睨め付けてくるフートへと、バルハルトは現在自分が抱えている全ての苦しみを乗せて血も涙もない一撃を振り下ろした。
稲妻の槍を再び突き刺されたフートはまるで映画で怪物が上げる様な悲鳴を発し、バタバタと身体を痙攣させながら苦しみ藻掻く。そしてその正しく断末魔と言って差し支えない絶叫は夜空に響き渡り、二人の身を案じ下の階から上ってきていたその人物の耳にも入ったのであった。




