第68話 ハイエルフ至上主義
前回のあらすじ
コレットを加えた初依頼でバイコーンの討伐に来たユーマ達は、アインの能力でバイコーンの群れを難なく討伐する。
そして街に戻り、帰宅する途中、謎の馬車を発見する。
コレットさんは急いで家に入ろうとしたが、それを塞ぐかの如く馬車から一人の男性が降りてきた。
その男性は感じる魔力の強さから、ハイエルフだという事がすぐに分かった。
そのハイエルフはコレットさんと顔を合わせると、途端に欲望に塗れた笑みを浮かべた。
「やあ、コレットさん。今帰宅ですか?」
「レイザード侯爵、私はあなたに2度と会わないで下さいと申した筈ですよ」
「つれない事を言わないでください。同じハイエルフ同士、私と結婚すれば我がレイザード家はティターニアを従魔にしたハイエルフを得て、あなたはこのエリアル王国でも指折りの名家であるレイザード家の一員となれるのです。どちらにとっても良い話ですのに、何故受け入れないのですか?」
「何度も言った筈です。私は貴族の地位や名誉などはいらない。私は私が選んだ人生を歩み、私が自分で選んだ人と一緒になると。そして、あなたの様な権力を振りかざして他者を踏みにじる様な人とは一緒にはならないと、最初に言った筈です」
何だか、話を聞いている限り、あのハイエルフがどんな人なのか、コレットさんとの関係性がなんとなく分かってきた。
男は僕達に気付くと、突然殺気を込めて睨みつけてきた。
「何だ貴様らは。ここはコレットさんの家だぞ。貴様らの様な薄汚い人族風情と、穢らわしい獣人風情如きが入っていい場所ではない。とっととここから、いや、この国から立ち去れ」
この男は何を言ってるんだ。
初対面でいきなりの暴言雑言、これには流石の僕もイラっと来たな。
ラティとクレイルもかなり怒っている。
だがいち早く声を上げたのはコレットさんだった。
「レイザード侯爵、この子達は私の大切な友人であり、パーティーメンバーですよ。この子達を侮辱する事は、この私が許しません」
「コレットさん、何度言えば分かるのですか? 私達は選ばれし種族であるハイエルフです。そこらのエルフやダークエルフ、そして薄汚い他種族とは違う高貴な種族なのです。ですから付き合う者はもっと選ぶべきですよ」
この言葉に、ラティもクレイルもマジギレし、周囲に魔力が凄まじい勢いで集まっている。
「レイザード侯爵、今日はもうお引き取りください」
コレットさんがそれに気付き、先手を打って男を追い返そうとした。
「……分かりました。また後日お伺いします」
そう言ってレイザード侯爵は馬車に乗り、去っていった。
それにより、2人は何とか怒りを抑え込んだのか、周囲の魔力が霧散した。
よく見ると、アインがその小さい手に塩を持って撒いている。
しかも片手にはこれまた妖精サイズの塩が入った壺の様な物を抱えて。
……何処で覚えたんだ、その日本に伝わる嫌なお客の追い返し方。
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家の中に入り、コレットさんは疲れた表情でソファに腰を掛け溜息を吐きながら、僕が淹れたコーヒーを飲んだ。
「コレットさん、あのハイエルフの男は何者なんですか? あたし達を見るなり、いきなりのあの暴言、いくらなんでも失礼だわ」
ラティのその問いに、コレットさんはあの男の説明をしてくれた。
「彼はレイザード侯爵。エリアル王国でも指折りの貴族よ。でも、その性格はハイエルフ至上主義で、普通のエルフやダークエルフも含めたそれ以外の種族には排斥的な態度をとるから、エルフの貴族からも煙たがられていて、治めている領地の民からの信頼は皆無、ロンドベル国王からもいい感情を抱かれていない最悪な男よ」
「ん? それって変じゃないか? そいつは領民や国王からも嫌われているんだろ? なら、どうしてあいつは爵位を剥奪されず、侯爵の地位にいるんだ?」
クレイルの質問は尤もだ。
領民からの評判が最悪で、国王からも嫌われているなら、いつ失脚してもおかしくないのに、彼は未だに貴族の中でも上位の侯爵の地位にいる。
「理由はいくつかあるんだけど、1番の理由は彼がエリアル王国の貴族の中でも有力者だからよ。彼はあの性格でハイエルフ以外の貴族からの評判は悪いけど、逆に言い返せば、ハイエルフの貴族にはいい顔をしているから、ハイエルフの貴族との繋がりが強い分他のハイエルフの貴族からの信頼が強いの。だから、いくら国王の力でも貴族から追放したら、下手したらハイエルフの貴族によるクーデターが起こって、この国が崩壊する可能性もあるから、国王も迂闊に彼を追放できないの」
「成程。そういえば、彼はコレットさんに結婚がどうの言ってましたけど」
僕の質問に、コレットさんは途端に嫌そうな顔になった。
「ああ……それね……実は、クレイルが旅立って間もない頃に、あの男は突然私の所に現れたのよ。彼は私の経歴やアインの存在を調べて、私と結婚する事でティターニアの力と天才と称された私を手中に収める事で、自分の勢力を増やそうとしているの。あれは完全にアインを利用して、自分の利益にしようという顔だったわ」
どうやらそのレイザード侯爵は、相当なクズ野郎みたいだな。
話を聞いているだけで、かなり胸糞悪い気分になる。
僕の膝の上では、アリアが珍しく怒気のオーラを放ってる。
『コレットさん、その侯爵の屋敷の場所を教えてください。今すぐに私が風のブレスで跡形もなく吹き飛ばしてきます』
彼女の口からいきなり物騒な台詞が飛び出て来た!
「待って待って、アリア! それは流石に不味過ぎるよ! 仮にも相手は侯爵家なんだ! 証拠もないのにそんな事をしたら、それこそ僕達が犯罪者にされてしまう!」
『ではこのまま見過ごせと言うんですか!? アインお姉様を利用とする様な下劣な輩を、私は許す事は出来ません!!』
不味い……。
いつもは温厚で大人しいアリアが、ここまで怒った姿は僕も見た事がなかった。
いくらミニサイズでも、この怒気を間近で受けると僕も怖くなってくる……。
すると、アリアの頭に小さな手が置かれた。
その手の主はアインだった。
「ありがとう、アリア。あたしの為にそこまで怒ってくれて。でも、それでも今侯爵に手を出すのはやめて。あたしもあの男は殺したいほど嫌いだけど、でも、あたしの為にあなたやユーマ達が犯罪者になって追われる身なるのは、その方が身を斬られるよりも辛い事なの。だから、今は我慢して。ね」
アインはアリアを優しく撫でて、その小さい体でアリアの顔を抱き寄せた。
『アインお姉様……分かりました……』
「いい子ね」
アインのお陰で、何とかアリアは落ち着いてくれた。
『ユーマ、ごめんなさい。怒りの余り、ユーマ達にご迷惑がかかる事を考慮していませんでした』
アリアは僕に体を向けてペコリと頭を下げて謝罪した。
「いいんだよ、アリア。君の怒りはよく分かる。だから気にしないで」
『そう言って頂けると、救われます』
アリアは僕とアインに撫でられて、気分も落ち着いていった。
「でも、どうするの? あの侯爵、また後日来るって言ってたわよ」
「正直頭が痛いわ……前に、『2度と来ないでください』ってはっきりと言ってやったんだけど、さっきあの通りに来ちゃったし、確実にまた来るわね」
「どうする、ユーマくん? 今度来たらいっその事、あたし達が持ってる、アルビラ王のメダルで追い返しちゃう?」
「メダルって何だ?」
クレイルが聞いてきたので、僕達はアベルクス国王から貰った王家のメダルを出して、これを貰った時の説明をした。
「……成程な。ユーマ達は既にアリア達を利用しようとした奴らから、ちょっかいを出されたことがあって、それで2人の後ろ盾になっていたアルビラ王国の国王が国外でも守れるようにそのメダルを渡したのか」
「ええ。だから、これを使えばコレットさんを守れるんじゃないかしら?」
確かにラティの着眼点はいい。
でも、
「多分だけど、ちょっと厳しいかもしれないな」
「どうして?」
僕は皆に、今ある理由を述べた。
「理由は大きく分けて3つ。1つは、コレットさんは今は僕達のパーティーに入ってるけど、それはあくまで臨時的な事で正式にパーティーを結んでいないからこのメダルが彼女を守る為に機能するか分からない。2つ目は、あの侯爵がハイエルフの貴族にはいい顔をしているいう事は、アルビラ王国にハイエルフの貴族がいた場合、その貴族達に繋がっている可能性があるから、そうなると僕達の素性が知られるのは時間の問題だ。だから、それでもお構いなしに接触してきたら、流石にメダルだけじゃ守り切れる保証はない。まあ、これは下手するとエリアル王国がアルビラ王国に喧嘩売ってると思われるかもしれないから、いくら侯爵でもしてこないと思うけど。そして3つ目は、コレットさんだけじゃなくクレイルもこのメダルを持っていないという事。つまりこのメダルは、所持している僕とラティの後ろ盾という事を証明しているから、クレイルとコレットさんは厳密にはその範囲外だという事なんだ。勿論、僕達のパーティーに所属している以上、一定の効果はあるだろうけど、あの侯爵がその事に気付けばその穴を狙って2人に限定して接触してくる。だから、このメダルの恩恵だけじゃ、コレットさんを守る決定打にはならないんだ」
「そっか……いいアイディアだと思ったんだけど……」
ラティは自分のアイディアに自信があったらしく、それが事実上却下になりしょぼんとしていた。
「皆には悪いけど、今の所は我慢の一択ね。また侯爵が来ても、私が説得して引き取って貰い、ロンドベル国王が彼を失脚させられる決定打が出るまでは、現状維持で行きましょう」
結局、今の僕達にできる事は、今の態勢を保つ事だけだった。
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次回予告
エリアル王国に滞在し2か月が流れたユーマ達は、順調に依頼をこなしていく。
しかし、ある依頼で、不穏な空気が流れる。
次回、迫りくる脅威
8時と10時に、それぞれ幕間を更新します。




