幕間 アリアの軌跡・後編
迷子になったアベルクスを助けてから数週間が経ち、竜神の娘はその後も竜神から色んな魔法や竜神としての能力を学び、身に着けていた。
ある時は肉体から魂を切り離し、その魂を再び己の身体に戻す魂魄系魔法を教わり、またある時は縮小化した状態で本来の肉体時でのブレスを放てる様にしたりと、誕生してからの約20年間で、娘は竜神としての実力や風格を身に着けていた。
だが近日、母の竜神の様子がおかしかった。
1日の間の睡眠している時間が異様に長くなったり、長時間力を振るう事が出来なくなり、更には苦しむ姿を見る様になったのだ。
そして遂に、竜神が倒れる様になった。
『お母様!? 大丈夫ですか!?』
『ええ……最近身体の調子がおかしく、急に意識が飛ぶ事が増えてきました……これはもしや――』
その日を境に、竜神はその場を動かないのが主となり、娘は何とかしようと回復魔法を掛けたり、竜が好物とする果実を始めとする食料を持ってきたが、竜神には全く効果がなく、日に日に衰弱していった。
それから数週間後には、竜神は遂に1日全体で寝ている時間の方が多くなってしまった。
『お母様……』
『そんなに悲しまないでください。もうわかっていると思いますが、私の命はもう間もなく散るでしょう。私は歴代の竜神でも、寿命が最も短い竜神でしょう。ですが、それは自然の摂理。命ある者はいずれその生涯を終える時が訪れます。そして私の命が尽きた時、あなたは次代の竜神となり、この世界に君臨するのです』
唐突に母が間もなく死ぬと告げられ、更に自分はその後を継ぐ事になるとも言われ、娘は頭では自分の存在意義を理解しているが、まだ幼い為感情がその理解に追いついていなかった。
『そんな力……そんな力はまだいりません! いりませんから……どうか……頑張ってお元気でいてください……』
だがそんな娘の励ましもむなしく、竜神の命は寿命というカウントダウンが進む一方だった。
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数日が経ち、竜神は力を振り絞って娘と共にある場所を訪れていた。
その場所とは――歴代の竜神が眠る竜種の、そして竜人族が聖域と崇める地、竜魂の霊山だった。
『お母様!!』
聖域の一帯で、娘の悲鳴が響いた。
到頭竜神が寿命を終える時が訪れ、何時事切れてもおかしくない状態だった。
倒れ伏して動かなくなった竜神に寄り添う娘、この2人の姿を見守る2体の竜の姿があった。
この聖域を守護してきた風竜王と、風竜王の知らせを受け、最も聖域に近いドラグニティ王国の王都に住んでいる雷竜王のドリュスだった。
他の竜王達はそれぞれメビレウス大陸とグランパレス大陸に住んでいる分、駆け付けるのに多少の時間を要する為、現在はこの2体の竜王がいた。
『どうやら……私の命はここまでの様ですね……ですが……愛する娘と共に幸せな日々を送れましたので……私は満足しています……』
『駄目です! 死なないでください! 私を一人ぼっちにしないでください!』
『私が死んでも……あなたは1人ではありません。私の魂は何時までもあなたを見守っています……それに……あなたには自分を支えてくれる存在がいます。そちらの風竜王様にドリュス様……他にも炎竜王様を始めとする竜王様……エリアル王国に行けばコレットさんやアインさん……先日助けたアベルクスという少年だっています。分かりますか、あなたには多くの方との繋がりがあります……その繋がりはこれからもあなたの生きる道の中で増えていきます。それが途絶えない限り……あなたは永遠に1人にはなりません……その繋がりをこれからも大事にしてください』
竜神の遺言に、娘は涙を流す事しか出来なかった。
『そして今こそ、あなたに竜神の力を継承します。その力を受け継いでこそ……竜神の力は永久に不滅なのです』
娘は母が死んだら自分が次期竜神としてやっていくというのは、竜神と修行をしていた時から覚悟してはいた。
だがその時が来るのが余りにも早く、娘は母を失う悲しみに頭が追い付かずにいた。
『お母様……本当にもうお母様と一緒に入られないのですか……? 私は、まだお母様からもっと教わりたいです』
『大丈夫です……あなたはもう竜神としてしっかりとやっていけます……確かに早いですが、これもあなたの運命なのです……あなたはあなたの信じる道を歩み、誇り高い竜神となってください』
母がもうもたないと直感で理解し、娘は悲しみながらも母の思いを汲む事を決意した。
『……分かりました。お母様、私は力を継承してからも、精進を重ねます。そして必ずや、お母様の様な竜神になって見せます。私の理想とする竜神の姿は、お母様の姿なのですから』
そう言われ、竜神は最後の力を振り絞って微笑んだ。
『そう言ってくれて、あなたの母だった事を誇りに思います。それでは、私の竜神の力を今から継承します。私の前に来てください……』
娘はゆっくりと竜神の前に移動し、竜神はそっと巨大な前脚を娘の目の前へと向けた。
その前脚から浮かび上がった金色の魔力が娘の体内へと流し込まれていった。
『この魔力が竜神の力その物。この力を継承し、あなたは晴れて新たな竜神となれます』
そしてその魔力の譲渡による竜神の力が母から娘へと移動するのが、見守っていた2体の竜王にも感じられていた。
『感じる……竜神様の魔力が移っていくのが』
『うん。でも同時に悲しくもある。この聖域を守って来たのがボク達代々の風竜王の使命だったけど、その竜神様の崩御という辛い光景を見るから……』
やがて竜神の力の継承が終わり、竜神の力は全て娘へと流れ込んだ。
『これで、あなたは晴れて竜神と名乗れます……あなたのこれからに、誇りある未来がある事……を――』
そう言い、竜神の意識が途絶え、呼吸、心拍、脈拍、全てが途絶えたのを3人は感じた。
『お母様!?』
『『竜神様!?』』
3人が呼びかけるが、竜神は全く反応しなかった。
『お母様……お母様……お母様……! お母様!!』
悲しみに暮れる娘の叫び声が聖域に響き渡った。
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竜神――先代が亡くなり翌日、新たな竜神となった娘とドリュス、風竜王の3人は一晩掛けて先代の遺体を埋葬し、その上に大岩を積み重ねて墓標を建てた。
やがて2人の竜王の念話を通じて駆け付けた炎竜王を始めとする残りの竜王達も駆けつけ、娘は8体の竜王の前に立ち宣言した。
そこには母の死に悲しむ娘の姿はなく、力を受け継ぎ竜神となった事で気高き姿となっていた。
『私はお母様の跡を継ぎ、新たな竜神となりました。ここに宣言します! 私は必ず、お母様の様な竜神となり、人間と竜族、この2つの種族が誇れる竜神を目指します』
その宣言と共に、8体の竜王達はそれを励ますかの様に雄叫びを上げ、新たな竜神の誕生を祝した。
こうして竜神となった娘は、亡き母の姿を目標とした誇り高き竜神を目指す事となった。
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それからの竜神の生活は、常に先代の姿を追う日々だった。
先代は常に誇り高く、人間にも竜にも力を誇示する事なく、誇り高き竜として振る舞っていた。
その姿を思い出しつつ、竜神は成長と共に大きくなる力を制御しつつ先代の様に力を誇示する様な振る舞いをする事は無かった。
だが自分の力が大きくなる事を感じ、無暗に振るわない様に普段は人間の前に姿を見せる事を控え、時折各竜王の許を訪れて各属性の使い方を教わったり、成長を見て貰ったりしていた。
更に毎年先代の命日が近づくと、竜神は必ずドラグニティ王国に向かいルーカニクス国王と雷竜王ドリュスに挨拶し、竜魂の霊山に向かい先代の墓参りに訪れていた。
そんな日々を過ごしている内に15年の年月が流れ、竜神は10メートル以上の大きさに成長していた。
ある日、竜神がある樹海の中にいた時、竜神はある感覚がしてきた。
『この感覚は……これまでに感じた物とはどれも違います。まるで何か大切な存在が現れた様な感覚……』
その時竜神の記憶に、かつて先代と姉妹の絆で結ばれたティターニアのアインから聞かされた事を思い出した。
その魔物と魔力が適合した者がこの世界に生を受けると、その魔物は直感的にその存在を認知する様になるという事を。
即ち、自分の魔力に適合した人間がたった今生まれたという事だった。
『どうやら生まれて来た様ですね。この私の主となる者が』
だが竜神の中では、自分が人間と適合したという事に全くの抵抗はなく、寧ろ会える日を楽しみにしていた。
『まだ見ぬ主よ、あなた様にお会い出来る日を楽しみにしています』
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それから更に5年後、竜神は先代の命日が訪れ、竜魂の霊山の先代の墓前に来ていた。
既に風竜王に話を付け、竜神は1人先代にこの1年の出来事を報告していた。
『――っと、これで報告は終わります。そして私の主となる者が生まれてもう5年経ちました。私はいつ会えるのかと、この5年間ずっと待ち侘びています』
その時、竜神の足元に金色の魔力で構築された魔法陣が現れた。
『こ……この魔法陣は……どうやら遂に主に会える時が来た様です。お母様、これから私は誇り高き竜神の従魔として、主に仕えてきます。暫くはこの地に来る事は出来なくなると思いますが、いつか必ず主と共にまたここへ来ます。その日を楽しみにしていてください』
そして竜神はその魔法陣によって聖域から転移し、主の許へと旅立ったのだった。
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『――そして今、私は真の竜神となり、あなたと共にいる。ユーマ、あなたと出会え、アリアという素晴らしい名をくださり、私を唯の従魔ではなく1人の家族として接しくださり、本当にありがとうございます。あなたは私の為に本当に尽くしてくれました。ですから今度は、私があなたの力となって尽くす事を、我が竜神の誇りに掛けて誓います。あなたの剣となり、その身を守る盾になります』
アリアは静かに眠るユーマの姿を見てそう誓うのだった。
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次回から本編を再開します。




