第166話 指名依頼
前回のあらすじ
王城で一晩休んだユーマはげっそりとやつれたアリアに驚くも、すぐにスイーツを作ってあげる事でアリアは復活する。
その後ギルドで依頼を受けようとすると、受付嬢から指名依頼が来ている事を知らされる。
指名依頼は、依頼人の立場となる人物がギルドに依頼を出す時、特定の冒険者やパーティーを指名して出す依頼の事だ。
通常の依頼とは異なってクエストボードには提示されず、ギルドが一旦依頼を預かってその冒険者に渡す事で依頼を受注される。
僕達もエリアル王国でロストマジックの修行をしていた時の半年間に、エリアル王国の王都で何回か指名されて受けた事がある。
だがこの指名依頼は、場合によっては出来ない事もあったりする。
それは、冒険者には大きく分けて2種類あるからだ。
1つ目は、お父さん達の様なその街を拠点にして活動する、拠点を定めた冒険者。
また夜明けの風の様に暫く拠点にした後で、また別の拠点を目指す場合もある。
2つ目が、僕達や赤黒の魔竜、マッハストームの様に、常に街から街へと風の様に移動している旅を中心にした冒険者だ。
しかし2つ目の冒険者を指名する場合、その冒険者がその街にいる間にしか出せないのが難点となっている。
……と言っても、ギルドがその冒険者がいる街のギルドに依頼用紙を届ければ、まだ依頼を頼む事は可能と言えば可能なのだが、それだと届くまでに時間が掛かり、最悪依頼用紙が届いた時には既に出発していて何処にいるのかも分からないという場合もある為、結果的に2つ目の場合の冒険者は、自然とその街にいる間しか出来ないという認識になっている。
「でも、その依頼人の商人、よくあたし達がこの街にいるのが分かりましたね。あたし達がこの王都に来たのは昨日だったのに、よくこの広い王都であたし達がいる事が分かりましたね」
ラティの指摘は尤もだった。
僕達がこの王都に到着したのが昨日。
最初にこのギルドに来たけど、すぐに王城に行ったから、それまでの間を考えると既に王都中に僕達がいる事が分かっているという計算になる。
「それに関しましては、皆様の知名度のお陰でしょうか。皆様は先日Sランクになり、その事は全てのギルドに通達されています。そのギルドから吟遊詩人や旅商人へと、様々な方法で情報が回り、今では銀月の翼の噂は世界中に拡散されていると言われても過言ではありません。そして昨日から、銀月の翼がこの王都で目撃されているという噂がありまして、今回の依頼人はその噂を聞きつけたのかもしれません」
それなら確かに辻褄が合うな。
僕達は主にヴォルスガ王国の武闘大会の優勝から始まって、その後のエリアル王国のスタンピードでアリア達EXランクの従魔達の情報と共に世界中に知られるようになった。
だがこの世界には写真とかテレビとかそういうのは無いから、有名人の情報は人から人へと伝わるしかない。
故に顔までは分からないけど、特徴などがあればその人と判別する事は出来る。
僕達の場合は竜神のアリア、グリフォンのクルス、フェンリルのレクス、ティターニアのアインという従魔が最大の特徴になっているから、アリア、レクス、アインの魔物としての種類までは分からなくても、グリフォンのクルスがいれば、消極的に竜と狼と妖精という組み合わせで僕達の事が分かるのだろう。
そして昨日僕達はこの王都をギルドや王城へ行く際に歩いているから、アリア達を見た事で僕達が銀月の翼だと分かり、その噂が街中を駆け回って、今回指名依頼を出した人にも届いたのだろう。
そう納得した所で、僕は受付嬢にその依頼についていくつか質問した。
「指名依頼に関しては、僕達も以前に何度か受けた事がありますが、その度に僕達は確認する事があります。まずは、その依頼人の商人とはどんな人ですか?」
一見すると今の僕の質問は、その依頼人の事を疑っている様にも見えて失礼に思えるが、実際はこれは冒険者にとって必要な事だったりする。
冒険者はギルドという国家とは独立した機関に所属している人だが、中にはそれと同時に貴族や王族などに志願して、ギルドとは別の後見人となる人に仕えて活動する人もいる。
だがそれはあくまでその冒険者の意思を尊重してのギルドの措置であるが、権力者の中には指名依頼などで依頼人を装って接触し、違法的な手段で冒険者を囲って人材面に打撃を与えたという事例も存在している。
それ以来、ギルドはまずその依頼人の身分証明と目的を嘘偽りなく聞き、冒険者にもその事を伝えて受けるか受けないかを決めさせるという暗黙の了解が出来る様になった。
だから僕がその依頼人の事を知ろうとする質問は、全く問題無かったりする。
「その事でしたら、このフロアよりも会議室の方で説明します」
受付嬢に案内され、僕達は会議室の一室へと案内された。
「それでは、この指名依頼の詳細を説明します。まず依頼人のお名前は、マグルス・テルミニアという方で、この王都に構えるテルミニア商会の会頭を務めておられる方です。この王都にいる冒険者なら知らない方はまずいないと思います」
それ程の大物の商人か。
「そして依頼の内容ですが、公にしても問題ないと当人からも了承を得ていますのでお伝えします。内容はある素材の採取です」
素材の採取依頼?
そんなの、普通にギルドの依頼として出せばいいけど、態々僕達を指名したという事は、何かありそうだ。
「素材の採取に、Sランクの私達を指名したという事は、余程危険な『何か』があるという事ね?」
コレットも気付いていた様で、受付嬢に尋ねた。
「はい。最初は普通の採取依頼として出されていましたが、先日その依頼を受けた冒険者が依頼に失敗して、ある証言をしたのです。ギルドもその証言が本当なのかを確かめる為に、調査隊を出して確認を取ったので間違いありませんでした。その採取の対象である素材のある場所に、ヒュドラが出現していたのです」
ヒュドラは爬虫類種の中でもSランクに入る、デビルヴァイパーにも匹敵する危険な魔物だ。
9本の首を持ち、ミスリルをも簡単に腐食させる猛毒を持つ、毒蛇の魔物だ。
しかも、毒蛇の様に牙から毒液を吹き出す事も出来、簡単には討伐出来ない危険な奴だ。
「確かに、そんなヤバい奴がいるなら、Sランクの冒険者を指名するのも当然だな」
「うん。あたし達を指名したのも納得ね」
確かに僕達はSランクの中でも、特に最強と言われるベヒモスを討伐した事がある。
ダルモウス山脈のダンジョンを攻略したという事は、自然とその魔物を討伐したということになり、その事が知られている以上、僕達ならヒュドラを倒して素材を採って来てくれるという判断なのだろう。
「分かりました。では、まずはその依頼人にも会ってきます。そのテルミニア商会の場所を教えてくれませんか?」
僕が尋ねると、受付嬢は傍に会ったファイルから1枚の紙を取り出して、僕達に差し出した。
「こちら、テルミニア商会の場所が記された簡易版の地図です。マグルスさんが、皆さんに渡してくれと用意していまして、私が預かっていました」
僕達は地図を受け取って場所を確認し、その後調査隊が目撃したヒュドラの情報を聞いてからギルドを後にして、一旦テルミニア商会を目指した。
指名依頼を受ける事にはしたが、まだ依頼人からの依頼受注の手続きをしていないからだ。
指名依頼はギルドでの依頼承諾と、依頼人との双方の了承を取っての、2つの手続きが必要になる為、今度は依頼人との手続きをする為に、僕達は地図を頼りにテルミニア商会を目指した。
次回予告
依頼の細かな情報を得る為に、ユーマ達は依頼人の商人の許を訪れる。
その商人から依頼の経緯と詳細を聞かされる。
次回、魔力栓症