第124話 再びデミウル工房へ
前回のあらすじ
無事にダンジョンから帰還したユーマ達は、ギルドで報告するべくそこに向かう。
そこで夜明けの風と合流し、報告の後素材の換金を待つ間彼らと食事をする。
ダンジョンから帰還して翌日、僕達はデミウル工房へ向かっている。
目的はガリアンさんとネルスさんに預けた僕とラティの武器を取りに行く為だ。
道は既に来た時に覚えた為、もうお母さんから貰った地図がなくても行く事が出来る。
「あたし達の装備が、どんな風になったのか楽しみだね」
ラティは帰ってくる自分のエンシェントロッドがどんな風に仕上がってるのかが楽しみで、昨日の夜からワクワクウキウキしていた。
「あれだけのレアな素材で強化を頼んだんだからな。きっと物スゲエ武器に進化していると思うぜ」
「そうね。どの武器にどの素材が使われているのか、私も気になるわね」
クレイルとコレットも、これから帰ってくる白百合や黒薔薇といった僕達の魔剣や魔槍が、どんな風になって帰ってくるのかが楽しみの様だ。
そうして暫く歩く内に、そのデミウル工房が見えてきた。
僕達は工房の前で一旦止まり、声をかけた。
「すみません! 誰かいませんか?」
僕が呼びかけると、工房の奥から1人の男性が現れた。
この工房の親方である、ドワーフのガリアンさんだ。
「おう! お前らか! よく来たな。預かった武器の整備は丁度終わっている。それからラティの嬢ちゃんにも大事な話もあるから、皆中に入りな」
ラティに大事な話?
何だろう。
兎に角ガリアンさんに促され、僕達は工房の中に入った。
中に入ると、そこにガリアンさんの専属錬金術師のネルスさんの姿もあった。
「やあ、皆さん、お待ちしていました」
僕達が全員入った所で、ガリアンさんが口を開いた。
「さて、早速だが、まずはラティの嬢ちゃんに話がある。ネルス」
「はい」
ネルスさんはガリアンさんに頷き、収納魔法から1本の杖を出した。
それはエンシェントロッドだった。
話の流れから見て、ラティので間違いないだろう。
「それは、あたしのエンシェントロッドですよね?」
「そうだ。先日嬢ちゃんから預かったこの杖は、今ネルスによって万全の状態に仕上がっている。だが、最初に預かりお前達が帰った後、ネルスと一緒に状態をチェックした時、正直この杖は溜まっていた疲労によるダメージが深刻な物だった」
「もし、私達の所に持って来なかったら、数ヶ月後には溜まっていた魔力の暴発によって、この杖は完全に砕け散っていたでしょう」
それって、つまりラティの膨大な魔力量によって、エンシェントロッドはやがて壊れていたって事か。
もしかしたら、ラティの固有魔法の貯蔵魔法で溜められていた膨大な魔力が、エンシェントロッドに相当なダメージを蓄積させていたという事かもしれない。
「それって、あたしの魔力に耐えきれなくなっているって事ですか?」
ラティも同じ事を思ったのか、聞いてきた。
「そういう事になる。だが安心しろ。この杖はネルスの手によって溜まっていた疲労も耐久値も、すべて完全な状態に回復している。だが本題は、このまま嬢ちゃんがこの杖を使い続ければ、再び疲労が溜まり、俺達の所にまた持って来ない限りこの杖はやはり同じ運命を辿るという事だ」
「それじゃあ、どうすればいいんですか? あたしの魔力に耐えられる杖は、そのエンシェントロッドと、先日ここで買った元素の杖くらいなんですよ。それらを超える杖なんて、もうないとしか……」
「いや。嬢ちゃんの期待に応えられる杖が、たった1つだけ存在する。それがあれば、もう俺達の所に持って来ていちいち整備する必要もなくなるくらいの代物がな」
ラティの膨大な魔力にも耐えられて、整備をする必要もないくらいの杖……。
「それって……まさか!?」
ガリアンさんは僕の言葉に頷き、予想していたのとほぼ同じの答えを言った。
「そうだ。神器の杖を手に入れる事。それが、今の嬢ちゃんにベストな答えだ」
確かに、神器はダメージを負っても時間経過と共に自己修復されて、元の状態まで修復されるから整備の必要がないという事が、前にガリアンさんから言われている。
だけど、
「でも、神器はダンジョンのドロップアイテムとして手に入るんですよね? この広い世界で、確実に神器を手に入れられるなんて事は、不可能に近いですよ」
今コレットが言った通り、神器はダンジョンの攻略によるドロップアイテムとして出て来るが、そのダンジョンはこの世界の広さから見て、杖の神器をピンポイントで探し当てるなんてのは、まさに雲をつかむような話だ。
「その心配は無い。幸いな事に、その神器の杖があるダンジョンは、既に分かっている」
何ですと!?
「それは本当ですか!?」
「本当だ。だが、そのダンジョンはまだ攻略した者がいない、最高難易度のダンジョン。だが、お前達ならそれが出来るかもしれねえ」
そんなダンジョンがあったのか。
「それで、そのダンジョンは何処なんですか?」
ラティが尋ねると、ガリアンさんの口から驚きの言葉が出てきた。
「ダルモウス山脈のダンジョンだ」
なんと、そのダンジョンはこの首都に来る前に立ち寄り、僕が空間魔法による転移で行ける場所に記憶したダンジョンだった。
「あのダンジョンに神器の杖があるんですか!?」
まさか、あの時攻略を見送ったダンジョンに、神器の杖があるとは思いもよらなかった。
「でも、どうしてそのダンジョンに神器があるって分かるんですか?」
クレイルの質問は尤もだった。
そのダンジョンに神器という最強の武具があるなら、もうとっくに攻略者がいてもおかしくないのに、ガリアンさんによるとまだ攻略した者がいないという。
どうしてだろう。
「実はな、そのダンジョンはこの首都に来る途中に立ち寄る必要があるからか、その情報を持ってやってくる冒険者も多い。そして数十年前、この首都のギルドにそのダンジョンの最下層まで行ってボスの魔物の情報を持って来れた冒険者がいた。その時に、そのダンジョンに神器の杖が眠っているという情報が首都を中心に広がった。それを鍛冶師であるが故に、冒険者と接する機会が多い俺も聞いて知ったのさ」
「成程。でも、その情報が数十年前って事は、今も攻略した者がいないって事ですよね? そのボスがそれだけ強いって事ですか?」
「ああ。そのボスは、恐らく世界中全てのダンジョンのボスでも、間違いなく最強に近い魔物だろうな」
それ程の強さの魔物がボスって……一体どんな奴なんだ……。
「その魔物の名前は何なんですか?」
「ああ。その魔物は、数あるSランクの中でも最もEXランクに近い強さを持つと言われる、『超獣』の異名を持つ魔物、ベヒモスだ」
ベヒモス、それは数ある魔物の中でも屈指のパワーと防御力、そしてスピードを兼ね備えた、極めて強力な力を持った魔物だ。
その体は強い魔法耐性が備わっていて、最上級魔法を数十発も打ち込んでやっと突破できる程と言われている。
またそのパワーだけならEXランクにも匹敵し、アリアによると何代か前の竜神に手傷を負わせた個体もいた程らしい。
1度暴れだすと通った場所は何も残らず、ただ荒れ地だけが残る事から、破壊の限りを尽くす『超獣』の異名が付いた。
そんな魔物がそのダンジョンにボスとして存在するそうだ。
「今までにもその情報を聞いた冒険者が攻略を目指して、数えきれない冒険者が挑戦したが生きて帰って来れた奴は1割にも満たらず、その帰ってきた奴らも大半が冒険者として再起不能になった。そして最後に挑戦した者が出てからこの数十年、ベヒモスを討伐しようと息巻く奴らは殆ど見なくなった。もしかしたら他国にはいるかもしれないが、未だにベヒモスを倒したという噂は流れてない」
成程、話は分かった。
「だけどそのベヒモスを倒さないと、神器の杖は手に入らないんですよね?」
「ああ、そうだ。本来ベヒモスの討伐には、1国の騎士団と冒険者が総出になってやっと討伐できる程のレベルだが、全ての従魔がEXランクの魔物と適合しているお前達なら、もしかしたらやれるかもしれない」
確かに、ベヒモスがどんなに強い魔物でも、そのランクは最上位クラスとはいえSランク。
だけど僕達の従魔は、竜神、特異種のグリフォン、フェンリル、ティターニアと、全てが最強ランクのEXランク。
それに僕、クレイル、コレットは神器を持っていて、僕達全員がロストマジックを使える。
この戦力なら、例え4人と4体だけでもベヒモスに勝てるかもしれない。
しかし問題は……。
「アイン、君達の力でベヒモスに絶対に勝てる保証はある?」
「正直に言って難しいわね。あたしはともかく、アリアとレクスはまだ成長中。その力はまだ完全なEXランクには目覚めていないわ。おそらくどんなに頑張ってもベヒモスと同格と言った所かしら。クルスも同じって所ね」
アリアとレクスは確かにEXランクの竜神とフェンリルだが、あの子達はまだ種族的視点からだとまだ成長中の子供。
だからまだその力は不完全だから、ベヒモスとは五分五分の状態らしい。
クルスもまた特異種とはいえ、元はSランクのグリフォンで、同じSランクでもグリフォンとベヒモスとは格が違う。
魔物にはAやSといったランクがあるが、一口にランクで括ってもその中には一種の序列の様な物がある。
つまり、SランクはSランクでも、中にはAランクに最も近いSランクがいれば、EXランクに最も近いSランクがいるという事だ。
今回の場合だと、クルスの種であるグリフォンはSランク全体だと上の下と言った所で、ベヒモスは上の上という感じだ。
そこにクルスは特異種でランクはEXになるが、それでもEXランクの純粋種の中ではかなり下の方な為、ベヒモスと比べると、ほぼ互角の感じになるという事だ。
だからアインがいないとアリア、レクス、クルスの3体では確実に勝てる保証が出来ないという事だ。
「アインならいけそう?」
「それも難しいわね。分かってると思うけど、あたし達妖精種は魔法での攻撃が中心でその魔法面での攻撃力は随一よ。でも物理面では攻撃、防御共に全く耐性がない。そしてベヒモスは強力な魔法耐性があるから、あたしだけでだとそれを突破する魔法は出せるけど、その分多少の時間がかかる。その間に攻撃されたら、いくらティターニアのあたしでも無事では済まないわ。あいつの攻撃はマジでパワーだけなら十分EXランクにも通用するからね」
やっぱりアインでもベヒモスは相当手を焼く相手の様だな。
でも、今のアインの口振りだと、本当にベヒモスと戦った経験がある様にも聞こえる。
「アイン、あなたまさか、ベヒモスと戦った事があるの?」
コレットも同じ疑問を持ったのか、アインに直接尋ねた。
「ええ、あるわよ」
それにアインはあっさりと答えた。
「「「マジで!?」」」
『本当ですか!? お姉様!?』
僕、ラティ、クレイルは揃って驚愕の声を上げ、アリアもまたアインの所業に驚いていた。
「あたしがコレットと出会う遥か昔、偶然だけど野生のベヒモスと出くわして、戦った事があるの。その時の個体はまだ成熟したばかりの若い個体だったけど、それでもとんでもないパワーと耐久力で、ちょっとでも気を緩めたら例え勝てても手足の1本は持って行かれていた程だったわ。まあもっとも、ちょっと幻惑の鱗粉で惑わせて時間を稼いで、数十発分に収束させた最上級魔法をぶつけたら、1発で仕留められたけど、それだけやらないと魔法で倒すのは難しい相手だったわね。魔物同士の相性もあっただろうけど」
アインにそこまで言わせるなんて、やはりベヒモスは簡単には倒せない相手の様だな。
「それから、ガリアンさんの話から察するに、そのダンジョンにいるベヒモスはまだ討伐されていないという事は、数十年の年月を得てかなりの力を身に着けた個体に成長している可能性があるわ。魔物は年を重ねると強さにも磨きがかかって、より強い個体に成長するの。だからそのベヒモスは年齢などを考えると、もしかしたらEXランクにも匹敵するレベルまで育っている可能性があるわ」
その話を聞く限り、普通の冒険者では最早手に負えないだろうな。
下手をすると、Sランクの冒険者が100人単位で挑んでも勝てないくらいに。
その時、ラティが口を開いた。
「ねえユーマくん、そのダンジョンに挑むのはやめておきましょう。別に、あたしは神器の杖がなくても大丈夫よ。エンシェントロッドと元素の杖を使い分ければ、整備に出す回数を抑える事も出来るかもしれないし、そっちの方がいいわよ」
ラティは僕達が自分の為にベヒモスに挑んで、それで何かあったらの未来を想像し、そうなるなら自分から神器の杖を諦める選択をした様だ。
「だけどな嬢ちゃん、お前さんの魔力はこれからもどんどん成長していく。そしたら、いずれはこれらの杖でもその魔力に耐える事が不可能になって来るんだ」
ガリアンさんの言ってる事が本当だとしたら、今ここで神器の杖を諦めてしまったら、ラティはいずれ使える杖が無くなってしまう。
それなら、まだラティが2つの杖を使えている今がチャンスという事か。
それに、希望がない訳でもない。
「ラティ、ここはそのダンジョンに挑もう。今ここで杖を諦めたら、ラティが使える杖が無くなるのなら、冒険者らしく危険を承知で挑もう。それに、いくらベヒモスでも相手はSランク、まだ人の手で討伐が可能なんだ。これが倒せないEXランクならともかく、可能なSランクならまだ希望がある」
そう、僕の言う希望は、そのベヒモスがまだSランク――かなりギリギリだが人の手で討伐が可能なランクだからだ。
EXランクとSランクの魔物には、決定的な違いがある。
それは討伐記録の有無だ。
EXランクの魔物はアリアの竜神やレクスのフェンリルの様な伝説や物語なんかに出て来るだけではなく、もう1つの特徴として過去に討伐された記録が存在しないというのもある。
EXランクの魔物は神に最も近い能力を持つと言われている為、アインの様な完全な成体だとその強さから討伐するのはまず不可能だからだ。
対してSランクの魔物は、クルスのグリフォンや、以前戦ったべオルフのケルベロスの様な希少な魔物もいれば、ベヒモスの様なEXランクに匹敵する様な強さを持った魔物もいる。
だがそれでも、Sランクの魔物には必ず過去に討伐された公式記録が存在している。
実際ベヒモスも過去に何度か人間、従魔、どちらも多大な犠牲が出ているが討伐に成功した記録が存在している。
つまり、EXランクの魔物は討伐に成功した例がないが、Sランクの魔物は例えEXランクに匹敵する強さを持っていても、過去の歴史を調べれば必ず討伐された記録が見つかる。
そしてベヒモスにも討伐された記録があるから、僕達銀月の翼の全ての力をぶつければ、まだ希望があるという事だ。
僕のこの説明を聞き、ラティも最初は不安がっていたが、やがて決意をした目になった。
「…………分かったわ。ユーマくんの言葉を信じて、あたしも覚悟を決めるわ。クレイルくん、コレットさん、あたしの我儘を聞いてくれる? 一緒にダルモウス山脈のダンジョンに挑んで、ベヒモスを倒して、神器の杖を手に入れる為に手伝ってくれる?」
ラティの言葉に、クレイルもコレットも笑顔で頷いた。
「勿論だぜ! 家族の頼みを聞くのに、理由なんざいらねえよ! 俺でいいなら、喜んで力になるぜ!」
クレイルは左の掌を開いて右手をグーにして打ちながら断言した。
メルクリウスを装備している状態だったから、「ガキン」という金属音が響いた。
「クレイルに言いたい事を言われちゃったけど、勿論私も力になるわ」
コレットもまた、ユグドラシルとアルテミスを持ちながら、ラティへの協力宣言をした。
「ありがとう、ユーマくん。ありがとう、2人共」
ラティは嬉し涙を流しながら、僕達にお礼を告げた。
ここまでお読みくださって、誠にありがとうございます。
「面白い」、「続きが気になる」、「更新頑張れ」と思いました方は、ブクマ、感想、評価してくださると今後の励みになります。
次回予告
ダンジョンへの突入を決意したユーマ達は、準備を済ませるべく他の武器を受け取ろうとする。
ネルスは整備しながら強化されたユーマの武器やラティのエンシェントロッドの説明を行う。
次回、強化された装備
次回は31日に更新します。