中国営業部 編
大学を卒業してD電機に就職、本社宣伝部に配属される。そこで直属上司の係長の汚職事件に巻き込まれ、連座させられ北海同営業部へ左遷になる。一度は落ち込んだが周りの先輩達の支援もありサービス会社設立という仕事に恵まれて、奮闘して社長表彰を受ける。大阪に戻れると期待したが夢に終わる。今度は人事部長から九州行きを命じられた。又しても愕然としながらも課長として福岡へ赴任する。ここでも北海道の経験を活かしてサービス会社設立のプロジェクトチームのリーダーとしてお客様の要望を調査して、設立に大きく貢献する。尚且つ、サービス会社の技術力を挙げて、社会的に信用を得るためにD電機の社内にサービス技術認定制度を導入する。この全社挙げての活性化が功を奏して代理店、チェーン店の多くが参加を望むという波及効果も大きく事業部門、営業所が積極的に支援した。お蔭で彼は2年連続の団体部門社長表彰と同時に個人表彰も受ける。その効果で今度こそは大阪へ戻れると思っていたが、営業統括専務の目に留まり東京に来るように指示された。九州のサービス会社設立を軌道
に乗せるためという理由で一年間の猶予期間を貰ったが、専務は諦めずに東京営業部へ一年後転属させらた。東京営業部で次長という立場で今度はショウルームを設立するプロジェクトチームのリーダーとして過去にないお客様向けのタイプのショウルームを新宿に建設。良く年オープンさせ売り上げも伸ばした。従来からある営業部ビル内のショウルームをルート向けに存続させて、ショウルーム関係者にも感謝された。
そんな折、社長が勇退して、竹中常務が新社長になり、新任常務3名が昇任した。常務の内、後藤経理担当常務が次期社長を狙い動き出した。同じく柴田専務は顧問になり専務職を離れたが、中井人事担当常務を後釜に据えるべく郷田を勧誘して中井派にして、後藤常務側へスパイとして送り込むことに成功した。しかしこれには中国営業部への転勤という郷田にとって高い代償がっ伴った。広島住建営業所の建材販売次長として赴任した郷田は決意を新たにして専務の希望に沿うように恩を返すべく自身に誓うのであった。
6月末に泉所長から声がかかり、所の会議室へ入って行くと中国営業部の澤田部長が一緒であった。泉所長は
「そちらに掛けてください。ことらは澤田営業部長さんです。大阪へ出張されていて昨日帰社されたので、遅くなりましたが紹介をさせて頂きます。部長彼が今度転属になってきた郷田次長です」
「やあ、澤田です。今後ともよろしくお願いします。」
「郷田と申します。広島は初めてですので、よろしくお引き回し下さい」
「今日呼んだのは、部長から話があるからです」
「では、あまり時間がないので、単刀直入に言います。郷田次長、貴方を7月1日付で新設の広島建材営業所の所長に任命します。勿論事業場の部長職です」
「ええ!そんな突然にですか。嬉しいですが、自信がありませんが。どういうことなのでしょうか。建材販売も、所長職もこちらへ来て初めて聞きましたので、教えてくださいませんか」
「私も、泉君も昨日常務から聞かされて正直驚いているよ。君が不信ならば中井常務に問い合わせて見なさい」
「不信なんて、とんでもないです。喜んでお引き受けします。ただ、泉所長には今後何かとお教えくだい」
「吉川君が嫌みを言うかもしれんが、気にしないでください。サラーリーマンの避けられない運命ですから
ただまあ、年長者に対する礼儀は忘れずに接してください」
「それともう一つ、営業部長として特命をお願いします。」
「はい、私で可能ならばご期待に添うように頑張ります」
「今度広島市役所の観光課から厳島神社の付近の景観を見直したいので、我が社に協力依頼が来てね。そこで広島営業所の内、何名かをプロジェクトチームに参加させるようにとの中井常務の提案で、君にも参画して欲しい。他には住設の吉川君と照明営業所の赤司所長の3名だよ。宜しくね詳しいことは赤司君が先方と先に打ち合わせているから、聞いてくれたまえ」
「はい、分かりました。ところで私は何処に席を移せば良いでしょうか?」
「それは、新営業所を住設営業所の隣に設置するから、30日に引っ越してくれ。それと部下は今の6名を付けるから宜しく。君の部下には君から説明してください」
話が終了して席へ戻ると、吉川次長が待っていた。
「おめでとうございます。これからも宜しくお願いします」
「こちらが先に言わなけれなければならないのに。宜しくお願いします」
[ところで、今回の広島市の件はお聞きになられましたか。私は今聞きましたところでので、これから赤司さんの所へ行こうと思っているのですがご一緒しませんか。」
「私もご挨拶がてらに話を聞きに行くところでした。丁度いい機会ですのでご一緒させてください」
という訳で二人は赤司所長のもとへ向かった。途中吉川は今の職場が10年目で45歳と自己紹介した。郷田も簡単に経歴を話した。そうしているうちに赤司所長の席まで来ていた。
「やあ、吉川さん久しぶりですね。そちらの方はもしかして郷田新所長さんですか?」
「ええ、赤司さんこちらは今度建材所営業所長になられる郷田さんです。広島市の件があり久しぶりに話を聞きに来る途中でお会いしたものだから、一緒させてもらいました。」
「丁度良かった。今から行こうと思ってました。さあどうぞ会議室へ」
「昨日市長さんから呼ばれましてね、市役所で話を伺いましたがこれは私一人ではとても手に負えないなと
思って、部長に相談したという訳です。先方の希望は厳島神社と能舞台を世界遺産に相応しい景観にしたい、ということです。そこであの周辺の公園や鹿の散歩道など付近の設備も総合的に提案しなければならないだろうと考えたわけです。」
「それで納期とかスケジュールはどんな具合ですか」と郷田が訊ねた。
「一応今年の夏休み中、遅くともお盆休みまでに完成させたいとの意向です。」
「いやあ、それは大変ですね。日程が余りにも少ないですね。そうでしょう郷田さん」
「ええ、吉川さんの仰る通りです。」
「そこを何とかしなければならない訳です。一つ協力してください。」
「私たちが共同でプロジェクトを組んで。、先方は入札はどう考えているんですか?」
「その件は心配いらないそうです。世界遺産プロジェクトチームを市と県で組んでその中に我々が入ることのようです。従って発注はD電機が一括して請け負うことに市、県議会とも了承しているようです。」
「その件は良いとしてやはり日程ですね。私はプレゼンまでは何とか出来るとしても、問題は施工期間が有るんでしょうか。また施工業者は大丈夫でしょうかね」
「郷田さんの言われる通り難しいが、何とかさせるより手はないでしょう。とにかくこの3人でプレゼンテーションまでを如何に早く実施できるかですよ。ね吉川さん」
「当営業所としては、多分施工部分は少ないのではないかと思うので何とかなるかもしれませんが。問題はプレゼンを何を目玉に考えるかでしょうね」
「私も吉川さんの意見に賛成ですが、今回の場合の中心はやはり照明でしょう。多分ライトアップされた厳島神社とその周辺がクローズアップされることになるでしょう。だからこそ市も照明ならD電機へと思い話を持ち掛けてきたと思いますよ。だから赤司さんのところで日程的に大丈夫であれば行けるんでしょうがね」
「なんとか施工はなりますが、プレゼン資料まで間に合うかなんです。それで郷田さんに力を貸して頂きたい。広告代理店に依頼してその道のプロを呼んで貰えないだろうか?」
「そういうことですか。それなら東京から至急呼んで相談しましょう。」
ということで郷田の出番がやって来た。郷田は席に戻るとすぐに大通の吉村に電話して用件を伝えた。吉村は喜んで東京本社に手配して7月1日の10時にはスタッフ一同を集合させる旨電話で応じた。7月1日を向かえた、郷田の忙しい日が始まった。朝早くからえいぎょう部の朝会に出て営業部長より昇格者が全員発表され、郷田も新設の広島建材営業所の所長に昇任したことを全営業部部員に紹介された。郷田が住設営業所から建材へ変わった部下を紹介した。事務所へ戻って部下全員に挨拶をしてセレモニーは終わった。
榊と金田が代表して祝辞を述べた。その後所員全員と会議室で打ち合わせをした。各自の自己紹介は既に建材課次長の時に聞いているので各自の新規営業所での所信を聞いた。郷田は昨日営業部長から支持された特命の内容と赤司所長との打ち合わせの内容を話して、何かは質問はないかを尋ねた。榊課長が通常業務との兼ね合いについてどの程度にすればよ良いのかと質問をした。郷田は
「良い質問ですが、私も急な話なので正直分かりませんが、皆さんの負担が増えることは出来るだけ避けたいと思っています。従って専任する必要は私だけで結構と思います。但しお手伝いで私が頼むことがあると思いますので、榊さんと金田さんに私の補助役この後で皆と話し合っを2名選んでいただき報告してください。但しくれぐれも現在担当している仕事に支障が無いように願います。では、宜しくお願いします。」
この会議後郷田は10時から大通の吉村が一緒に連れてきたメンバーと会議室へ籠った。その会議室で一応の紹介が終わり、今度の厳島神社の景観をアップさせることの市からの依頼内容とプレゼンテーション迄の日程を大まかに話した。プレゼンテーション資料は7月5日に提出するように要請した。そこへ赤司所長と
吉川次長が入って来た。郷田が二人を改めて紹介し、大通側は吉村が紹介した。経過を吉村が二人に説明してないか追加がないかを確認した。特に何もなく会議が進行した。大通のプロヂューサー有田から総コストへの質問があった。南主任デレクターからは日程がタイト過ぎるのでもう少し何とかならないかとの要望が
あった。赤司所長が費用はそちらの案を素直に見積もって欲しいと回答。また、デレクターの要望について
郷田が「日程が厳しいのは良くわかている積りです。だからこそ大通さんにお願いしたのですが、もしどうしても厳しいと言われるのであれば、競合して貰うしかないが、吉村さん大通に声をかけた私に恥をかかせないで欲しいな。」言い放った。吉村が慌てて
「すいません。そのようなことはありません。当社の社長の方からもお礼を申し上げるように言われております。まして日程に関しては社長が間に合せられるメンバー優秀なメンバー選抜するように言われております。先ほどの失礼な要望はなかったことにお願いします。南くん君は帰京してくれ。後は有田君と君の上司の常務と話すようにするから。」南の顔色が変わって直ぐに郷田に謝罪した。郷田は事情が分かって貰えればそれで良いのですと微笑みながら応えた。その場の緊張が解けて和やかな雰囲気に返った。その後は話し合いが夕刻まで続き、7時に終了した。吉村が郷田に3人を夕食に招待したいと申し出があったが、郷田は断った。赤司が、この機会に腹を割って皆と歓談するのも良いのではと取り持ったので、郷田としても断り切れずに従うことにした。営業部ビル近くの料亭で食事をすることになった。食事中に吉村が郷田の隣の席に来て「先ほどは本当にすいませんでした。必ず間に合わせて見せますから、許してください。それから社長から今回の件は当社を信頼して頂いているからお話を頂いたのだから何としても予算と日程は合わせなさいと命令をされてますので、ご安心ください」。横で聞いていた赤司所長が
「流石に郷田さんは大したものですな。天下の大通相手にそこ迄の信頼があるとは御見それしましたよ」
「何を仰るんですか。皮肉は止してください。自分は今度の仕事は赤司所長の為に頑張らねばと思っているだけなのに!気分が悪いですね」、そこへ吉川次長が取りなしに入って
「赤司さんも郷田さんが所長として初めての仕事のパートナーに気を使っていることは良くお判りでしょう言い過ぎですよ」
「いやあ、私はそんなつもりで言ってません。本当に大したもんだ。自分もサラリーマンの一人としてお付き合いいただく、先方の社長にそう言われる人間でいたいと思て言っただけです。他意はありません。失礼しました」
「赤司所長に自分の気持ちが若手頂けてとても嬉しいです。有難うございます」、すると吉川が間に入って
「まあまあ、その辺にして乾杯しましょう。厳島神社に乾杯!」と締め括った。その夜はそのあと解散して別れた。翌日から5日まで郷田は会議室に赤司所長、吉川次長と大通のメンバーと詰め切りになった。途中で榊が会議室へ加賀と原の2名を連れてきて紹介して、何か手伝わねばならない場合は彼らに言いつけて欲しいと伝えた。再び作業が続けられ、5日の夜10時にようやくプレゼンテーション資料が整った。市長に連絡を取りプレゼンの準備が出来たのでアポイントのお願いをすると、意外なことに市長からは「市議会が7日から始まるので当日議会で説明して欲しい」とのことだった。議会の特別委員会が12時に始まるので冒頭に主旨を市長が説明するので引き続きプレゼンテーションを行って欲しいとのことだったので、資料を
100セット準備して当日10時に営業部ビルの受付へ集合して、タクシーで分散して市役所へ11時に着いた。市長秘書が出迎え会議室へ案内された。既に昼食の仕出しがテーブルに準備されており、秘書が「先に召し上がって下さいとの、市長からの伝言です。委員会へは1時10分前にご案内に参ります」と言って
出て行った。急いで仕出しを片づけると、ほどなく秘書が現れて委員会会場へ案内した。委員会は50人程の議員と関係者が30人程いて満員であった。市長の主旨説明の後、代表として赤司所長が参加者の紹介を簡単にして、引き続き郷田がプレゼンテーションを始めた。プレゼンテーションの主な点は厳島神社のライトアップと周辺公園の整備とライトアップ地点の紹介及び夜間の営業時間の告知5時以降10時迄として周辺の土産物店の協力と改築及びその費用の助成が必要となることを訴えた。また、鹿も見物客へのサービスとして9時迄は公園内に管理放置すべきである旨付け加えた。ザっと1時間ほどでスクリーンとパソコンを
使い説明を終えた。その後質疑が行われたが費用に関することが大半で、主旨及びプレゼンの内容についてはほぼ全員が賛同して反対もなく終えた。費用は予算額が10億で集客がもたらす経済効果が直接には7から10億周辺への波及効果を入れると100億と答えた。償還期間は5年と見積った。議員から一部議員からは福祉にもっと税金を使うべきではないかという意見があったが、日程に関係で賛否を問いたいとの市長の要請で決議し、賛成多数で了承された。市議会場を出て会議室で市長と暫し懇談をした。市長から「今晩は皆さんを慰労したいので、一晩残って欲しいと言われて代表して赤司所長が分かりましたと応答した。吉村は遠慮したが、郷田が引き留めたので全員がもう一晩宿泊することに決まった。場所は広電ホテルの大広間で開催された。営業部長も参加して宴会費の負担を市長にお願いした。結果半分は市役所が、半分をD電機の負担ということで落ち着いた。その夜は郷田も珍しく酔って、加賀に寮迄送ってもらった。あくる日吉村が朝一番に訊ねてきて東京へ帰る挨拶をした。その際に費用の話をすると吉村が100万円と言う金額を提示したので、「そんな、低い金額では儲からないどころか赤字ではないか」、と問いただすと吉村は
「これからも長い付き合いをして頂くためです。そんなに気にしないでください。社長が前の専務さんから郷田さんのことをよろしく頼むと言われたらしいです。だから、一生懸命バックアップしますので、これからも用事があれば呼んでください」と言って帰って行った。
8月15日のオープンが決まり、市役所職員と関係者によるレセプションがマスコミ関係者を招いて10日に厳島神社の神主による祝詞で始まった。D電機も社長以下幹部が参加した。市民の代表も招待され賑やかなレセプションが終わった。ただこのレセプションの時に問題になったのが、オープン当日の島への運搬手段である。郷田は市の助役と手分けして輸送方法を検討していた。あらゆる市民、企業に協力を要請した。
招待客を優先せざるを得ないことなどを、県民、市民に理解してもらいオープン初日から3日間は入れないことが予想されるため、事前申し込みにより4日目以降の整理券を抽選にて発行するとした。インターネット又はハガキでの応募を受け付けるとして、地元の新聞、テレビへ広告を出し告知した。
それでも他府県のお客様用にも同内容で7日目(8月16日)以降の来島をお願いするために、全国版の新聞広告への掲載とテレビ広告を放送した。それでも広島は6日が原爆記念日でその後でのオープンの為、
観光客だけでなく原爆被災者の関係者も多く、混雑が予想されるため、島に渡るフェリーを増便するように
、特別に臨時のフェリーや観光船、漁船の協力で何とか運べるのかと試算していたが、結果的にはそれでも積み残しが毎日1万人以上出て、迷惑を掛けることになった。1か月が過ぎても観光客の足並みが引かずに市長がマスコミを通じて陳謝することが続いた。旅館、ホテルもダブルブッキングが多く出て,土産物店も品切れが沢山出て、広島市は景気のカンフル剤には成功したが、評判は下げたのではないかと戦々恐々と3か月を過ごした。11月になってライトアップが無くなり、人手がめっきり少なくなって、やれやれと市長が思わず本音でため息をついた。その年の暮れに市役所から赤司所長に厳島神社の景観をアップさせる会の反省会への招集があった。赤司は来年の1月15日付で大阪の本社施設照明事業部の副事業部長に昇格することが内示されており、郷田に参画を依頼してきた。郷田は同じく本社の広島住設営業所の所長に昇格している吉川に相談した。
「郷田さんが一番の功労者だから参加することが一番いい。私も一緒に参加しても良いですけど。」といってくれた。
「吉川さんがそう言って下さるなら、私が赤司さんの代理として参加してきます。任せてください」
それから年末までが慌ただしく過ぎて、反省会の当日がやって来た。郷田は榊を連れて参加した。榊は12月に次長に昇格しており、郷田としてはこの次の夏のライトアップ時期の景観検討会は任せたいと思っていた為、顔つなぎと引継ぎを兼ねて連れて行った。榊は嫌がったが郷田は「仕事を引き継がないなら君が所長役を引き受けてくれ」半ば脅して承知させた。反省会の会場である市役所の中会議室へ案内されて行くと市長と助役二人と観光局長他に3名がいた。互いに挨拶を交わした後、初顔同士を紹介させて会議が始まった。冒頭から今年の混雑状況への対応不足の反省が顔色に出て、議会の責任追及を来年は何としてでも受けないようにしたいと物語っていた。郷田は入室して席に着くや榊を紹介して今年は彼が担当するもね紹介した。市長が
「それは困ります。榊さんがどうのと言うことでなしに郷田さんが取り仕切ってくれると期待していたのに梯子をいきなり外された感じですね」
「いえ、市長さんその件はD電機として責任をもって任せて頂きますのでご安心ください。私は後方支援で榊が全面でお世話させて頂くというだけですから。決して知らん顔するものではなく責任は私がとりますから。それと今回の反省会に当たって私どもの反省をお聞き頂けますか。提案書を持ってきましたので先に資料を配布してから説明したいと思いますが。榊から説明させますが宜しいでしょうか」と言って郷田は榊次長に目配せした。榊は全員に資料を配り、挨拶をしてから、発表を始めた。発表の内容は1、期間、2、輸送の2点であった。期間は今年はライトアップを5月の連休から行う、即ち毎年行うフラワーフエステバルに併せることでお客を分散させる。厳島神社への集中を避けるスタートを切る。最後は11月末まで行い紅葉の季節を楽しんでもらい神社以外への誘導策を検討し集中を避ける。此の事により3つの山が出来る1フラワーフエステバル、2、原爆記念日からお盆、3紅葉の季節。従って当然集客人数の増加と分散が出来る。2の島への輸送手段は集中予想日は昨年並みの手段にプラス他社フェリーの乗り入れを許可し、小型飛行機とヘリコプターで着陸できるスペースもロープウェイ山頂付近つくる。以上の点を追加して昨年の混雑による混乱をなくす。と言うもであった。費用は掛かるが市として責任上この投資は致し方無いものと判断して欲しい。勿論期間の延長による集客数の伸びで十分にペイできるものである。この提案後質疑したが全員が一致して賛成し反省会は無事終了した。反省会に大いに満足した市長が夕刻に別の飲席を用意しているので来て欲しいとの申し入れがあった。市内紙屋町にある料亭で少人数ながら決起集会的に開催された。市長が挨拶をして開始された宴会の席で、助役の一人が郷田に広島以外の地域への栄転の噂が飛んでいるようですがと郷田に訊ねた。
「それはデマでしょう。私には内示もありません。もしあっても断ります。何せ厳島神社の景観アップの効果をこの目で確認するまでここを去ることはできませんから」
「それは何年ぐらいかかるとお考えですか?」
「そうですね。最低3年長ければ5年はかかると思います。安心してください。市長とも約束していますから。ただ、厳島神社の景観アップ効果がD電機に全国的に波及して各地でライトアップの要望が多数出ていて有難いことに当社へのご指名が多くあり、赤司前所長が施設照明の副事業部長として休む暇なく飛びまくていますが、私にも住設建材関係の設備に関してライトアップと同様に施設の見直しをしたいと依頼が多く来ています。本来なら大阪の事業部に任せておけば良いのですが、自治体からのご指名があったりしますので私が行かざるを得ない物件も出てきますので、広島を留守にすることも多くなりご迷惑をお掛けしたくないのでこの度榊を次長にして専任で当たらせることにした次第です。ご了承、ご協力ください」
「分かりました。こちらこそ郷田さんの思慮深さにお礼を申し上げねばなりません。どうぞ、こちらのことは榊次長さんに任せて安心して全国でご活躍ください。期待しています」
宴会は9時に打ち上げられ、その後2件ほど回って解散になった。帰りのタクシーの中で榊が
「本日はありがとうございました。今日の出席で少しですが、自分でも所長の変わりが務まりそうな気がしてきました。どうぞご祈念なく、全国を飛び回ってください。ただ、私としてはもう一つだけお願いがあります」
「金田君のことかね?」
「ええ、わかっておられたのですか。参りましたね。所長は噂通りに鋭い人ですね」
「そんな噂は信じないほうがいいね。僕は凡人だよ。ただ君が金田君に遠慮しているなあと思て言えただけさ。今度2月1日付で金田次長と杉山、室田両名の課長の承認の辞令が下りるはずだよ。常務が内示をしても良いと昨日返事を頂いたからね」
「ええ!もうそんなに早く手配りしておられたのですか。気配り、目配り、手配りの3配の出来る見本みたいな方なのですね。私も大いに見習いますので、見捨てずに今後ともご指導ください」
「冗談じゃないよ。自分一人でも持て余してしまうのに、止してくれよ」と、二人が同時に笑い出した。
タクシーを寮の前で降りて郷田は「おやすみ」と言って入って行った。
翌朝、金田課長、杉山、室田両主任を会議室へ呼び内示を告げた。3人は感謝を表して会議室を出て行った
直ぐに榊が入って来た。目に薄っすら涙が光っていた。自分だけが昇格して余程周りに気を使っていたのだろう。自分より10歳上の榊、8歳上の金田、1歳下の杉山と室田それぞれに思いがあるのだろうが、今更ながらに自分の恵まれている点が何故か不思議であった。あんなに宣伝部での盛田との出会いを恨んだのに今はそれが逆に自分の運の強さを表すとは本当に人生って分からないものだ。郷田はそんな自分の運命を考えながら親や兄弟は勿論、友人、会社の同士皆に感謝していた。自分の席に戻ると電話があった。直ぐに出ると黒田からだった。用件は中国営業部の総務の黒井課長が黒田の腹心の元部下で今度郷田との連絡係に決まったので挨拶に行くように言ってあるとの事だった。ついでに今回後藤常務が全社の総務総括担当になった。従って経理と庶務、総務の関係は常務が担当し自分も今度庶務部長となると連絡してきた。郷田は祝いの言葉を述べてから電話を切った。暫くして総務の黒井がやって来た。
「所長にはお初にお目にかかります。黒田さんからお聞きと思いますが、常務との連絡係を自分にするように言われました」
「ええ、たった今お聞きました。今後はよろしくお願いします。ところで、もともとそう言う内定係の仕事もして来ていたのですか」
「はい、黒田さんに就職をお世話になり入社依頼指示を受けてきました。」
「お好きなのですか。こう言う仕事が。なかなか大変でしょうに苦労されますね」
「好きだなんて、飛んでもない。所長は自分の事を馬鹿だなあ、とお思いでしょうね。でも自分のような才能のない人間はこれしか生きる道が思い浮かばないんです。どうぞ私でお役にたてればいつでも御用をお申し付けください」
「なるほど、それを逐一黒田さんに報告するわけですね。なかなか怖い役柄ですね」
「そんなことは致しません。所長が私を信じてくれればですが」
「俄には信じがたいですが、少し様子を伺いましょう。じゃ用件は分かりましたから行ってください」
黒井が出て行った後、郷田は早速中井常務に連絡を取り黒井の件を伝えた。
暫くして、人事部の岡部と言う課長から連絡が入り、用件は分かりましたと返事があり
「私が今後は常務の連絡係を仰せつかりました給与課長の岡部です。宜しくお願いします。それから今回常務からの伝言があります。黒井君は上手に使うように。も一人の黒はどうやら失脚したようです。今度左遷のようです。気にしないで今まで通りの対応をお願いします。以上です。ではこの辺で」
「ちょっと待ってください。貴方の内線番号を教えてください」
「失礼しました。内線は本社人事部の2777です。よろしいでしょうか」
「ありがとう。じゃまたいずれ」と電話を切った。直ぐに本社人事に電話をした。女子社員が出て「人事部給与課です。」「岡山課長さんお願いします。」「当部には岡山はいませんが、岡部の間違いではないでしょうか」「岡山さんて聞いたんだけどね。岡部さんて人は給与課かね。私は中国営業部の総務課長の黒井でんわをですが」「岡部は給与課長ですが」「失礼しました、掛け間違ったようです。ごめんなさい」と電話を切った。神経質かなあと自分でも可笑しくなった。春が真っ盛りのゴールデンウイークが明日から始まる季節が来た。広島市役所はドタバタと忙しく動きまくっている人ばかりで落ち着かなかった。そんな中、市長は市内を巡回に出発した。フラワーフエステバルのメイン会場からい厳島神社へ2時間を掛けて視察をして市庁舎へ帰ってきた。秘書がお客様がお見えですと言いに来たので応接室へ急いだ。中には大通の吉村
が座っていた。その横に女性がいた。吉村が挨拶もそこそこに、その女性を紹介した。
「ご無沙汰しております。紹介させていただきます。こちらは景観照明アドバイザー浅野光子先生です」
名刺を市長と交換して吉村が続けた。「実は前から郷田さんから昨年来ライトアップのレベルを上げたいので検討するように依頼されていましたので昨年全米であった照明デザイン協会の金賞を取られた浅野先生にお話ししたところ、快くお引き受け下さるとのことですたので、郷田さんに先日電話したところ、市長に紹介して返事をもらって欲しいとのことでしたので、お連れしました」
「そうですか、郷田さんが言うのなら、必要なのでしょう。そうだ今から会場へ行きますか。そこで変えるところをご指摘して頂きましょうか」
「いいえ、すいません。私は昨年も来て見ていますし、今年も昨日会場の状況を見てきました。だから今日は市長さんさえ良ければ変更点のスケッチを描いて来ましたので見て頂いて良ければ3晩程いただいてお客様が居ない午後10から明け方の作業で片づけますが、如何でしょうか」
「なんと手早いですなあ。では拝見させてください」こちらのスケッチブックですがと市長に提示し一部説明を補足した。市長はあまりの素晴らしさに驚いて、直ぐにかかって欲しいと依頼した。直ぐに郷田へ電話した。郷田に礼を言い予算的にどうかと問うた。郷田は
「本来なら自分がお伺いせねばならないのですが、今日から北海道の北海道で緊急の仕事が入って、行けなくなり吉村君に頼みました。お許しください。予算の件はお任せください」と言う返事だった。
市長は助役を呼び今から浅野先生をライトアップの現場にご案内して指示を受けるようにとの指示であった。今年も昨年以上の盛況さでフラワーフエステバルが終わり厳島神社の景観ライトアップも大勢の人出であった。特に今年から浅野光子のデザインが加わるとマスコミが取り上げたので余計に昨年より人出が増え運搬の手配が大変であった。榊が孤軍奮闘して船会社と掛け合い何とか今年も無事乗り切った。秋風が吹き11月末に紅葉の季節も終わり短いような長い超多忙期も終わり、今年の成績がほぼ出た時期に市長の提案で打ち上げが広電ホテルの新館大広間でおこなわれた。ゲストに浅野光子が招かれ主賓として。D電機の竹中社長が招かれた。そこで過去2年間の成果が発表された。集客数は1000万人、経済効果は5000億円超であった。市の職員も鼻高々良い酒を飲み気分は最高の時を迎えた。突然D電機の竹中が挨拶に立ちお祝いを述べた。更に
「此度の殊勲は市役所の職員の方々と浅野先生、株式会社大通の方々でしょう。おめでとうございます。そこで皆様には少し残念なお知らせをしなければなりません。2年間お手つだいをさせて頂いた弊社の郷田を本社へ移動させねばならなくなりました。私どももつらい決断ですがどうぞ今後ともにご贔屓ください。後任は郷田が育てた榊にやらせます。新所長もよろしくおねがいします」
挨拶が終わると会場がざわつき始めた、何故替えるんだ、何か失敗があったのか、まだ替えないで等の怒号が起こり慌てて市長が壇上にあがり「馬鹿者!勝手なこと言うな。郷田さんが困っているのが分からんのか
君たちが本当に世話になった、厳島の今日の盛況は郷田さんのお蔭だと思うならば、喜んで彼を送り出してあげるべきではないか?」会場の何処かしこから拍手が鳴り始め大きく成りなかなか鳴りやまなくなった。
助役が大きな声で郷田さんの今後のご活躍とご栄転に乾杯!と叫ぶと会場の隅から隅まで乾杯が一斉に鳴り響いた。郷田は竹中社長に促され前に出て挨拶をしたが、途中から涙が出て続けられなくなった。役所の若い者が中心に胴上げがはじまった。その後も盛り上がり続けられた。皆が2次会に誘う中、郷田は断って一人会場を後にした。何かしら恥ずかしくて、照れくさくて一人になりたかった。後ろから誰かが声をかけてきた。振り返ると社長だった。」
「どうだ、私と少し付き合わんかな」
「勿論、ご一緒させて頂きますが、お一人ですか?」
「一人だから誘ったんだよ。迷惑かい」
「とんでもございません。私で良ければ喜んで」
「今日は君と二人きりで話がしたくてね。何処でもいいから案内してくれないか」
「分かりました。タクシーで少し静かなバーラウンジ委でも行きましょうか」
「良いね
二人は郊外のロイヤルホテルのバーラウンジへ行った。
先ずカクテルで乾杯をした後、社長が唐突に
「君が羨ましいよ」
「ええ!ご冗談でしょう。社長から言われるほどの人間じゃないですよ」
「いや、君にはどうやら人を引き付ける魅力があるようだ。今日の打ち上げも、昨年も君を見ていて私が正直に言って感心したことだよ、だからチョッピリ悔しくて辞令を断りもなく言った訳さ。許してくれるかね
誰もまだ知らないよ。だから何も言わずに済ませばそれで終わるかも知れない。どうだいどっちが良いかね君の気持を聞かせてくれるか?」
「正直に言って良いですか、・・・・・・私としては気分が悪いです。試しておられるとは残念です。しかし答えはノーです。そんなつまらない理由で異動したくはないです」
「随分ハッキリ言うね。気に入ったよ。君はこれから何をしたいのかい」
「私はこの会社に入るまで取り敢えず就職できれば良いと思っていましたが、汚職の寝れ衣を着せられて左遷されてから考えが変わりました。この会社を本当の意味での超一流企業にしたいと思てます。その為なら何でもやります。但し法に触れない範囲でなら」
「そうかい。それの経過として次期社長を中井君にしたいと言う訳なんだね。」
「いいえ、それは違います。中井さんなら私が理想とする会社を作ってくれると信じたからです。その会社が出来れば私は辞職します」
「君は将来の社長候補として中井君に約束してもらっているから、一生懸命にスパイ活動をやっているんじゃなかったのか?僕の聞いた噂ではそのようだがね」
「ええ!そんな噂が社長の耳に届いてるということは敵にも入っているということですか。」
「さあ、それは分からないが。後藤君はそんなに甘くはないと思うよ」
「私はこれで失礼します」
「急にどうしたんだね。慌てて今から中井君に知らせたら君は終わりだよ。中井君は君の言うように人としては信用できるが、自分を犠牲にしてまでも君に肩入れするほど愚かではない。君は私に師事すべきだと思うけどね。なぜなら、君の考えは私の考えと変わらないからだよ。信じるかね?」
「俄に信じがたい話ですが、社長は次期政権をどちらに委ねますか?それに寄って私の師事の件も変わります。」
「ほう、言うじゃないか。良いだろうここまで話したのだから正直に言おうか。私は中井君の意見に賛成だが、長期政権は中井君じゃなく君に委ねるべきだと考えている」
「そんな買いかぶって頂いては自分が恥ずかしいです。自分にはこの会社を経営するだけの才能がありませんから。もっと若くて社長の秘書の方たちからお選びください。」
「だから、今すぐに君に社長をとは言ってないよ。飽くまでも中井常務の後釜だよ。その間に君は勉強するんだ。帝王学をね。分かったかい、今日はこれ位にしておこう今度からは秘書通じて必要な時には連絡させ
るし、君連絡したい時には内線で掛けてきてくれ。お互いに性名の名前で呼び合おう、私は幸一だからね」
「良くわかりましたが、今回の異動の件はどうされるつもりですか」
「勿論、予定通りに実行するつもりだよ。君は今年の6月に東北営業部長として栄転しなさい」
「内示を受けました。ではこれで失礼します。では又」
「しっかり勉強しなさい。元気で身体は壊さないように気を付けなさい。では又」
このあとすぐ二人は別れて帰った。翌朝寮を出る前に寮父さんから伝言メモを渡された。それには黒田庶務部長が一度連絡されたしとの内容であった。出社して直ぐに本社庶務部に電話した。黒田が出て
「おはよう、昨日はご機嫌だったね。感動したろうが、常務と私のことは忘れないで欲しいね」
「おはようございます、先輩。一体何を言っておられるのですか。お二人を忘れるはずないでしょう。先輩それよりこの度はおめでとうございます。昇進されて良かったですね。本社の部長さんですものね」
「何が本社部長だ!面白くもない。そんなことより常務に報告すべきことはないのかね」
「とくにはございませんが、何か」
「良い加減にしないか。社長が昨日の宴会に出席したと報告が入っているんだ。常務が怒っているんだ。誰に聞いたと思うか。中井常務からだ。君は何をやっているんだ!って怒られたよ。報告は君が私にすべきことだろう。そういう約束だったはずだ」
「それはすいません。私は中井常務のことを報告すれば良いとばかり思っていましたので」
「違うだろう。君の周囲で起こった幹部の動静は今後逐一報告したまえ。わかったな」
と黒田は怒って電話を切った。郷田はニヤリとしてから、彼らの情報網の広さに驚いていた。
郷田は営業部長の席に行き昨日の社長の話を伝えた。
「人事の中井常務から内の人事を通して内示については昨日聞いた。ご苦労様ですが、君にとっても良い話だと思うので賛同しておいた。中国営業部としては痛手だが勝ってばかり言ってられないからね。でも広島市長にどう説明するか少しばかり頭が痛いよ」
「その件は自分で話させてくれませんか。市長を説得して見せますから。」
「そうか、じゃ君に一人しょう。早速だから今から一緒に訪問しょう、いいかい」
「出は参りましょうか。市役所に向かえばいです良いですか。」
「ああ、さっき電話でアポイントは取っているよ。じゃ、行こうか」
二人は社用車で市役所へ向かった。車の中で部長が昨日社長が顔を出したことを確認して知らせてほしかったと愚痴っぽく言った。郷田は素直に謝り、社長からの支持だったことを分かってもらった。車は市役所に着いた。車を降りて秘書が案内する執務室に入って行った。市長が立った来て出迎えた。そして
「今度は余りにも急な話で何と言って良いか分かりません。私共としては郷田さんにはまだまだこの広島の繁栄に助力頂きたいのが本音です。何とかなりませんか。部長の力で。本社を説得できないですか。社長にせめてあと2年、いや1年で良いから待って頂くように」
「すいません、私が力不足で。今度の長尾も市長の御期待に添える能力ある社員ですのでお任せいただきたいのですが。勿論私が必ずいや、D電機を挙げて広島の繁栄に助力することはお誓いしますと弊社の社長からも言付かっております。」と言うと市長はニヤリとして分かりました。その部長さんの言葉を信じましょう
と言い「郷田さん今後とも助言はどしどし私に直接してくださいよ。いいですね。ところで転勤先はどちらなのですか?」と部長に聞いた。
「彼は今度は東北営業部長として栄転します」
「ご栄転おめでとうございます。あちらでのご活躍をお祈りしています。まあ、貴方の能力を持ってすればいずれ近いうちに本社の大阪へ役員になって戻られるでしょうから、その時を。待っています」
「とんでもない、そんなに買い被らないでください。でも短い間でしたが」ありがとうございました。」
挨拶を済ましてタクシーで社へ戻った。事務所へ戻ると皆がやって来て本当なのかと詰め寄った。郷田は残念だが本当だと言った。全員が本当に残念な顔つきをして一人一人が一歩前へ出て礼を言い深々と頭を下げた。原さんは思いが余って泣泣き出した。それを宥めながら郷田は「次の所長は甲斐さんと言う人で評判の良い人だから自分のように助けて上げてください。と言いて握手をした。その後で榊が「歓送会をしたいのですがいつが良いでしょうか?」と訊ねた。「いつでも良いですよ。皆さんに合わせますよ。5月中はいますから。6月1日付の東北転勤だからね。事務所は仙台だからいつでも電話ください」と締め括った。
その後は引継ぎやら何やらと忙しく5月の25日歓送会の日が来た。夕方7時に広電ホテルの大広間であるとの事だったので最後の仕事を終えてから榊と原さんと一緒に行った。会場に入ると一斉に拍手があり100人超す程の大勢に驚かされた。市長はじめ役所関係者や他営業所員そして得意先の代理店、チェーン店の社長が集合してくれたようだ。郷田は感謝の挨拶をした。急に騒がしくなったと思ったらなんと!後ろから中井常務が入って来た。そして挨拶をしだした「本日は皆さんご苦労様です。郷田君は恵まれている人だなあ、と思いました。自分も彼のように成れるように今からでも改心して頑張ろうと思いました」と会場を笑いの渦に巻き込んだ。郷田は流石に常務だとつくづく感心した。挨拶を終えた常務が近づいてきて握手を求めた。会場から拍手が鳴り響いた。二人で横の応接室を借りて話を始めた。
「社長が昨日お見えになったと聞いたが、何か特別な用事があったのかな。教えてくれないか。」
「特に話が合ったようには思えませんが、敢えて言うなら私の考えを聞きに来られたようです。」
「ほほう、君の考えね。どう答えたか教えてくれるかね」
「この会社を社員全員が誇りに思えるような会社にするために、努力したいと答えました」
「社長は何と言ったかね。それは殊勝なことだが、君は出世は望まないのかと言われましたので、望まないと言えば嘘になりますがあまり考えたくはない、寧ろ家族と年取ってから何をしようかを考えるほうが自分らしいのではと思っています。と返事しました。」
「君はやはり私の睨んだ人だね。大した人間だよ。私なら社長にそう聞かれたら応えられない。何か自分を見透かされているような気になってしまうからね。」
「それだけかね。社長の話は。他になかったかね。」
「後は自分の人事面のことで聞かれました。それは自分に移動する気はあるかと言うことだったので、お断りできれば今すぐ移動する気はないと答えました。しかし社長は決めておられて、東北へ行って欲しいとの事でした。社長は相談するがは中井部長も了解されるだろうと言って帰られました。」
「そうか、そう仰ったか。だから君は部下にも話送別会を受けたのか。ならば正式に辞令を出さねばならないな。すまないが、東北営業部長として栄転してくれないか。3年以内に大阪へ呼び戻すよ、約束する。」
「分かりました。部長に話すのが先だと思ったんですが、黒田からも最近電話があったばかりだったので、後で事情を話せばわかってもらえるような気がして、すいません遅くなりました。」
「良いよ、君も人の子だからやはり悩むこともあるだろうさ。今後は早めに頼むよ。では私は行くから」と会場を出て行った。郷田はその後、藤田部長に会いに行き移動日前の3日間有給を取得することを了解された。そして今大阪への車中の人となっていた。帰って妻の恵美子と息子の大悟そして娘の恵里と4人で外食をしながらこれからのことを報告していた。3人ともがっかりともせずに、ご苦労さんと労ってくれた。郷田は自分が何故こんなに運が良いのか分かった気がした。それはこの素晴らしい家族がいてくれるからだとつくづく実感していた。5月31日伊丹空港から仙台へ向けて郷田は機上の人となっていた。今度こそ
3年以内に家族と一緒に暮らせるように東北で会社に貢献して、中井常務に約束を守らせてみせるぞと意気込んでいた。仙台空港ついてタクシーで営業部ビルに向かった。県庁近くのオフイス街にあるビルが車窓から見えてきた。郷田は3年以内に必ずや大阪へ帰ってやるぞと口の中で呟いた。//////////