勇者のパーティから追放されて仕方なしに色々やってみたがざまぁ出来ないので悪あがきした結果の短編
役に立っていた。その、つもりだった。
「パワーゲイン! スピードゲイン! マジカルゲイン!」
三種のバフ魔法を、戦闘開始と同時に撒く。勇者、魔法使い、僧侶の三人を、白い光が包む。強化魔法は、得意なほうだ。三人の動きが、見違えて良くなる。
「この私を、ここまでおびき寄せるとは見事だ! この魔界四天王が一人、ダークネビロム様がまさか、魔族弱体化の結界の中で戦うことになるとはな!」
長大な槍斧をぶん回し、四天王が言った。結界術を張り、情報戦を駆使してここまでおびき寄るのは、中々に骨の折れる作業だった。だが、努力は報われ、四天王ダークネビロムは弱体したのだ。
「だが、しかぁし! このダークネビロム様を倒すには、貴様らではまだまだ実力不足! このまま、ここで死んでもらうぞ!」
斬りかかった勇者を跳ね飛ばし、魔法使いへその身体を投げつけダークネビロムが哄笑する。
「うわあーっ!」
「きゃあっ!」
派手な悲鳴を上げて、勇者と魔法使いが折り重なるようにして倒れ伏す。だが、心配はない。パワーゲインは攻守双方の力を底上げする、便利な強化魔法なのだ。見た目よりも、被害は微少の筈だった。
「アレク! イスタル! しっかりして!」
僧侶が、回復魔法を飛ばす。マジカルゲインの効果により、その力は通常の三倍にも膨れ上がっている。痛みも傷も、瞬時に消えてしまうほどに、強化されているのだ。
「ククク、あとは、貴様らだけだ……」
だが、いきなりの出来事に混乱してか、勇者と魔法使いは立ち直れずにいる。ダークネビロムが、槍斧を振り上げ僧侶とそして、一人の中年魔法戦士へと迫る。不思議なことが起こったのは、その時だった。
「……変身!」
中年魔法戦士が腰に当てた手を交差し、叫ぶ。それは、最大級の自己強化のキーワードである。己の中に潜むライカンスロープの血が、中年魔法戦士の姿を異形へと変える。まさに、変身である。
「何っ!」
ひ弱な魔法戦士の身体が膨れ上がり、屈強な筋肉を白くしなやかな毛皮が覆う。熊の肉体、鷲の頭部、そして豹の足を持つ、異形の獣の姿にダークネビロムが驚愕の声を上げる。
「変身!魔法戦士・セイバーファング! お前の悪行もこれまでだ! くらえ!」
中年魔法戦士の腕から伸びるのは、白銀の爪である。オリハルコンに迫る強度のその剛爪を、名乗りと同時に横なぎに振るう。
「ぐああっ!」
その一撃は、強烈無比。ダークネビロムが槍斧を手放し、後方へと吹き飛んでゆく。それは、決定的な隙だった。
「とどめだ! いくぞっ! セイバー……キィィイイイック!」
両足を揃えて魔法戦士は飛び上がり、空中で姿勢を整え絶叫する。蹴り足の先にいるダークネビロムの顔に、恐怖が浮かぶが最早手遅れである。一本の光の矢と化した魔法戦士が、その胴の中央を通り抜け背後に着地する。
「お、おのれ……魔界に、栄光アレ!」
断末魔の叫びは一瞬で、爆炎に包まれた。人々を恐怖に陥れた魔界四天王のダークネビロムは、こうして滅んでいった。
「栄光など、決して訪れはしないさ。俺が、俺たち勇者パーティが、いる限りな」
爆炎を背に、中年魔法戦士がニヒルに言った。やがて爆炎が収まり、場に静寂の風が吹く。
「大丈夫か、アレク、イスタル。それに、アテネも」
三人の仲間へと歩み寄り、中年魔法戦士は笑顔を向ける。だが、しかし、
「……何か、違うんだよな。お前だけ」
返ってきたのは、勇者の乾いた声音である。
「えっ?」
ぎくり、と中年魔法戦士の全身が硬直する。
「そうね。たぶん、決定的な違いがあるわね。こう、ジャンル的な」
起き上がり、ローブの土埃を手で払いつつ魔法使いも同調する。
「ジャ、ジャンル? お、俺は、勇者パーティの一員として、不足なく働けていたと思うんだが……?」
「そういう問題じゃない。強すぎるバフは置いとくとしても、だ。魔界四天王のダークネビロムを、このよく分からない採石場みたいな場所に転移させたことといい、さっきの変身といい……お前は、勇者パーティの一員なんかじゃない」
突然のことに狼狽する中年魔法戦士に、勇者が首を横へ振って容赦の無い言葉を浴びせる。
「で、でも、それはお約束というやつで……お、俺は、俺は」
「あたしたちは、ファンタジー的なノリでやってるの。そこに、あんたみたいな特撮系のノリは必要無いのよ」
「うぐっ! そ、それは……その」
魔法使いからの追撃に、中年魔法戦士は大いにのけぞった。長年パーティを組んで来た幼馴染同士の連携は、こんな時でもいかんなく発揮されてしまう。救いを求めるように、中年魔法戦士は僧侶へと目を向ける。
「……さっき、町で聞いたんですけれど、悪の秘密結社ドワルダーク、とかいう組織が暗躍しているとか。もしかして、トードー・タケシさんの敵なのでは、ありませんか?」
声音に混じるのは、申し訳なさと嫌疑の色である。
「がーん!」
最後の、そして最大の心の支え、いや砦が陥落している事実に気づいた中年魔法戦士は驚愕と絶望を口にした。
「決まり、だな。お前は、俺たちのパーティから追放だ。俺たちは魔王を倒す旅を続けるから、お前はそのドワル何とかを相手に、特撮してろよ」
「そんな、ひどい! お、俺だって、ファンタジー世界でキャッキャウフフの青春したいのに! ア、アテネに、俺の毛皮を、もふってもらいたいのに!」
「……ごめんなさい。私、ケモナー属性は無いので」
「がーん!」
頭を抱えて落胆する中年魔法戦士の前に立ち、魔法使いが手を差し伸べる。
「イスタル、君は……? 君は、俺を引き留めてくれるのか」
「さっきの四天王のドロップ、寄越してから去りなさいよ。あんたには、必要無いでしょ?」
魔法使いの言い分は、正論であった。魔法戦士・セイバーファングは、変身する己の肉体のみで戦う。次の戦いに、装備は持ち越せない。それもまた、ジャンルの壁であった。四天王討伐による大量の魔石と、長大な槍斧を手渡せば魔法使いはくるりと背を向ける。
「み、みんな、待って、待ってくれ……」
萎れ切った中年魔法戦士の声が、採石場に響いてゆく。だが、勇者たちは一度も振り返ることなく、その場を後にしていった。
「……おのれ、秘密結社ドワルダーク! お前らだけは、絶対に許さん!」
ひゅるりと冷たい風が吹く中で、拳を握りしめた中年魔法戦士、いや一人の変身ヒーロー、トードー・タケシは叫ぶ。その鋭い双眸に、激しい闘志を燃やして。
それからトードーは、ひたすらに戦った。毎週朝に、決まった時間に起こる事件を片付け、大金持ちの道楽から生じた怪人ゲームに巻き込まれた先輩の死を見届けたことを隠し続けた末に親友と大喧嘩となりどちらが最強の力を得るかと決着をつけやがて政府が介入し事が大きくなり秘密結社が潰れ帝国となり舞台は宇宙へ飛んでみたりパラレルワールドを持ち込んで滅茶苦茶になってみたり様々なことがあったが、何だかんだで悪は滅びた。烈しい戦いで、幾人もの親友や恋人を失い、それでもトードーは立ち向かい続けた。勇者パーティの僧侶、アテネにもふってもらいたい、その一心で立ち上がり続けたのだ。
風の噂で、勇者パーティが魔王の城へ到達したと聞いた。トードーの抜けた穴は大きく、それなりに苦戦をしたらしい。トードーは世話になった喫茶店のマスターに別れを告げて、勇者たちの後を追った。そして、魔王城の玉座の間へとたどり着く。勇者と、魔王が対峙する、緊張の一瞬へ。トードーは、間に合ったのである。
「待たせたな、アレク! 皆!」
魔王の放った極大魔法を剛爪で切り裂きながら、満を持して登場するのは白い毛皮のライカンスロープ、魔法戦士・セイバーファングである。
「げっ、トードー!」
早速悪態をつく魔法使いにもめげず、トードーは勇者らに笑顔を向ける。
「悪の組織は跡形も無く潰して来た! もはや後顧の憂いは無い! 今度こそ、俺も勇者パーティの一員として……うん?」
勇者パーティに目を向けて、トードーは首を傾げる。勇者アレク、魔法使いイスタル、そして僧侶アテネの他に、もう一人増えていた。戦力の穴を埋めるための、補充人員だろうか。だが、その顔、その立ち姿には、トードーは見覚えがある。チャラチャラとした若い男で、マントや剣を装備してはいるものの、どこか取って付けた感が否めない、そんな雰囲気である。
「……あ、やべ」
若者が、トードーから顔を背けて言った。
「お前もしかして……魔法戦士・セイバーファンカーじゃないか? 俺の、後釜の」
疑惑を口に出せば、それは確信へと変わった。
「ち、ちちちちげーし! お、おれ、そんな特撮ノリじゃねーし! ほら、補助魔法使って勇者助けるし! お前みてーなおっさん、知らねーし!」
「じゃあ、そのベルトは何だ? 装飾にしては、随分と野性的だが」
「こ、こっここここれはその、ファッションだし! おっさんにはわかんねーだろーけど! いま若者ん間で流行ってんの! なー?」
窮地に陥った若者が、僧侶に問いかけその肩を親しげに抱こうとする。そこへ、割入ったのは勇者である。
「……やっぱ、お前もそうだったのか。どっか怪しいとは、思ってたよ」
「ちっ……ちなみにどのへんが怪しかったか、参考までに聞いてもいー?」
「やたらチャラチャラした俺様系キャラだが、何か熱血っぽいもの隠してるところとか、あと子供にやたら優しいところだな。あとそのベルト。そこのおっさんのと、デザインめちゃ似てるんだよ。別に流行りでも無いしな。てなわけで、お前も追放」
「そんな、ひどい!」
「そこのおっさんと一緒に、特撮へ帰れ。これから俺らは、伝説に残る戦いをするんだからな」
しっし、と勇者が若者を冷淡に追い払う。
「お、俺、役に立つから! 補助魔法とか、すげー使えるし! アテネちゃんにも、もふってもらいてーし! な? な? たのむよー!」
「ごめんなさい、私、ケモナー属性無いので……」
「がーん!」
どこかで見た光景が、目の前で繰り広げられていた。トードーは小さく首を横へ振り、若者の肩へと手を置いた。
「あん? 何だよ、おっさん。あんたのせいで、俺は追放されて」
「変身って、言ってみろ。そのベルトに手を当てて、こう、クロスさせて」
「……わかったよ。よくわかんねーけど、もう、どうにもならないもんな。じゃあ、いくぜ! 変身!」
それは、キーワードである。若者のライカンスロープの血が変質を遂げ、ブルーの毛並みの獣へとその身が変身してゆく。
「変身!」
トードーもまた、それを唱えた。変身するのは、白い獣。番組後半になって、色々追加されたものはあれど、初期フォームは大事に使っていた。
「魔法戦士・セイバーファンカー! 楽しくいこーぜ? んで、変身してどーすんの」
「魔王のほうを見ろ。そうだ、身体を向けて……よし、今だ! 必殺! ダブルセイバー……キィィイイイック!」
「うお! 身体が勝手に、熱く……せえいりゃああああああああ!」
二人の魔法戦士の合体技を受け、魔王が激しく吹き飛んでゆく。そして、大きな爆発が起こった。
「ああああああ! 何てことしてくれてんだお前らあああああ!」
オレンジ色の爆炎を背にポーズを取る二人の魔法戦士に、勇者が抗議の雄叫びを上げた。
「魔王がいなければ、勇者のパーティは解散だ。お前たちの甘酸っぱい青春ファンタジーも、これまでだ」
「あ、なるほどー! そして、俺らは晴れてアテネちゃんにもふってもらえるってわけか! おっさん、冴えてんねー!」
「もふりません。ケモナー属性無いって、言ってるじゃないですか」
「そうよ! べ、別に、あたしだって、もふ……もふしたいって、お、思ってなんかないんだからね!」
「だー! もう滅茶苦茶だよ! お前ら、いったん黙って整列! イスタル! もふるんじゃない! おっさんの思惑に嵌るな!」
「……まあ、これはこれで、ああ、その首の下あたりだ。うん」
「イスタルちゃんも、上手だなー。うーん、幸せかも」
「えへへ……もふもふぅ」
「これは、もうダメね。アレク、イスタルは既に彼らの手に落ちたわ。いえ、堕ちてしまったわ」
「くそ……よくも、よくもファンタジーを台無しにしたな……お前ら、絶対に許さんぞー!」
「あ、やべ」
「逃げるぞ二号。あ、イスタルも一緒に来るか?」
「うん。あたしで良ければ。ばいばい、勇者!」
聖剣を振り上げ、顔を真っ赤にして追いかけて来る勇者から魔法戦士たちは何とか逃げ出した。そうして、勇者と魔王との戦いは、終わりを告げたのである。
だが、この世から戦いが無くなったわけでは無い。特撮系魔法戦士たちの行動に腹を立てた勇者が僧侶を巻き込み、悪の組織ユーシャーンを結成。魔法戦士たちは長く苦しい戦いを繰り広げることとなるのであるが……それは、また別のお話なのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
なお、作者には勇者に対しても、特撮ヒーローに対しても、何ら悪意はございません。ですので、石を投げるのはどうかご勘弁ください。大好きなだけなのです。
今作も、お楽しみいただけましたら幸いです。