08 私を殺したことなんか、気にしないでね
人生最大クラスの困惑に襲われている。
昼休み。人気のない森林の中で、アザトールが作ってくれたご飯を食べていると、ルドラさんが来て人間用の首輪を渡してきた。
ルドラさん……そう言った趣味があるのか。
趣味趣向は人それぞれ。十人居れば十人それぞれ趣味を持っている。
私はそれを否定する気はない。それほど立派な人間じゃないし。
……でも、首輪かあ。
渡してきたって事は私につけて欲しいって事?
色々に噂が流れている事で、ストレス過多になっちゃったかな。
本当にごめんなさい。
そのストレスを解消するために、首輪をして、そういうプレイをするのはやぶさかでは無いです。
私は至ってノーマルだけど、守護騎士がストレスを溜めたのは私の所為だし、それを解消するため私がするのは当然のこと。だと、思う。
「あの、学校だと恥ずかしいので、その、プレイは家で良いですか?」
「トワ第二王女。お前、何か酷い勘違いをしてないか? これは俺からじゃない」
あ、ルドラさんじゃないのか。
私の守護騎士が、主に首輪を送ってプレイを強要するのなら、私も色々と覚悟を決める必要があるところだった。
ルドラさんじゃないと言う事は、いつもの嫌がらせの類い、
「お前の姉、ロザリンド第一王女からだ。『この首輪をつけて犬として傅くなら飼ってあげても良い』という伝言も言付かっている」
じゃなくて、ガチで私を飼うつもりか、お姉ちゃんはっ。
ああ、嫌だなあ。王城で逃げたかった原因トップ2の片割れからのプレゼント。
まだ嫌がらせとか、ルドラさんの特殊性癖から来るプレゼントの方が良かった。
「おい、捨てないのか」
「万が一の保険です。アザトールやルドラさんが、困ったときに、私なんかの人権を姉さんにくれてやるだけで解決できるかもしれないんですよ? 安いものです。ほんとうに」
万が一なんて、ないことに超したことはないけど、なにが起こるか分からない世の中。
何も力がない私には、出来ることなんて限られている。
この首輪がどれほどの効力を持っているかは分からない。けど、したら最後ぐらいは分かる。
これを首にしたら一生お姉ちゃんのオモチャかあ。
考え方によっては、それが一番「楽」なんだろうけどね。
一応、第二王女だし、ペットで従順にしていれば余程の事がなければ殺される事は無い。衣食住はある。それだけで人間は生きている。お姉ちゃんが、ペットの私にどういう命令をするかは分からないけど、ただ生きるって事のみを重点に置けば、悪くはないと思う。まあ思うだけに止めるけど。
「心配しなくても、アザトールに万が一はない。俺がなった時は、さっさと切り捨てれば良い。騎士団長程度なら代わりは掃いて捨てるほどいる」
「騎士団長は掃いて捨てるほどいるかもしれないけど、ルドラさんは1人しかいないのに、切り捨てられるわけないよ。それに、何かあったらアンネさんにも悪いからね」
「……お前は、――っ。おい、トワ第二王女、そこから逃げろ!!」
木々が貫きながらもの凄い早さで、私のいる位置まで何かが迫ってきた。
ルドラさんが剣を抜き、それを弾き飛ばす。
……あれは、槍?
弾き飛ばされた槍は、巨漢の男が左手に掴んで、こちらを睨み付けてくる。
私、あんな人に恨みを買うような事をした覚えはないんですが?
「キリディア・グラードン!! どういうつもりだっ」
「……」
どうやら私では無くルドラさんに用事があるようだ。
「あの、ルドラさん。誰ですか?」
「フォークライ公爵令嬢の守護騎士だ」
公爵家。もうその時点で面倒事な予感しかしない。
キリディアは槍をコチラへと向けてくる。
ルドラさんに用事があるんじゃなくて、私に用事ですか。そうですか。
「おい。俺の主に槍を向けるって事は、どういう事か。分かってるんだろうな?」
「委細承知。だがルドラ。そんな屑王女のため、貴様は剣を振るつもりか」
「――誰の為に剣を振るかは、俺が決めることだ。お前に指図される謂われは無い」
あー、これ私が原因っぽい。
どんな噂を耳にしたか知らないけど、キリディアって人は、ルドラさんが私に騙されて扱き使われていると思ってるのかもしれない。
騙してはないけど。扱き使ってるのはあってる。私の護衛をしてくれてるんだからさ。
ただ学院内で、平気で第二王女って肩書きのある私を殺そうとしてくるって、自分がどれぐらい疎まれているか、分かるってもんだ。分かりたくないけど。
「トワ第二王女。お前を殺そうとした以上、コイツとはここで決着をつける。正直、周りを気にして戦えるほど余裕がある相手じゃ無い。こいつの槍が届かない範囲まで逃げろ」
「は、はい」
槍が届かない範囲ってどこまで?
とりあえず遠くへ逃げよう。ここに居たら、ルドラさんの足手まとい確定だ。
ルドラさんに背を向けて走り出す。
同時に鉄と鉄がぶつかり合う音と、木々が倒れる音が鳴り響いた。
振り返らない。でも、ルドラさん大丈夫かな。
もし、私の所為で死んだりしたら償いきれないよ……。
「……」
鞄に入れた首輪を触る。
もし、これをつけてお姉ちゃんの元へいけば、2人の戦いは止められる、かもしれない。
……ルドラさん、怒るかな。怒るだろうなあ。
でも、万が一の事態に比べたらどうってことない。
元々平民から王族に上がった時点で、王族に飼われているみたいなものだし。組織から個人へ飼い主が変わるだけ。
そう。だから、何も変わらない。私は平気。平気。平気。平気。平気だから、うん。
「初めまして、トワ第二王女」
「――誰?」
「シノン・フォークライと言います。貴女を、殺す者の名前です」
フォークライって、私を殺そうとしてルドラさんと戦っている人の元締め(あるじ)!
あれ、これってピンチじゃないかな。ピンチだと思うな!
自慢じゃ無いけど私って戦闘能力は無いに等しいからね。
平民の時も薬草や木の実の採取はしてたけど、兎とかの狩りは無理だったから!
「ごめんな、さい。でも、私にはもう――こうするしかないの!!!」
涙を流しながらシノンは言った。
……私の脳裏に思い浮かぶのは2人の顔。
手段からしてお兄ちゃんの方と思うなあ。
『最優王子』のお兄ちゃんは、公爵家令嬢に涙を流させて私を殺させる様に仕向けたのか。
ああ、罪悪感しかない。
私のために殺人の罪を背負うことになる彼女に同情していまう。
シノンは炎を纏い、2メイル50セントを越える炎の魔人へと転じた。
童話の中で訊いたことがある。
公爵家の中には、精霊に愛され、巨人や魔人に転じる者がいるとか、いないとか。あ、目の前に居るんだけども。
炎の魔人は手に私なんかを軽く焼きつくせるほどの巨大な火球を出現させる。
あー、これは死んだな。
「私を殺したことなんか、気にしないでね」
◆◆◆◆◆◆
私の名前は、シノン・フォークライ。
バアルナイト王国四大公爵家の1つフォークライ公爵家の令嬢。
四大公爵家の中で尤も武力を有していて、武力だけなら王家すら上回ると言われてます。
後は脳筋だとか、なんでも武力で解決するとか事実無根なことが言われてたり……。
そんなことはありません。
私の場合は、祖先が火の大精霊に愛されていた事もあって、炎を全体に纏って魔人と化す事が出来るのです。
その所為で、ちょっと凶暴になったり、放火したくなったり、暴れたくなったり、する事もないことはないですが、頭まで筋肉っていうのは酷い。酷いですよ。
公爵家に生まれて多少の不自由はありましたが、特別な不幸はありませんでした。
――お父様が、突如として病に伏せられるまでは。
公爵家の権力を最大限に使って、国内外問わずに名医を呼び寄せました。
でも、誰1人として治せるどころか、病名まで見つけることができませんでした。
お父様が倒れてから一ヶ月ほど経ったある日。
どこからかお父様が病で倒れたと聞きつけたようで、この国の王子、アルフレッド・ロイヤル・バアルナイトが来られました。
アルフレッド王子は、お父様の容態を看ると、私にこう告げた。
『俺のところの守護騎士兼メイドである、デウス・エクス・マキナならば、キミの父上を治すことができる』
『本当ですか!!』
『ああ。ただし、条件がある』
『条件、ですか?』
『俺の義妹の、トワ・ロイヤル・バアルナイトを殺せ』
『――え』
『簡単なことだろう。この国で尤も嫌悪されている王女を殺す程度で、キミが大切な者が助かるんだ。どこに問題がある? ありはしないさ』
アルフレッド王子の言葉は、妙に強制力があり、そうしないといけない気になってしまい、私は頷いてしまいました。
そしてトワ第二王女を殺すときまでの守護騎士と言う事で、アルフレッド王子から紹介されたのが、キリディア・グラードン。
『神槍』の二つ名を持つ国外の兵
訊いたことがなく、手合わせをしてみましたが、手も足もでませんでした。
魔人化してなければ、私の心臓どころか、全身穴だらけになってたでしょう。
それでもキリディアは実力を全く出してないようでした。
これほどの兵が居れば、私なんかに頼まなくても良いとは思うのですが、下手にアルフレッド王子に問いただして、お父様の治療を拒否されたらと考えると、私は何も言えず、アルフレッド王子に言われるままに従いました。
そして、王立エクリスト学院の入学式。
私は決行することにしました。
キリディア曰く「学院には騎士団長しかいない。だからチャンスだ」らしい。
私はキリディアに言われた場所で、標的を待ち構えます。
深呼吸を何度も繰り返し、ココロを落ち着かせます。
ハッキリ言って、私はトワ第二王女には嫌悪感なんて抱いてない。周りは抱いている人達が多いですが、なぜ風評であれほど嫌悪を示すのか不思議でなりません。
周りもトワ第二王女の事以外はまともなのに。
ああ、これから殺す相手の事を考えるのは止めましょう。
ココロを落ち着かせて、標的を、殺ス、殺せば、良い
遠くから激しい音が聞こえてきます。
どうやらキリディアと騎士団長の戦いが始まったようです。
そして、音がする方から、トワ第二王女がやって来ます。
私は名乗り、トワ第二王女へ向けて、殺すと明言をした。
もう引き返せない。
私は、お父様を救いたい。
だから、だからだからだからだからだから――
「ごめんな、さい。でも、私にはもう――こうするしかないの!!!」
何を言ってるんでしょう、私は。
こうするしかないって言ったところで、トワ第二王女には関係ない。
彼女は逃げるでしょうか。それとも抵抗するでしょうか。
分からない。
全身を炎で纏い、魔人化する。
魔人化をすれば弱い心は、ある程度は無くし、常に強行的な考えで行動できます。
戦闘特化モード。
罪悪感は今は捨てましょう。
私は掌に炎を集め、人1人程度ならば瞬時に焼き殺せるほどの火球を作り出します
トワ第二王女は口を開いた。
どんな言葉で、私を責めるでしょう。それとも命乞いでしょうか。
「私を殺したことなんか、気にしないでね」
――なんで。
なんで、そんなことを貴女は言えるの!
これから死ぬのに。私が、貴女を、殺すのにっ。
「あああああああああ!!」
令嬢らしからぬ雄叫びを私は上げた。
恐い。私は、トワ第二王女が恐い。
もしかしたらアルフレッド王子やロザリンド王女は、この恐怖を感じて嫌がらせをしているのかも。
周りから見たら魔人化している私がバケモノのように映るのでしょうね。
私なんかより、目の前の少女が、よっぽどの怪物でしょうに。
恐怖を打ち消すように、私は火球を放った。
目を瞑らずに、見据えるトワ第二王女。
火球はトワ第二王女に直撃すると、爆音と共に火柱が上空へ上がった。
殺った……?
「残念ですが、お嬢様を殺すことは不可能と知りなさい。それは私が仕えているからです!」
「……アザトール?」
「はい、お嬢様。少々娘の入学式の答辞を直接見たり話したりしてたら遅くなりました。申し訳ございません。名誉挽回する為にも、お嬢様に害をなす魔人狩り、特とご覧下さい」
私はトワ第二王女は怪物だと思う。
それは間違いない。
ただ、その怪物のメイドは、予測不可能な最凶の化物でした。