07 へぇ、酷い第二王女もいたもんだね
「トワ第二王女。どこに行くつもりだ」
「裏口ですけど」
「なんで裏口に行くんだ。正面入り口から入れば良いだろ?」
「自慢じゃないですけど、私ってなぜか悪い噂が流れているのに、堂々と正面から入学するんて無理です。私って見掛け以上にガラスハートなんです。裏口入学して目立たずにいたいです」
基本、夜会とか、公務とかしてないから、顔は知られてないと思いたい。
でもなあ、ギルド案内人が私の顔を知ってるぐらいだし油断はできないんだよ。
万が一、正面から堂々と入学したと仮定して、どこぞの貴族に絡まれるとか勘弁して欲しい。
私は平々凡々と、目立たずに貝のように閉じこもっていたい派です。
しかし世は無常。
私が幾ら望んでも、周りが騒々しくしてくる。
嫌いなら無視してよ。私の悪口なら幾ら言ってもいいからさ。
王立エクリスト学院の裏口は、正面入り口と違って物静かだった。
ただ、残念な事に裏口の門は固く閉じられていた。
そうだよね。貴族の学校だもんね。裏口が開けっ放しの分けないよね!
だけど今から正面入り口に行くのはなあ。
周りを見回し、ちょうど良い感じに木の枝が伸びている並木があった。
「ルドラさん。ちょっと周りを見張ってて下さい」
「……どうするつもりだ?」
「木に登って、枝を伝って、学院内に入ります」
「本気か?」
「大丈夫です。子供の頃は、木に登って木の実を採取してたんです。問題ありません」
おっと、忘れるところだった。
「その、木登りしている間は、端を向いて欲しいです。私、その、スカートだし」
今ぐらいの歳になったら羞恥心はありますとも。
なぜかルドラさんが頭を抱えた。解せない。
カバンはルドラさんに放り投げて貰えたら問題ないよね。
「おい。本気で上ろうとするな」
「えー」
「木に上るくらいなら、普通に正面入り口から登校すれば良いだろ?」
「面倒な貴族に絡まれたくありません。絶対に面倒臭くなること間違いなしです」
「…………はぁぁぁ、分かった。裏口から入れるように協力するから、木登りは止めろ」
面倒臭げに呟くルドラさん。
私の腕を掴むと、周りの景色が一瞬歪み、元に戻ると校舎内に入ってた。
「時空間魔法……。扱いが難しい魔法だって聞きましたけど、さすが騎士団長ですね」
「――」
あれ、なんで褒めたのに難しい表情されるんだろ。
なんか自分の実力じゃ無いのに褒められても嬉しくないって顔だ。
「……護衛は護衛で、別途説明があるらしいから、ここで別れるぞ」
「はい。あの、護衛の件、本当にありがとうございました。正直、私なんかのために受けてくれて嬉しかったです」
ルドラさんは、アザトールと仲が良く、2人一緒にいる事が多いので、ゆっくりとお礼を言える機会が無かった。
「トワ第二王女。自分に価値がないような言い方はよせ。少なくても、護衛の俺と、雇っているアザトールは、お前を大切に思っている」
「……そう、ですね。気をつけます」
ああ、そうか。そうだよね
今の私をきちんと、『第二王女』というブランドではなく、私に価値を感じてくれている人達が、いる。
2人にとって恥ずかしく人物である事を心がけよう。
ルドラさんと別れて校舎へと向かう。
正面入り口は、新入生や在校生で賑わっているようだ。
うん。裏口から入って正解だったね。あの人数に、一斉に注目されたらキツイ。ゲロりそう。
いや、しないけどね? 流石に衆人の前でゲロなんて。しないしない。
「えっと、ここが私の教室、だね」
扉を開いて中に入ると、室内には数名がいる程度だった。
今年の新入生は約150名ほど。貴族専用の学校で、それほど同学年がいるのは、さすがバアルナイト王国。
きっと下手に平民と一緒に通わして、問題でも起きた際の対処を考えた際の結果なんだろうけど。
貴族の義務を1つも果たしてない私は、いっそのこと平民の学校で良かったのではと思う。
長方形の一列に10名は余裕で座れる椅子と机があり、私は真ん中より一段下の端へと座る。
割りと一番後ろって目立つ。先頭とか真ん中も論外。とりあえず真ん中より1つぐらい手前の段に座っておけば、目立つことは無い、はず。
「ねえ、今年はあの第二王女が入学してくるらしいわ」
「聞いた聞いた。最悪だよね。性格がこの上なく悪く、使用人たちも耐えきれずに辞めていったんだよね」
「みたいね。妹のジャンヌ様が体調を崩されてるのも、第二王女の所為なんでしょう」
「平民上がりが権力を持って、有頂天になってるんじゃない?」
へぇ、酷い第二王女もいたもんだね。
はいはい。私の事ですよね。現実逃避は止めます。
使用人達が辞めたのは外圧があったからだし。私は悪くない。悪くないはず。
ジャンヌは、知らない。一度しか会ったことないもん。病弱でひ弱らしいし、私は関係ないと思うんだけどなあ。
「それだけじゃないわ。騎士団長様に、雇っているメイドを性的奉仕させて、弱みを握って自分の護衛騎士にさせたみたいよ」
「まあ。最低。だから、使用人が辞めるのよ」
「本当、どんなワガママで私達を振り回すかわかったものじゃないわ」
……アザトールに、そんな酷い真似をさせてない。
なんでそんな事を言われないと駄目なの。
でも、ここで私が彼女たちに文句を言っても、なんの意味もない。それどころか、余計に酷い噂となって拡散するだけだと思う。
「第二王女、同級生を恫喝して苛める」とか。ははははは。笑えない。笑えないよ。
体調不良で保健室に行こうかな。あ、行ってもロクでもない噂が付きそう。
私、詰んでるね。
学院になんて来るんじゃ無かった。ストレスしか溜まらない――。
◆◆◆◆◆◆
「ぅ。ぁぁ……」
ああ、護衛なんて受けるんじゃ無かったな。面倒臭いことになった。
呻く男を見下し、そんな事を思ってしまう。
王立エクリスト学院の護衛騎士の説明が行われる教室。
そこで、呻く男が訊いてきた。
『騎士団長サマ。あのワガママ王女から送られたメイドの味はどうだった?』
どうやら「トワ第二王女のメイド・アザトールを抱かされ、それを弱みに護衛騎士になった」という事実無根の噂が流れているようだ。
ハッキリと言おう。
冗談じゃない。
アザトールは俺の趣味でも好みでもない。確かにもしも噂通りのトワ第二王女が、そう命令すればアザトールは従うだろうが、本人はそんな命令はしない。と思う。
命令を下された場合、俺は抵抗はする。意味ないだろうが。
ステータス差が太陽と火球ぐらい開きがある。命令に従ったアザトールは、言われたとおり俺を陵辱する。最悪だ。余裕で自害する案件だ。
で、呻く男の下卑た雰囲気と相まって、思わず手が出てしまった。
反省はするが後悔は無い。するつもりもない。
アザトールの言葉を思い出す
『ルドラ様。護宝剣・ルーヴァグライアスは、私の親友が使っていた、かつては護神剣として、今は無き神々を護るために作られた神造剣でした。それを私が改造して、護るべきは神では無く、宝、つまりは担い手が大切にしている者を護るための剣としました。どうか、お嬢様をお願いします』
あのバケモノが、真剣な表情をして、頭を下げてきた。
ギルバートからも、アザトールの事については色々と訊いた後で、トワ第二王女とアザトールの事は頼まれている。
だから、精々守護騎士としての役目ぐらいは真っ当しようかと思った
【――忠告――殺意が急上昇中――攻撃が来る可能性――92%】
ルーヴァグライアスがそう言ってきた。
言われるまでも無く殺気は感じた。
鞘から剣を抜き、殺気がした方へ剣を振り下ろすと、火花が散った。
「噂とは違い、騎士団長して、腑抜けてはないようだな」
「誰だ、お前」
「キリディア・グラードン。シノン・フォークライ公爵令嬢の守護騎士だ」
フォークライ公爵だあ。
この国の四大公爵家の1つ。それも武闘派として面倒臭い連中だ。
あそこは頭まで筋肉かってぐらい、なんでも武力で解決しようとする。
ただ、それを可能とするだけの武力を保有している。現状、武力だけを見れば王家を上回っていた。
……キリディアって名前は聞いたこと無いが、フォークライの令嬢に付ける騎士だ。実力は折り紙付きだろうな。
殺気と威圧が肌を刺してくる。
一戦は避けられない、か。
剣を構え、キリディアとの対決に望もうとすると、突如として剣が消えた。
同様にキリディアの槍も消えている。
「はい。はーい。せっかくの新入生の入学式なのに、良い大人が喧嘩しなーい」
手を2回叩く音がした方向を見る。
教壇にある机の上に、足を組んだ女がおり、その左右に槍と剣が床に刺さっていた。
あれは見た事がある。
『奇術師』ハイネ・マーリン。
冒険者ギルドSクラスにして王都ギルド最高戦力の1人。
そしてロザリンド・ロイヤル・バアルナイトの守護騎士でもある。
「どうして戦いたいって言うなら私が相手になるけど――どうする」
キリディアは舌打ちをすると席へと座る。と、左にあった槍はキリディアの元へ瞬時に移動した。
机から飛び降りると、ハイネは剣を引き抜き、俺の元へとやって来た。
「久しぶり。景気はどう?」
「……最悪だ」
「そうなの。てっきりこんな上等な剣を持ってる者だから、良いのかと思ったのに」
ハイネは剣を渡されると、首輪も後から出してきた。
「ロザリンド様からトワ第二王女へ伝言。『この首輪をつけて犬として傅くなら飼ってあげても良い』だって」
「……――それが、異母姉妹にする態度か!!」
「私に言われても困る。あくまでも伝言。きちんと伝えてね? それとも私から言おうか」
「――俺から、言う。お前は何もするな」
「おーけー。お願いね」
手をヒラヒラさせて教壇へと戻る。
あいつが守護騎士の講習するのかよ。
――なんか、どっと疲れた。
思っていた以上に、トワ第二王女の守護騎士の役目は面倒なことになりそうだ。
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