01 メイドをお捜しですか?
後半部は少し残酷描写がある為注意して下さい。
『トワ様。申し訳ありませんが、本日限りで辞めさせて頂きます』
数時間前、この屋敷で働いていた最後のメイドがそう言って辞めていった。
私は厳しくしたつもりはないし、使用人にはきちんと給与も休みも与えていた。
噂話程度だがどうやら王家の一部の方々が色々と手を回してこられたようだ。
「……なら、私を王族になんかに招かないでよ」
この国の王、ギルバート・ロイヤル・バアルナイトが、庶民の女性、つまり私の母親を抱いた事で生まれたのが、私、トワ・ロイヤル・バアルナイト。
上には兄と姉が1人ずつ、下には妹が1人だけいる。
私以外は全員が同じ母親で、私だけが異母。つまり仲間はずれ。
王城では居心地が悪かったので、王都の隅に屋敷を借りて貰って住んでいたけど、世話をしてくれていた執事やメイドは徐々に減っていき、さっき最後の1人が辞めていった。
ここまで来ると1人が気楽だけど、同じ学院に通う1つ年上の姉は、嫌味をいってくるだろうなぁ。
「無理元で職業ギルドでメイド募集をしてみよう」
冒険者ギルドは基本中立だけど、職業ギルドは中立とは謂いがたい。
職業斡旋するからには、良くも悪くも国との繋がりが必要となる。
つまり小娘1人のところにメイドを送らないように手を回すのは、至極簡単なこと。
この国の第二王女なんて肩書きがあっても、私にはなんの権力なんてない。圧倒的に敵だけしかいない私の周りに、好き好んで近寄ってくる人はいない。
元々庶民であったことから家事はそれなりに熟すことはできるので、1人で小さな家に生活する程度は問題ないけど、屋敷となると1人で全部熟すのは難しい。
ただでさえ使用人の数が減って言った事で、清掃など行き届いてない所が増えてきている。
せめて1人でも、メイド、或いは執事でも雇えたらと思う。
色々な事を考えている内に職業ギルドへと着いた。
職業ギルド内には、職を探す人が大半で、求人を出す書類を書く人が僅かと言ったところ。
「ようこそ。職業ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか、トワ第二王女サマ」
案内人がそう言うと、周りの人達の視線が一気にコチラへと向く。
ああ、いやだ。
元々庶民の私は、こうも注目されることに慣れてない。しかも珍獣でも見るかの視線は尚更のこと。
そもそも案内人の見下す目がイヤだ。
……帰ろうかな。
「本日は、どのようなご用件でしょうか? 職探しなら丁度良いのがありますよ」
耳元で案内人は囁く
「娼館とかネ。母親と同じく男に媚びを売るのが好きでしょう?」
「……」
私の母親は、確かにそういう仕事もしていた。
このご時世、女性が子供1人を育てながら生きていく事は綺麗事ではすまない事は分かっている。
生きていくために、しかたなくそういった仕事をやらざるえなかった。
だから私はお母さんは軽蔑したりしない。
喩え他の誰になんと言われたとしても、私が今日まで生きてこられたのは、お母さんがそういう仕事をしてまで、私を育ててくれたからに他ならない。
「メイドを募集するために来ました。退いて下さい」
「そうですか。案内しましょうか」
「構いません」
さっさとこの案内人から離れたい。
壁際にある求人情報を書くスペースに足を向けて歩く。
と、腕を掴まれた。
また案内人が嫌味でもいうつもりだろうかと思い振り返った。
そこにいたのは、メイドだった。
15歳前後。背は150ほど。黒い髪は長いためか、ポニーテールにしている。
漆黒の瞳に顔は思わず見とれてしまうほど可愛い。
「メイドをお捜しですか?」
「う、うん」
「私を雇いませんか? ちょうど王都へ来たばかりで、メイドを募集している所を探していた所です。これも何かの縁です。運命です。私を雇った事を後悔させるような事はありません!」
な、なんだか、見た目に反して自己アピールの激しい子だなぁ。
でも、こういう子が居てくれた方が、日々楽しいかも。
「ちょっとそこメイド。その方は止めておいた方がいいですよ」
「あ、私な名前アザトール・デウス・エクス・マキナと言います。貴女のお名前を聞かせて貰っても良いですか?」
「……私の名前は、トワ。トワ・ロイヤル・バアルナイトだよ」
「なるほどなるほど。でしたら、トワ様。或いはお嬢様。ご主人様。どうお呼びすれば良いですか?」
「聞こえているでしょう!? その方は止めておきない。後悔することになるわよ」
案内人の人がメイドの人にもの凄く詰め寄っているけど、無視を決め込んでいる。
「貴女の好きに呼んで貰って構わないよ」
「でしたら……一先ずはお嬢様と。遠くない将来には、トワ様と呼べるように粉骨砕身働きましょう」
「う、うん。宜しくね?」
「はい。お嬢様。これからは常にお嬢様のために、この身の全てを捧げましょう」
えっと、あれ、もうこの子を雇う流れに成ってる? 成ってるよね。
ま、いっか。元々は雇えない可能性もあった訳で。
それにこの子のように、私に対して悪意も害意も無意も向けて来てない人は最近では珍しい。
「あのね! どこの田舎から来たか知らないけど、この方は、バアルナイト王国第二王女なのよ」
「少し黙って貰えないでしょうかギルドマスター」
え。その人、ギルドマスターなの。
てっきりただの案内人かと思ってたけど。
「な、何を言ってるの? 私はギルドマスターじゃないわよ?」
「あれ、違ってましたか。人の就職先にいちゃもんをつけてくるので、てっきりギルドマスタークラスと思ってましたが――。では、貴女は職業ギルドでどう言った役職でしょうか?」
「……案内、人よ」
「案内人ですか。つまり案内人程度が、私とお嬢様の雇用契約に口を出したと? このギルドは案内人にさえそれほどの権限を与えているという認識で宜しいでしょうか」
「し、親切心よ。貴女が将来困ることになるかねしれないから、態々声をかけてあげたんじゃない!」
「余計なお世話です。それに、なるほど。親切心、ですか。このギルドの案内人は、バアルナイト王国第二王女であるお嬢様へ、よりにもよって、娼館を勧めるのも親切心だと?」
「――っ」
怒っている。かなり怒ってる。
王城でも怒ってくる人はいた。でも、それは見せかけの怒り。
こんな風に、ココロの底から怒ってくれるのは、お母さん以来だ。
って、喜んでいる場合じゃない。アザトールを止めないとダメな気がする。
このままだと何をするか分からない。
「アザトール。別に良いわ。別のその人だけじゃないもの。私のこと、そんな風に思ってるの」
「――お嬢様」
「帰りましょう。今日、ギルドに来たのはメイドを雇うため。そこで貴女に会えて雇えた。だから、もう、ここにいる意味はないわ。だから、ね」
「ええ。かしこまりました。お嬢様。では、帰り次第、正式契約といきましょう」
◆◆◆◆◆◆
王都の薄暗い路地裏で苦しんでいると、メイドが話しかけてきた。
「――ひと目では分からなかったですが、トワ様と私が雇用契約を結ぶ時に、横からゴチャゴチャと言ってきた案内人じゃないですか」
トワ。ああ、思い出した。
私はこのメイドとあの王女サマが雇用契約を結ぶときに、邪魔をした。
でも、あれは上からの命令だった。
【トワ・ロイヤル・バアルナイトが来たときには邪魔をして雇用させないようにしろ】
一介の案内人程度が上からの命令に逆らえる訳がない。
だから、言われたとおりにした。した。
もし過去に帰れるなら、あの時の私を殴ってでも止めることだろう。
あれから第二王女に娼館を勧めたという事で、ギルドをクビになった。
ただ退職金と言う事と命令に対する口止め料込みで、数年は遊んで暮らせるぐらいの金は貰えた。
だけど、その大金も直ぐに無くなった。
宿屋で泊まっていると、泥棒が押し入り、寝ている間に盗まれた。
それが不運の始まりであってそれから幾度となく不幸な目に遭った。
ある時は、火災に巻き込まれた
ある時は、食中毒になって生死を彷徨った。
ある時は、盗賊に襲われ、肉体を物のように扱われた。
ある時は、通り魔に襲われ、出血により死にかけた。
ある時は、金を稼ぐために娼館に身を落とし、男の相手をして、いつのまにか性病に侵された。
ある時は、ある時は、ある時は、ある時は、ある時は。
そんな不幸な目に遭いながらも、私は死ねなかった。
だけど絶望のあまりに自殺を考えるに至り、実際になんども自殺を試みた。
しかし、不運なことに自殺しても死ぬ事は叶わなかった。
メイドは嗤う。
「それはそうでしょうとも。あの時、私は呪いと祝福をかけました。どん底のような不幸が一生続く呪いと、どんな事があっても天寿を全うする祝福を。つまりは『天寿を全うするまで、どん底のような不幸だけの一生』を送ることになる術ですね。遠い昔、デウス・エクス・マキナとの勝負事で作った術式ですが、使用する機会があって幸いでした」
私を、こんな風にした恨みよりも、恐怖が肉体を支配した。
文句を言いたいと言うよりも、目の前にいるメイドから直ぐに逃げたかった。
足が縺れて地面へと倒れる。
痛みが肉体に奔る。それよりも、少しでもこのメイドから逃げるために前へと進む。
「――どうして私が貴女にそんな呪いをかけたと思いますか?」
分からない。
知りたくない。
もう私の事は放って置いてよ。
「トワ様を見下した発言をしたこと? それとも大事な雇用契約に横からゴチャゴチャといってきたこと?」
恐い。怖い。コワい。コワイコワイコワイコワイコワイ。
助けて。誰でもいい。
この、あのバケモノから、誰か、タスケテ。
「違います。ええ、違いますとも。アレは、トワ様が別に気に良いとおっしゃられましたからね。主の意向に逆らってまで、貴女をこんな風にしようとは思いませんよ」
ヤダヤダヤダヤダヤダ。
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。
ユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイユルシテクダサイ。
「私が許せなかったのは、カナタを――私の2人目の親友をバカにしたこと。何も知らない癖に、私の! 親友を! トワ様の母親をバカにしてことが、許せないんだよ!!」
シにますからユルしてくだサい。
しにマスかラゆるシテくださイ。
「ん。理解できてないの。言ったでしょう。貴女には『天寿を全うする祝福』を掛けたって。だから、私でも貴女を殺すことはできないし、態々なんで貴女なんかの望みを叶えないとダメなの? 私に命令できるのは、三千世界でトワだけ」
……。
「心配しなくても110歳頃には死ねるから安心しなよ。この魔法主流で医療技術ほぼ発展してない世界で100歳越えても生きられるなんてとっても珍しいことだよ。それまで、苦しんで、人間として底辺の人生を送りながら、カナタを侮辱した事を悔やみ――死ネ」
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