プロローグ 邪神竜ヴェンジリウガンの強襲
帝都ヴァルガール。
世界でも5指に入る大都市は、今滅びようとしていた。
邪神竜ヴェンジリウガンの強襲である。
冒険者ギルド、帝都を護る守備騎士団。
日頃は対立することがある両組織だが、今回ばかりは手を組み対抗したが、相手は伝説級のモンスターである邪神竜ヴェンジリウガン。及び配下10万の魔物達。
初めこそは五分五分であったが、時が経つにつれて人と魔物の能力差が出始め、魔物側の方が優勢となっていった。
また邪神竜ヴェンジリウガンの口砲撃により、帝都の城壁はもはや無く、帝都に魔物の侵入を許していた。
帝都ヴァルガールの冒険者ギルド最高戦力と謳われるSランク冒険者デジル・マーカス。
城壁を破壊され、Bランク以下のの冒険者が逃げ始めた状況でも、逃げる事は無く、残っている帝都の民衆を1人でも多く逃がすため、彼は単独で殿を務めていた。
ダンジョンで手に入れた聖剣を両手に持ち、デジルは魔物を次々と斃していく。
魔物達を斃す合間には、ポーションやマナポーションを飲み体力と魔力は回復させるが、疲労までは回復されない。
(――多勢に無勢だ。このままでは)
『ほうニンゲンの割には、やるではないか』
「邪神竜ヴェンジリウガン!!」
漆黒の鱗に覆われた巨大な躰に、深紅の眼がデジルを睨み付ける。
その威圧感だけで、デジルは逃げたくなるほどであった。
デジルは深呼吸をしてココロを落ち着かせ、聖剣を握りしめる。そして飛行魔法で宙へと浮き、風魔法をブースト代わりにする事で高速で飛ぶことが可能となり、一気に邪神竜ヴェンジリウガンへ斬りかかる。
邪神竜ヴェンジリウガンの額まで飛んだデジルは、聖剣を振り下ろす。
「な」
しかし、邪神竜ヴェンジリウガンの鱗には傷1つ、亀裂すらも入らなかった。
『聖剣であれば我が躰に傷を負わせられるかと思ったが――。もはや興味なし。消え去れニンゲン』
邪神竜ヴェンジリウガンは頭突きで、デジルを突き飛ばし竜の爪で八つ裂きにしようとする。
爪の攻撃を受ければ死は確実。
繰り出される竜の爪の攻撃を聖剣で受け止めるが、それだけでデジルは地面へと叩きつけられた。
「――っ――ぁぁ」
デジルの全身に激痛が走る。
聖剣を杖代わりにするように地面へと刺し立ち上がる。
だが、その眼前にあったのは邪神竜ヴェンジリウガンが大きく口を開けブレスをする間際の姿だった。
デジルの持つ防具は邪神竜のブレスを受けきれるほどは高くなく、また所持している防御系魔法も同様である。
「この辺りで一番強力な竜の反応がしたので来てみたら、邪神竜(失笑)が派手に暴れているだけでしたか。雑魚ばかり相手にして、自分が強いと勘違いしている典型的な御山の大将程度レベルでは、お嬢様の口にいれるのは躊躇いますが、仕方ないです。食材のレベルが低いのは、私の調理技法で埋め合わせをするとして」
『――なんだ小娘。貴様程度が、この我を斃すとでも言うつもりか!?』
「ええ。お嬢様が竜の肉をご所望なので。主に仕える忠誠心MAXのメイドとしては、それなりの物を用意するために来たのですが……。予定よりも質が悪すぎてガッカリです」
『聖剣使いですから我に傷つける事ができない事を、小娘が出来るとで』
「レベル1000未満で粋がらないで下さい。と、言うか、もう首を切断しています。気づきませんか?」
『も、思っ、て、る、の、――、――――、、、、』
「おっと、地面に落として食材に雑菌が付くわけにはいきませんね」
落下する邪神竜ヴェンジリウガンは地面に接触する間際に空中で停止。
そして空間が歪み邪神竜ヴェンジリウガンの遺体は、異空間に収納された。
デジルはあまりの事に思考がついていかない。
あの圧倒的暴威だった邪神竜ヴェンジリウガンが、一瞬で斃されたのだ。
しかも斃してのは勇者でも聖女でもなく、メイド姿をした少女。
デジルはこう呟くしか無かった。
「なに、ものなんだ――」
「私ですか。私の名前は、アザトール・デウス・エクス・マキナ。とある方に仕える一般的な普通のありきたりなメイドです」
◆◆◆◆◆
「お嬢様。只今、戻りました!」
「……おかえりアザトール」
元気よく私の私室に入ってきたのは、先日、職業ギルドで雇ったメイド、アザトール・デウス・エクス・マキナ。
アザトールが名前で、デウス・エクス・マキナの方は古い知り合いから死の間際に譲られた名前らしく、今では姓として名乗っているとのこと。
「申し訳ありません。お嬢様が竜をご所望と聞いて、竜を狩ってくるのに少し時間がかかりました」
「全く気にしなくていいよ。買ってくると出て行って、まだ5分も経ってないからさ」
「いえ、たかだか竜程度の食材調達に5分もかけるなど、メイドとして不徳の致すところです。ですが、名誉回復のため、全力で竜を使用したフルコースをご用意しますのでお待ち下さい」
いや、竜は高級稀少食材だからね?
金さえ出せば王族や貴族は食べられるだろうけど、それも年に数回と言ったところ。
アザトールに今までに私が食べた食材で、一番美味しかった食べ物は何かと聞かれて、何年か前に王城で開かれたパーティーに出た竜肉と答えると、直ぐに買ってきますと出かけた。
……そう言えば竜の購入代金って、どこから出たんだろ。
下手すると数千万から数億ルネするのが竜肉。
私の不用意な発言で、アザトールのポケットマネーから出させたのなら申し訳なく思う。
今度の給与。出来るだけ増やそう。――焼け石に水な気がするけど。
しばらくすると調理が完了したということだったので、食堂に向かう。
食堂に入ると、食欲を掻き立てられる匂いが充満していて、私は咽を鳴らした。
アザトールが椅子を引いたので、そこへと座る。
「ね、ねぇ、食べていいんだよね」
「ええ。お代わりもありますのでどうぞ」
「い、いただきます」
竜肉をフォークで小分けにしてナイフで刺し、口へと運んだ。
「――!!!!」
躰に電流が奔ったのかと錯覚した。
それからの記憶はあまりない。
私は無我夢中で、竜肉のフルコースを食べた事は確かだ。
……明日からダイエットしよう。
「ありがとう、アザトール。とっても美味しかった」
「お嬢様に感謝される事こそが、私にとって至上の報酬です」
本当、私なんかには勿体ないメイドだよ
「ところで、これってなんの竜の肉なの。王城で食べたのと比べ物にならなかったけど」
「確か邪神竜ヴェンジリウガンとか名乗ってました。名前の割には一瞬で勝負がついた雑魚でしたが。お嬢様の血肉となって感無量の喜びを感じている事でしょう」
「へぇ、邪神竜ヴェンジリウガン……え」
邪神竜ヴェンジリウガン?
確か隣国の帝都ヴァルガールを襲っている竜もそんな名前だったような……・。
アハ、アハハハ。
ま、まさかね。帝邪神竜ヴェンジリウガンと言えば神話に出てくる最強クラスの竜種をアザトールが斃した?
「アザトールさ。竜肉って商人から買ったんじゃないの?」
「お嬢様、生肉は鮮度が命です。商人が取り扱っているような鮮度が落ちたのを、お嬢様に提供する訳にはいきません。千里眼で、この星全体を索敵して一番生きの良い竜を狩ってきました」
「そっかー。狩って来ちゃったー」
買ったんじゃなくて狩ったのか。
「で、でも、帝都ヴァルガールまでどうやって……」
「空間を接続して行きました」
「――空間を接続?」
「ええ。メイドたる者、時空間魔法程度は極めていて当然です」
あれ。時空間魔法って、難易度が高すぎて、この国の中でも使い手は5人も居ないって学校で聞いたけど。
私こと、バアルナイト王国、第二王女、トワ・ロイヤル・バアルナイト。
万能にして最強で最凶で最高のメイド、アザトール・デウス・エクス・マキナ。
私とアザトール。主従の物語。
まずは私とアザトールとの出会いを語ろう。
あれは今から一ヶ月ほど前のことになる。