パーティーを組もう2
「詳しく書いてある。的確に俺の力を図れるはずだ」
ノームはうんうんと頷く。
詳細に説明すれば、書ける範囲を最大限に記述した訳だが……。
それを付け加えなければいけない義務はないし、ノームにもその意志はない。
「こんな出来ないことしか書かれていない内容を見て、本気で人が寄ってくると思ってますの?」
「意志はともかくとして、実際に人が来る様子はなかった」
「当前ですわ」
耳に残る打撃音が、柔らかそうな、だけど固い決意を宿した手と木の机から生み出された。
自分とノームとの距離を遠ざけていた机に身を乗り出したセシルはノームに接近する。バサッと動きに合わせて靡く赤色の長髪から女子特有の甘い香りが振りまかれた。胸も揺れたらーーなんて言葉をノームが返したならば、今度こそ彼の命の灯はいとも簡単に吹き消されてしまうだろう。
セシルの果実は絶望的に育たなかったらしく、起伏の激しい体とはお世辞にも言えない。
「これは自分をアピールするためのものですのよ」
「取り敢えず離れてくれ」
言いたいことを言ったからか、指摘されて恥ずかしさがこみ上げて来たからか、セシルはすんなりとノームから距離をとる。
埃を払う動作を行い、身なりを整える。
「それで質問なんだが、……これは自分がどれだけ出来るかを書くと?」
「その通りです」
「だが、それだと頼られるだけじゃないのか。頼られて、気付けば自分ができないことまでお願いされるようになって、……破滅する」
先程まで憐れむ目で呆れていたセシルだが、顔つきが急変する。値踏みするような視線をノームに突き刺した。
(図られているんだろうな。何が引っ掛かったのかは分からないが、事態が好転する可能性が出てきたのは素直に嬉しい)
もはやノームからすれば、慣れたといっても過言ではない。
反対にセシルに好感触を掴ませれば、臨時でもパーティーを組んでくれるかもしれない。僅かな可能性を少しでも上げる要因になればと背筋を伸ばす。
「その言葉をどこで聞いたのですか?」
「悪いがこれは俺のオリジナル理論だ」
「そう、気が変わりました。パーティーを組んであげてもよろしくてよ」
「ありがとう」
如何やらノームはセシルのお眼鏡にかなったらしい。
顔を背けながら、気持ち早めの口調で答える。
そうだとしても、それは紛れもない承諾で、ノームは握手を要求した。初めてできたパーティーに満面の笑みを見せる。
ーー奪うことのない、壊すことのない、本物の仲間を獲得した。
セイルは仕方なさそうに差し伸べられた手を握る。
「勘違いしないでくださいまし。可哀想で、仕方なくですわよ」
渋々立場を続けたまま。
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ある依頼を受理したノームとセシルは馬車で現場に向かう。
「やっぱ揺れるものなんだな」
「馬車のこと?
当り前ですわ。全く揺れない馬車なんて優秀な風魔法使いが居なければ不可能ですの。本当に仕方なく付いてきましたが、後悔してきました」
「すまない。小さい頃は学べる環境じゃなかったからな」
「……別に謝ってほしいわけじゃありませんわ。あと、ごめんなさい」
昨日の記憶が掘り返される。心地いいとすら感じるようになった馬車旅を体一杯で味わいながら、ノームはそっと声を落とした。
どうせ周りの音に掻き消されるだろうーーと呟かれた独り言をセシルの耳は目敏く聞き分けたようだ。
やれやれ。この時の彼女の様子を表すのに的確な言葉はこれだろう。
けれど、ノームの辛い過去にショックを受けて、セシルは体を縮こませた。
「よしてくれ。惨めになる」
お前が想像しているものよりもずっと重いからな。
なんて言葉はこの場の空気を鉛に変えるだけだ。
「本当に良かったのか?
俺と二人で」
「仕方ないもの。少なくとも貴方と組みたいと思う人間はあれ以上待っても現れないでしょうから」
二人は握手を解いた後、直ぐに出発の支度を行った。
お分かりの通り、セシルの指示である。
二人はFランクの依頼案内を垣間見た。冒険者ランクはF、E、Dと上がって行き、要するにFランクはど新人だ。ラーミア冒険者ギルド総長から直々にEランクと称されたノームだが、初戦はこれ位に緊張した方がミスなくこなせるだろう。
ノームの性格と決心から、中ゆるみする確率もゼロに近い。
「それは置いといてくれ。だが、セシルも魔法が得意ではないだろう?」
「貴方ほどじゃないけど。確かに剣術の方が得意だわ」
「そうか。後方支援なしはきついんじゃないか?」
「平気ですわ。今回の相手はゴブリン数匹だけですから。昨日戦ってみて、力では私はもちろんノームもギリギリ負けてないと思いますし、遠くから魔法を放たれて、近づけないなんてこともありませんわ」
影と光は互いに際立たせ合いあう関係だ。
まさに今回がそれだろう。セシルの自信あふれる余裕は弱気なノームとセットにすると、より一層色濃く映る。
ちなみに今回二人が受けた依頼を含めて、Fランクの依頼は常設依頼と呼ばれる。その名に相応しく、常に依頼書が張り出されている。
内容には制限もなく、失敗もない。初期実力を測るには必須の依頼といえよう。代々初めこなすこの依頼で、どれだけ倒してきたかが、注目を浴びる一項目となっている。
「そうか」
「そうですわ。……それで、一つ質問があるのですけど?」
「うん、何でもいいよ。ただし俺が答えられるものならな」
「心配しないでくださいまし。別に常識を問いたいわけではありませんわ」
もじもじ腰に刺した剣を弄りながら、喉を震わせるセシル。
ただし俺が答えられるものならな……この返答を勘違いした。ノームはナイツオブノーネーム時代のことは一切は答えないぞと忠告したのだが、誰がその真意にたどり着けようか。知識云々を言っているのだと誤解する者が大多数だ。
勿論、わざとである。
従って、
「そうか」
ノームが苦言を呈することは無い。
「直球に聞きますけど、……貴方はナイツオブノーネームのことを知っていますの?」
「マジか。……いや、何でもない。人並みには」
気の緩みがノームの顔を惚けさせる。
「そこに疑問を持っているのですわ?」
「うーん。魔法革命、冒険者革命を引き起こす。他には種族同士の戦争を止めて、魔王をあと一歩まで追い詰める。これ以外にも何かあったりするのか?」
「大事なことです。少数精鋭の騎士だということですわ」
「少数精鋭に……そうだった。そうだったな」
不思議じゃないだろう。
少数精鋭という噂が流れているのは一つの活動における人数が三四人だったからだ。事あるごとにメンバーが入れ替わっていた内側にいるノームからすれば、少数精鋭だという意識が欠けていても無理ない。
「可笑しいと思いませんの?」
「うん?」
「多くの功績を上げているのに、少数精鋭。種族戦争や魔族をあれだけ虐殺しておきながら、魔王を倒しきれなかった。功績を上げているのに、称賛を浴びる様子もない」
魔王を倒しきれなかったのはそこで事故が起きたから。
称賛を浴びないのは誇れる力がないのと、自己保身のため。
「まぁ、そうだな」
「けれど、貴方はあると言いましたわ」
「えっ」
「そんなすごい人物じゃないとは、即ちあるということでしょう」
「周囲が私をあざ笑ったのは架空の集団を追っかけているのを滑稽に思ったからですわ」
冒険者革命は冒険者ギルドの働きによるもの。
魔法革命は魔法管理協会の努力の賜物と言われている。
際立って、ナイツオブノーネームの存在を否定しているのは魔法討伐の不達成にある。ダンジョンという制限可能領域に隠れた魔王をノームは手出しできないのだ。その中では、ノームの特異性が完全に潰されてしまっているゆえに。
思い出しただけで悔しい。
そう言わんばかりに言葉を噛み締めるセシルは震えていた。
「馬鹿にしたのは許せませんが、何か知っていることがあったら教えてくださいませ」
もはや波と表現できる馬車の内部で維持し続けるのは至難の業だろう、土下座を行い、セシルはノームに誠意を見せる。
(済まないな)
頭髪が床となっている木の板に挟まれたらしく、セシルの顔は痛みで歪んだ。
下を向いているためにその顔を直視できないノームだったが、何方にせよ答えは変わらない。
「知っているのは先程話したことで全てだ。俺が批難しているのは魔王討伐を失敗したからだ」
「そう」
押しつぶされそうになりながら、声を絞る。
--セイルとノーム、両方だ。
これまでの謎は全て、第二章が終わるまでに解決するかと思います
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