力の一端2
「まだ話は終わっていないよ」
「そうだよな」
魔獣化したラーミアに拘束されたノーム。彼に、というか一般的な人間では振りほどける力じゃない。
早々に脱走を諦めたノームは顔を近づけてくるラーミアに降参ポーズを見せる。せめて痛覚を刺激する攻撃は回避しようとした。
「それじゃあ、予め外に止めてある馬車に乗ってくれるかな。詳しい話はそこでしようじゃないか」
「分かりました」
一階では、新人同士で会話に端を咲かせている。パーティーの相談をしているのだろう。ぼちぼちと上級者と思われる者たちに飯を奢られている顔見知りもいた。
誤解のないように言っておくと、ここでの顔見知りとは新人研修会で顔を知った者達のことを指している。
波に乗り遅れたことを痛感しながら、ノーム達は冒険者ギルドを出る。
ラーミアの魔法によって、姿を隠されたノームに声をかける者はもちろんいない。
===== ===== =====
馬車に揺らされながら、ノームは景色を呆然と眺める。
楽しそうなギルドの風景を思い返していた。
(あれなら魔法を使わなくても、普通にやっていけるんじゃないか)
後にこの時の自分を後悔することになる。
ノーム自身は失念しているが、彼は三時間ほど病室で目を閉じていた。三時間ほどの記憶が抜けた状態で繋がっている。
三時間、--弱者が淘汰されるには十分な時間が経過していた。
姿が見えないせいで……それは半分当たりで、半分外れである。
弱者認定されたノームがあの場に姿を現したとしても、友好的な誘いが来ることは無かっただろうから。
「あっ。そう言えば、クレハは大丈夫なのか。あ、悪い」
「大丈夫でちゅよ。……業とですし」
「おいっ、とりあえずありがとう。……幻影? 認識阻害?」
「私に手を出したために連行しましたと置手紙を残してあります」
「謝るからさっきのお礼を取り消させてくれ」
休憩室に戻ってきたりしないだろうかとノームは不安要素を確認する。
その時、三人を運ぶ馬車が大きく弾んだ。不安定にぐらついたノームの頭は最終的にフォアラの膝に着地した。慌てて起き上がろうとするが、他ならぬフォアラによって防がれる。
フォアラによる膝枕は再開された。
その後、綴られる暴露もそれなりで流して、突っ込んだことを聞く。次会ったときの対応が変わってくるからだ。
ノームは脳内でそれぞれのプランを組み立てるが、頭の片隅にもなかった返答に無意味と化した。
(取り合えず、全力で誤解を解きに行くか。それと、セシルは大丈夫だろうか?)
懸命に解決策を探るが、……何も定まっていない結論を出して、ぱっと浮かんできたもう一つの懸念事項に思考をシフトしていった。
「そろそろいいかい?」
「了解です」
今度のフォアラはノームの動きを止めようとはしなかった。
「今回君への依頼は少し前に発見された新種の魔物の調査だ」
「それはいいのですが、……俺一人ではどうにも」
「ここに心強い仲間がいるじゃないか」「ノーム様の目は節穴ですか?」
「安心して任さられます」
===== ===== =====
「あれらだよ」
「分かりました。時間がかかりますので、それまでよろしくお願いします」
「もちろんです。ノーム様は落ち着いて、自分の魔法に専念してください」
馬車を下りてから、十分ほど歩いた三人は五匹の魔物と遭遇する。長い耳に筋肉が隆起した脚、ここまでは兎に似ている。裏を返せば、それ以外は似ても似つかないということだ。口は細長いし、体付きも兎より二回りほどデカい。くりくりと可愛らしい目なんてことは絶対になく、狼のように常に獲物を狙っている感じだ。
フォアラとラーミアが前に出る。
「皆殺しは今回の目的からすると、あまりいい手ではありません」
「回復魔法で治して、再び……も随分と残酷すぎると思うけど」
一方的な蹂躙がそこにあった。
「逃げそうですので、認識阻害の魔法をお願いします」
「任せてくれ。【フール】」
魔物たちは誤った認識を植え付けられる。散々遊ばれているにも関わらず、五匹の獣は自分たちが目の前の敵より強いと錯覚した。
口を大きく開けて、突進する。矛先を向けられたラーミアは固い尻尾で次々と跳ね飛ばしていった。対象がフォアラに変わる。
そして、尖った氷が飛ぶ。足を傷つけられ、寝転がった彼らを暖かい光が包んだ。
「転写終わりました。解析結果との不一致はありません」
ノームの声が彼らに安らかな眠りを許した。
時は戻って、戦闘開始直後。
ノームは後ろで目を光らせていた。
「【ゲシュタルトアイ】」
ノームは穴が開くほど五匹の魔物を凝視する。
光にやられたのだろうか、次第に視界がぐらついていった。
--あれ、奴らってあんな感じだったけ。
全身という纏まりを持った繋がりを失い、腕、足、皮膚といった個々の構成部分に切り離されてノームの頭に認識されていく。
「【解析眼 発動】」
そして、それらは深く、深くまで調べ上げられていく。
ノームは服の内側からペンと紙を取り出した。
「【固定】 【表現】」
登録ワードの暗唱は魔法道具に決まられた力を発現させる。
紙は空中に固定され、ペンはノームの脳内を埋め尽くす解析結果を能動的に書き連ねていった。
両方とも普及した魔法道具である。紙は机がなくてもいいように、ペンは字を書けない人が困らないように開発されたものだ。脳内のイメージを書き表すものだが、ノームの魔法と組み合わせると、えげつないとしか言いようがない。
ーー終わった。
念のために解析結果と文字を照らし合わせる作業に入る。
名前:未定
推定ランク:C
速さ:B
腕力:B
耐久:C
魔力耐性:C
魔法:D
補足欄:目はいい。早さも噛む力もそれなりにあるが、第三段階魔法なら一撃で沈む。こちらは遠距離手段を持っていないといっていい。今回は五匹との遭遇だが、群れ意識が高いわけではない。二三匹での行動が普通だろう。知能も特段高いとは言えない。遠距離攻撃を推奨。
(うん、問題ないな)
ノームは頷き、声を出す。
「終わりました。解析結果との不一致はありません」
===== ===== =====
「ありがとう。冒険者革命を引き起こしただけのことはある」
「頑張りましたねー」
冒険者革命とは、魔物の弱点が発表されて、ランクの見直しが題材的に行われたことを指す。
苦労していた魔物や何かが飛びぬけた魔物の効率のいい倒し方が確立された。
フォアラはノームの両目からドロドロ垂れる赤い液体を拭くと、回復魔法を発動させる。血が止まるだけでなく、目の充血まで完治した。
頭を優しく撫でる。
「それよりもな」
ノームはフォアラの側を離れると、ラーミアの元に移動した。ラーミアの微笑みに辛さが含まれているのを感じ取ったのだろう。
「大丈夫? 嫌だったか?」
「平気さ」
「ここには”知る者”しかいない。今言えなくなったら終わりだ」
ノームは鱗の付いた頬を丁寧に触る。
ラーミアは意を決して、本音を吐露し始めた。
「嫌ではなかったけど、……辛くはあかったかな」
「そうか」
「魔物だからね、向かってくる敵を攻撃するのに躊躇いはない。けど、自分も同じく只の魔物だったらとか考えちゃうと厳しくなる時はある」
「凄いな」
魔物のハーフの風当たりは強い。それこそ魔人筆頭であるラーミアが冒険者ギルドのギルド総長をこなし、積極的に魔物を刈る姿勢を示さなければいけない位には。
そんな立場に置かれても、なお気にするのを止めない彼女をノームは素直に褒め称えた。
「怖くないのかい?」
「俺だったら嫌になるな」
「そうじゃなくて、僕が」
「知る仲だろ。俺はお前を簡単に殺せる」
「僕は君を簡単に殺せる」
「だから俺はお前を恐れない。俺の魔法を本当の意味で知った今でも、それは変わらない」
「だから僕にはか……馬鹿っ」
過去、二人は対立していた。
ラーミアを頂点に人間に魔人の力を知らしめる戦争が勃発した。長きに渡る戦いは引き分けということ形で決着した。
決着の引き金となった会話を四年越しに繰り返する。
切り札であるノームの正体と弱点をラーミアに曝すことで、お互いがお互いを簡単に殺せる環境を作り出した。よって先に仕掛けた方が勝つーーなんて野蛮な思考回路を持ち合わせていないこともお互いにわかっている。
擽ったさを我慢できなくなったラーミアがノームを突き飛ばしたことで、会話は終了する。
ラーミアと自分を重ねるようにフォアラは二人の会話を黙って見守っていた。
「はい、終わり」
「それでノーム様はこれをどのように公表するおつもりですか?」
フォアラが空気を換えるべく動いた。
とはいえ、いずれ言わなければならないことだが。
「えっ。ナイツオブノー。……ノーだよな?」
「ノーです。ノーム様は退団しましたから詐欺罪に当たります」
当然だ。それを許したら退団した意味がない。
額に冷や汗を浮かべながらノームは逃げ道を探す。
「やばいな。ラーミアの名前に公表するとか」
「そんなことしたら、ナイツオブ=僕の方程式が出来上がってしまう。残念でした」
仕返しのつもりらしく、ラーミアは攻撃的に突っぱねる。
再度、目を泳がせたノーム。
「公表しないというのは?」
「この時期に公表しなくなるというのはノーム様に危険が広がる可能性があります。諦めて、特例を貰いに行きましょう」
「そうだ。こんな時こそ、甘やかしてくれ」
名案を思い付いたと自負するノームは満足げに目を輝かせる。
フォアラに体を寄せて、最低な発言をした。
「諦めまちょうね」
「違う」
フォアラの笑顔に影ができる。
ノームはガクッと項垂れた。
「せっかく覚悟を決めて別れてきたのに、一週間も経たずに再開とかーー」
自嘲が響き渡る。
読みずらいとか文章が下手だとか、誤字だとか、ーー何でも感想待っています。




