冒険者ギルでのこと3
何時もより長いです
「おい、こっちも頼む」
「だが、そうしたら……」
「いいから早くしろ!」
ザスッと急かす男性の首が落ちた。
人と魔物の軍勢が向き合う、その場では一瞬の隙も許されない。
更に現実は常に残酷で、隙を見せた者より、その隙を庇おうとした者が命を落とすケースがほとんどだ。悲しいことに戦場ではありふれた一面である。
けれど、だからといって残された者の気が休まるかと言えば、もちろん否である。
(俺はどうしたらいいんだ?)
少年は自分の魔法は何もデメリットがないと思っていた。
===== ===== =====
(何か今日は過去を思い出すことが多いな)
ノームはポケットに入った白手袋を握りながら、辛酸を舐める。
(ナイツオブノーネームは正体不明の騎士団なんかじゃない。俺の魔法によって、魔法使い生命を絶たれ、正体を隠さなければならなくなった者達の集団だ)
誰かの夢になるなんて馬鹿馬鹿しい。
ノームは嗤い、目の前に立つ美少女を眺める。
「武器なら私の余りを使うといいわ。始めましょう」
ノームとセシルは現在、ギルドの訓練場にいる。
訓練場は上から観戦できる形になっており、研修会を終えて直ぐの出来事であった為か、研修会に参加した者の殆どが観客になっている。
観客の目付きがみな鋭い。当然だ。訓練ではないのだから。己の過去を掛けた決選が開始されようとしているのだ。
セシリアは剣を放る。長剣は放物線上に宙を進むと、ノームの足元に落下した。
木で作られた重さじゃないなとノームは刀身を鞘から抜く。
日の光に照らされて、刀身は銀色に煌めく。
ノームは睨む。
「真剣かよ」
「当然ですわ」
真実を知らないセシルはナイツオブノーネームに大層ご執心だ。そんなのは当たり前だと睨み返す。
もちろんノームにセシルを殺す気はない。
しかし、セシルが抜刀するのを目撃すると、覚悟を決めて、走り出した。
「早いですわね」
「そりゃどうも」
先手必勝ろ繰り出された一撃はセシルに軽くいなされる。距離感が掴めず、詰めすぎてしまった。剣を存分に振りき入れなかったのだ。
決めきれないと悟ったノームは再度距離をとる。
厳しいな。ノームの腕が下がる。
「けど、練習してきたのはあくまで手の届く範囲まで味方に接近することだからなー。敵と味方じゃ大違いだ」
「何を言っているのかわかりませんが、今度はこちらから行きますわ」
セシルは戦闘中にも関わらず、ノームの独白のようなものにきちんとリアクションする。ノームは合図なしの先制だったというのにご丁寧な宣告を付けて。
嘗められているのか。
ノームには無論、事の真偽は分からない。だが、そう思うことにして、自分を奮い立たせた。
構えた瞬間にセシルは大きく一歩踏み出す。完璧な間合いで、十分に力が込められた一閃がノームに襲い掛かる。
ノームは奇跡的に防ぐことに成功した。
しかし、それまでである。強烈な痺れがノームに伝わり、無意識下で剣から手を離していた。
結構甘いし、拾わせてくれるかもーーと麻痺を振り落とすかのごとく両手を振動させながら、しゃがむ。
そうは問屋が卸さないらしい。態勢が低くなったノームに上から二撃目が放たれる。
仕方ない。ノームは剣を放棄して、転がりながら離脱した。
(もう勝ち目なし。話は聞いてくれるらしいから、精々媚びてみるか)
ノームは剣の扱いを得意としていない。戦場において、素手がノームの戦闘スタイルだ。しかし、リーチの長さとは、特に一対一の戦闘においてをや、勝敗を決まる大きな要因になりえる。また、先ほどノーム自身が述べたように、対象は味方であって敵ではない。
ノームの見立ては正しく、勝機は絶望的だ。
降参の意を示そうと、ノームは腕を上げる。
「はは。何ちんたらやってんだよ。俺が本物の戦闘ってやつを見せてやるよ。
【ウォータードラゴン】」
その瞬間、場外から声が降る。
(援軍か。いらねー。騎士志望の貴族とか規律重視の塊じゃん。確実に俺は殺されるわ)
詠唱に答えて、全身を水で形成されたドラゴンが上空に出現した。うねうねと相手を見定める。
ノームが心の中で血涙を流していると、中心に佇むセシルに狙いを定めた水龍は一気に高度を下げていく。
ノームは悔やみ、悔やみ……かっと目を開く。
(何やってんだ。魔法使えよ)
セシルが迫りくる脅威に向かって、剣を構える。詠唱をする素振りは見せない。その姿はノームに驚嘆を抱かせるには十分すぎた。
ノームは走りだす。なぜ、詠唱しないんだと疑問に思った一瞬がとても尊く思える位に急いだ。
上に全神経を総動員させるセシルは物凄い形相で迫ってくるノームに気付きすらしなかった。そんな状況でノームからの横タックル躱す術はなく、諸にヒットする。セシルの細い体は水龍の落下地点から大きくずらされる。
間に合った。
間に合わなかったともとれる。セシルを突き飛ばしたノームが代わりに直撃位置に倒れこんだ。どうせ起き上がる暇もないし、とノームは倒れたままクレハの様子を確認する。
(すごいな)
不意打ちにも態勢を崩さなかったクレハを称賛する。
一重に努力の賜物だ。
(まぁ、死ぬことは無いだろう)
水龍がノームを飲み込む。
かかる水圧はノームに意識を手放すことを強制した。
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「うぅ、あーー」
「よかった先生。もう目を覚まさないかと思った」
ノームはギルドの休憩室で目を覚ます。ベッドから上半身を引き剥がすと、そのスペースに何かが飛び込んできた。
何かと称したが、ノームを先生と呼ぶのは記憶にある限り、一人だけだ。丁寧に手入れされているツインテールがその人であることを確証づける。
名前を呼ぶと、頭を撫でた。
「クレハか。看病してくれたのか、すまん」
「ううん。好きでやってことだから」
「そうか。ありがとな」
しばらくして落ち着いたクレハがノームから離れる。そのタイミングでノームは訊ねる。
「それで俺はどのくらい眠っていたんだ?」
「三時間くらい」
「【ウォータードラゴン】を無防備で受けて、そんな短時間で目を覚ますとか逆に怖いんだが。普通に起き上がちゃったけど、痛みとかないし」
「本当?
この国の魔法管理協会の会長が偶然来ていて、回復魔法をかけてくれたから」
確認するためにノームの身躯をペタペタ触っていく。
喉から出かけたダイブを受け止めて平気だったんだから、そんな弱い攻撃で痛がるはずが無いがーーという突っ込みは口にせずに押し戻す。別に悪い気はしないから、あえて止めさせる必要はないというのがノームの持論だ。
逆流を防ぐために、別のことを考える。
(偶然か。嘘だな)
「大丈夫みたい」
「世話になりっぱなしだな。それで、セシルは大丈夫か?」
「先生と一緒に運ばれてきた人ならたぶんそのベッドで眠ってる」
歪む視界、しがみ付く意識の中でノームが最後に見たのはセシルが自分の元へと近づく姿だ。被害にあっていないかと懸念を口にする。
クレハはカーテン越しに隣のベッドを指さす。
ノームがカーテンを開くと、セシルはすやすや眠っている姿が二人の目に入る。寝息を立てているから死んでいるなんてこともない。
カーテンはそっと閉められた。
「俺を着替えさせてくれたのか?」
「何言うの変態。残念だけど、私が来た時にはすでにこの姿でした!」
「そうか」
「……あれ?」
俺の服は?
遠回しに訊ねるノーム。
されど、クレハは別ベクトルで言葉の裏を想像してしまった。赤面して、強く言い放つ。その後、思っていた反応と違って、情けない声を出した。
「はいはい、何ですか。……すみません、会長」
「そのままで結構ですよ。二人の様子を確認しにきました」
扉がノックされる。
恥ずかしさから逃げる意味も含まれていたようで、クレハは急いで音のする方に向かう。声の弾みは現れた人物を目撃すると、消え去る。
「そうですか。せんせ……ノームさんは目を覚ましました」
「看病お疲れ様です。では、聞きたいことがあるので、席を外してもらってもよろしいでしょうか」
「でも、……はい、分かりました」
そう告げるクレハは何故かノームの元まで戻ってきた。
「美人だからって手を出したら駄目だよ」
「……おお、肝に銘じておく」
そして、耳元で甘く囁く。
その後、紅い頬のままに笑いかけると、今度こそ休憩室を出ていく。
「ありがとうございます」
「はい、お願いします」
魔法管理協会会長ことフォアラ・サンゼル・ラインラードはクレハと交代して、ノームの横に腰を降ろす。
「妬いちゃって。お熱いでしゅね」
「そんなことはない。俺が下手に反抗して、余計なけがを増やすなという忠告だろう。……ってか、語尾が可笑しくないか?」
「そんなことは無いさ。僕の見立てによれば、彼女は結構君に興味を持っているようだよ」
「おい、どっから出た?」
ありえない方向から声が飛んできて、咄嗟にその方向に首を動かす。
短髪の女性がそこにいた。
「その言い方は何だい?
冒険者に登録したからには僕の下に付いたとも言える。上司にその言葉遣いはどうなんだい?」
「なら、もっと威厳をもって接しろよ。総長」
彼女こそこの国の冒険者ギルド団体総長、ラーミア・ファミン・フォルフォードであらせられる。
「それで、どうなんだい?」
「ああ。ちょっと手助けをしたからな、その影響に過ぎない」
「そうかい、残念だ」
「それでいつから居たんだ?」
「最初からだよ。ちなみに君の服を取り換えたのは僕だよ」
「相変わらずえげつない幻惑魔法だな」
そう、ラーミアはずっとこの部屋にいた。【透明化】という幻惑魔法の一種で姿を消していたのだ。ちなみにノームの目覚めのタイミングで丁度よくフォアラが訪ねてきたのはラーミアの連絡があったからである。序に隠していたノームの服を持ち主に返した。
「ありがとう。これは見つかっていけないもんだからな」
「未練たらたらでちゅね。悔しいです」
「未練というよりは戒めだな。何でお子ちゃま口調なの?」
「私から見たら、貴方なんて赤ちゃんですよ」
「それを言うなら人間全員だろっ」
ノームを抱きしめるフォアラの耳は長く尖っていた。その耳の形は彼女がエルフであることを示している。絶対数が少ないエルフの中でも一握りしかいない神級エルフであるフォアラに寿命という概念は存在しない。生き続ける限り、その肉体はある一定以上衰えないのだ。人間でいえば、二十歳前半の見た目である彼女だが、すでに千年は生きている。
果てしない道のりで積み上げてきた知識からすれば、人間など何も知らない赤ちゃんに見えても文句は言えないのが普通だ。
「他を頼れ」
「無理ですよ。あの子みたいにみんな畏まちゃって。それもそれで可愛いんだけど、やっぱりね」
神級という名に相応しく、エルフの中では彼女は神として崇め奉られる存在だ。何かあったら即戦争である。対面する者が畏まるのを責めることはできない。
「なら自分の赤ちゃんになれとか素直に言えばいいだろ」
「立場ってものがあるんでちゅよ。難しすぎましたねー」
「赤ちゃんというか、ただ馬鹿にしてるだけじゃね」
立場というものがある……まさしくその通りだ。エルフのトップが情けない真似をさらせば、エルフ全体の品格が下がる。
態勢を変え、フォアラは自分の胸にノームの顔を埋めさせると、慈しむ手つきで背中をさする。
「馬鹿にできるのもノーム様だけですよ」
「ふが、ふが。……俺にも気安い態度は取れないだろ」
逆に舐めた態度を取れば、薄れてきたエルフ至高意識が再発する可能性がある。それは種族絶滅の危機に繋がりかけない。
どうしても堅苦しい態度をとるしかないのだ。
息でくすぐったさを与え、やっとのことで拘束を逃れたノームは俺も人間だぞと注意する。
「分かってるくせに」
「僕を仲間外れにするなんてひどいじゃないか」
「総長も同じだ。人前ではもっと威圧してると思うが」
「そして、僕が君に素を見せるのも同じ理由だ」
「……そうだな」
ラーミアが寂しいと突撃コマンドを選択する。
回避に成功したノームは手を払いながら、同じだと言葉を投げる。
キャッチしたラーミアはそのまま投げ返す。両腕を横に広げて含みのある笑みをプラスして。
戻ってきた球をノームは吸収し、呆れる笑みだけを返した。
「大体予想はできているが、そろそろここに来た本当の理由を話してくれ」
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