英雄失格で、勇者からもほど遠い存在3
「ここか」
「うん。ここでぶつかった」
ギルドに到着したノームとクレハ。
二人は、出会いの場所に足を運ぶ。
「ちょっと再現してみてくれ」
「わかった。先生はそこにいて」
何か思い出すだろうか――。ノームは再現を申し出た。
クレハが中に入り、ノームを扉の側に立たせる。
ゴン。彼の頭に衝撃が走った。
よろめき崩れるノームを、心配するクレハの様子は慌てている。
「ごめん。当てるつもりはなかったのに」
「いや。近づいた俺が悪い。気にするな」
「それでも」
彼女はしゃがみ、ノームの御凸を撫でる。
特に拒むことなく、ノームはそっと目を閉じた。思考に集中したいからだ。
(まぁ、そうだろう。今までも補填はできたが、修復は叶わなかったからな。もしかしてと試してはみたものの、無駄だったか)
昨日来ていた服しかり……言伝や日々の習慣を通して、ノームは記憶を補ってきた。けれど、それは本当の意味で戻ったとはならない。
今でもノームがその日を思い出した時、自分の服にはモザイクがかかっている。そういえば……と後々納得するに過ぎないのだ。
抜け落ちた部分が塗りなおされるなんてことはない。
戦闘の記憶が消えたならば、他者の言葉を落とし込んでいるだけで、影が振り払われた試しがない。
「思い出した?」
「すまない」
自分の記憶として戻ることはない。
教えられた。そんな新しい記憶が生まれるだけである。
「いいよ、先生。
次の日には奴隷に戻されちゃったから数回しか練習できなかったけど、上達した姿を見せてあげる」
「それは楽しみだ」
質の悪い魔法道具が大量に置かれている部屋で――。
ガサゴソと思い出の品を探すクレハだが、……十分してもその手が止まることはなかった。
見つけられない。時計の針が動くごとに、彼女の表情は暗くなっていく。
「ない。どうして……」
「まぁ、いいよ。これも適性が高いから。火属性だったよな」
「うん。ありがと」
泣き出してしまったクレハを宥めるように、一本の杖を彼女の元に投げる。
ほんらい適性に高い、低いといった程度がないということは既にお察しのことだろう。
ノームに言わせれば、『色が濃い』になるわけだが、他人にはそもそも色事態を視覚できない。
――長年に渡って、染み着いた概念であったことも猶更に。
ブラック、グレーならば過去、訂正してされていただろう。だが、灰色を塗った筆を白色ペンキの容器にそのまま突っこむようなものだ。
限りなくホワイトに近く、塗られてしまえば違いはほとんどない。
故にノームも適性が高いという表現を用いる。理解しやすいからだ。
「【生成】
打ち付けてから、馴染ませる感じで」
赤い宝石が先端に飾られた小杖にクレハの魔力が注ぎこまれていく。
挽回したいと懸命に取り組む彼女を、ノームもまた真剣に見守っていた。
(やばいな。刻むのに必要な魔力が半分ですませられている。数回でこれなら、嫉妬するレベルだ)
「終わったよ、先生」
「ああ。本当に数回でこれだけできるようになったのか?」
有耶無耶な自身の努力を照らし合わせても、クレハの上達速度は脅威的だ。
ノームの顔は引きつり、声色には驚嘆が織り込まれている。
「うん。なんだか懐かしい感じがするけど」
「そうか。凄い」
「えへへ。嬉しい」
試すまでもない。
認められたクレハは、そっと頭をノームに差し出す。
撫でられて気持ちいいのか、安心するのか、ふにゃりと顔が蕩けた。
――来客が現れる。その人物は目の前に広がる、探し回った仲間が知らない美少女の頭を撫でているという光景に唖然とした。
「何だ。セシルか」
「ここにいたんですの。……じゃありませんですわ。
そこにいる女の子は誰なの?」
セシルはノームに詰め寄り、問いただした。
クレハはノームの背後に隠れる。
「昨日までの俺の用事だ。クレハという」
「知ってますわ。だ・か・ら、何で貴方とクレハさんは親しくしていますの」
口を開こうとしたクレハだが、ノームが止めに入る。
本当の理由はセシルに説明できるものではないからだ。
「実は、彼女は俺の奴隷になったんだ」
「ええっ??」
ごめんな。そう小さくクレハに囁いて、ノームは首輪に付いたシールを剥がした。
急に出現した生々しい鎖。加えて衝撃的なワードはセシルの声の波形を変化させる。
「多少の面識があってな。昨日買ってきたというわけだ」
「……最低ですわ」
甲高く、煩い声に耳を傷めながらも、ノームは状況を説明していく。
クレハの脳は、最終的にあらぬ結論をはじきだした。もっとも女性の奴隷を購入する目的の多くはクレハが想像したように如何わしいものだが。
つまり、無理もないだろう。汚物を見るような目で、ノームを見つめる。
「勘違いするな。そんな卑猥なことは断じてしていない」
「何で先生。やっぱり私魅力ない?」
「逆に俺は、何でお前が悲しそうな顔をするかがかわからないんだが。大丈夫だ。そんなことないと思う」
クレハはノームの腰にしがみ付いた。
それを見つめるセシルの余計に水晶は濁りを増していく。
「最低ですわ」
「俺が悪いのか?」
明らかに自分は否定しているんだが――と嘆息するノーム。理不尽な言われように肩を落とした。
「どうせ命令しているに決まっているんですわ」
「そんなことないです。全部自分の意志です」
「どうせ……」
「…………」
無限ループがそこにはあった。
もはや一周回って、仲がいいのではとノームが思い始めるほどに繰り返される。
「まぁ、取り敢えず落ち着け」
「そうですわね」
もう半周して、……いい加減にしてくれ。
ノームはいつの間にか前に出ていたクレハを引っ込めると、声を出した。
「それで何の用事なんだ?」
「……依頼に誘おうとしたんですわ」
セシルは肩で息をしている。
そんな彼女にノームが抱く感情は感服。セシルも魔族を倒した時の報酬をもらっている。――贅沢をしても数日は暮らせるだろう金額を。
それでも今日、依頼に向かうのはノームに頼り切りなるのは嫌だからか。将又ナイツオブノーネームの事を隠したいがために不審がられないようにするためか。
ノームには何方が正しいかわからない。……何方でも嬉しいが。
「了解」
「行きますわよ」
「ああ。クレハは家で待っていてくれ」
先行くセシルを駆け足で追いながら、ノームは後ろにいるクレハに指示を飛ばす。
「待って、先生。私もついていく」
「いいですわよ」
しかし、それは強制力を持った命令ではない。ノームから離れたくないクレハは反抗した。服を引っ張る。
戦闘は苦手そう。正式に命令しようと口を開くノーム。
その前にセシルから了承の声が上がった。空気をかみ殺すことになったノームの歯が音を立てる。アイコンタクトを行うが、意志は変わらなかった。
終いには、ノームが折れる。
「俺の能力話してないから、極力なしの方向でお願いする」
「当然ですわ」
「助かる。……その髪留め似合ってるよ」
評価、感想お願いします




